7.加害者
雨のせいか、寒い昼のことだった。前日から雨の予報だったのでこの日は屋上には出ずに、学食で昼ご飯を済ませようと御厨から連絡があった。
「なぁ、達也。たまには学食もいいだろ?」
そう、御厨はいつの間にか僕のことを達也と呼ぶようになった。一方、僕は龍之介などとは呼ばず、御厨のままだ。
「まぁね」
「いつもは母さんがお弁当を作ってくれるのか?」
「そうだよ。たまには自分で作ることもあるけど」
「うちはだいたい親父が作ってるんだぜ」
「親父って理事長だろ? 忙しくないのか」
「以前はあちこち飛び回ってたけどなー。最近は学校にいるから暇そうだ」
企業グループの最高責任者らしいが、何をしている人なのか、僕にはいまいちわからない。
「この学校の理事長職も経営が安定すれば後任に委任するんだと」
「それをお前が継ぐと?」
「いやー、人には向き不向きってのがあってだな……」
御厨の話はわかるようでわからない。どうやら仕事の話だが……やっぱりわからない。
「あー、いっけね。財布忘れた」
食券の順番待ちをしていると御厨が慌ててズボンのポケットを探っている。
「教室か?」
「わかんねぇな。家かも」
「じゃあ、僕が払っておくよ」
「お、サンキュー」
僕がお金を入れて、御厨が買う。一連の流れを見ていた奴がいた。
「おぅ、珍しいな。お金持ちのぼっちゃんがたかりか?」
「あー?」
僕たちが振り返ると、嫌味な笑みを浮かべて御厨を見ている男子生徒がいた。
「なんだよ金村」
金村と呼ばれた男は細身で、制服をだらしなく着崩していた。何より、こちらを見る目がどうにも気に入らない。
「こいつ、ケチだろ? 金持ちのクセによお」
「達也。ほっとけ」
御厨はさっさと行ってしまった。僕は慌てて後を追った。
「今度は俺にも奢ってくれよー」
僕は振り返らなかったが、金村の嫌な目つきは頭から離れなかった。
「なんか怒ってんの?」
食事中、何も話さない御厨に聞いてみた。
「いや……」
珍しく御厨は不機嫌だった。金村と何かあった。僕にでも分かる。
「あいつ、なんなの?」
「……面白くない奴だよ」
それ以上は何も言わず、僕たちは無言のまま食事を進めた。
しばらく、食事を続けていると『ピンポンパンポーン』と校内放送が鳴った。
「二年一組、御厨龍之介くん。二年二組、町田達也くん。理事長室にお越しください。繰り返します……」
「なんなんだよ次から次へと」
御厨は苛立ちを隠せないようだった。
「なんだろ? 何も聞いてないの?」
「知らねぇよ」
僕たちは急いで食事を片付けると、二人で理事長室に向かった。
校舎の一階、職員室の隣。そこに理事長室はある。ノックをすると「どうぞ」と返事があったので僕らは中に入った。
「失礼します。町田です」
御厨は何も言わず、ドカッと部屋の中央に置かれていたソファに腰掛けた。
「食事中だったかな?」
「いえ、もうほとんど食べ終わっていたので」
「そうか、町田くんもそちらに座ってくれ」
理事長は、御厨によく似ていた。栗色の髪にフチなしの眼鏡。大人になって落ち着いた御厨。そんな雰囲気だった。
「失礼します」
僕が御厨の隣に腰掛けると、理事長は真ん中のテーブルに何やら書類を置いて、反対側に腰掛けた。
「町田くんに確認したいことがあるんだ」
「はい」
「君は九月に投票制転校プログラムでこの学校にきた」
「そうです」
「私はどんな生徒も受け入れるつもりでこの学校を作った。それがたとえ加害者だったとしても」
「はぁ……」
淡々と話す、理事長の理念はわかったが。
「君が元々いた高校。ここに来る前にいた高校だ。そこから投票制転校プログラムで加害者が転校してくる」
「加害者……?」
秋川の顔が浮かんだ。遅れて山野さんもだ。どうしても身体がビクッと反応してしまう。
「そうだ。加害者だ」
「ぼ、僕は……」
「その前に、龍之介にもこの話を聞かせていいかい?」
そうだ。御厨はなんで呼ばれたんだ? 僕たちは仲良しだが、それとこれとは関係ない。
「え、えぇ。どちらにせよ、後から話しますから」
御厨は何も言わない。ムスッとした表情で話を聞いていた。理事長はうん。と頷くと話を続けた。
「私はどんな生徒でも受け入れるとは言ったが、被害にあった生徒と、その生徒をいじめていた者を一緒にする訳にはいかない」
「ま、まぁ」
じゃあ断ればいいじゃないか。どうして僕を呼び出すんだ。
「君が嫌なことを思い出す可能性も考慮したが、一度、君にその者を確認してもらおうと思った。君に危害を加えた者かどうか」
ごくりと、喉が鳴った。なんだかよくわからない。僕はどうすればいいんだ。
「は、はい。わかりました」
理事長はまた頷くと、テーブルに置かれていた資料を開きながら言った。
「加害者の名前は……」
春日美琴──。




