4.新しい人生
思いがけない言葉だった。
僕の目は、今までにないほど大きく見開かれていたと思う。
同時に、罪悪感とは少し違う、なんとも表現しがたい嫌な感覚が胸を締め付けた。
「僕に問題がある?」
「そう。あなた自身の問題。たぶん、前の学校でもいじめられた原因だと思う」
「いじめられた原因って……春日さんに何が分かるんだよ!」
「……腋臭症。あなたの病名よ」
「えきしゅう?」
「あなたの知ってる言葉で言うと……ワキガね」
「ワキガ? 僕が?」
「そうよ。あなたがいじめられた理由はそれ以外には考えられない」
思い返してみれば──。
臭い。
そう言われたことは、何度もあった。取るに足らない悪口だと思っていた。
なぜ自分がいじめられるのか、ずっと分からなかった。
相手が悪い。
そう決めつけて、自分自身を省みることもなかった。まさか、自分がワキガだったなんて。
「そっか……僕が悪かったのか」
「あなたは悪くないわ。それはあくまでキッカケの話よ」
春日さんは迷うことなく言った。
「あなたは強くて優しい人よ。悪いのは病気と、そんなことで他人を攻撃する人間」
「でも……」
「あ、それでね」
春日さんは話題を変えるように続けた。
「お父さんに腋臭症の治療について聞いてきたの。そうしたら専門医を紹介してくれたわ」
「専門医?」
「そう。腋臭症って治るのよ。でも、手術が必要になるかもしれないから、腕の良いところに行くべきだって」
「そんなアテがあるなんて……春日さんのお父さんって、どんな人なの?」
「医師よ。もう現場には、ほとんど立っていないけど」
「お医者さんなのか。それなら納得だ」
今思えば、彼女は嫌な顔ひとつせず、淡々と話している。
僕の体の臭いについて話しているというのに。
においは気にならないのだろうか。僕はどれぐらい臭いんだろう。
「これが紹介状。これは封筒を開けずに、このまま渡して」
「ありがとう。でも、治療に行くかは分からないよ?」
「どうして?」
「治療費も必要だし……親にも相談しないと」
「お金のことは心配しなくていいわ。これは、転校までさせてしまった、あなたへの罪滅ぼしだから」
手術になったら、どれほどの費用がかかるのだろう。何も分からない僕には想像もつかなかった。
「いや、やっぱり悪いよ……」
「もう」
春日さんは困ったように笑った。
「それは私が私の心を救うための費用なの」
「……」
「あなたが治療を受けるかどうかは、あなたが決めればいい。でも、もしお金のせいでそれを諦めることになったら私は……」
そんな風に言われてしまっては、断りきれなかった。
僕は紹介状と地図を受け取り、診察を受けることになった。
その日は、それで春日さんと別れた。
帰宅して両親に話すと、春日さんの家までお礼に行くだの、何だのという話になった。
けれど、そういうことはしないでほしいと先方から断られた。
後日、紹介された病院で診てもらった。
診察の結果、健康保険が使えない自由診療の施術を受けたほうがいいということだった。
定期的な診察やメンテナンス代も含まれているらしい。
その総額は、四十万円を超えていた。
そんな大金を、代わりに支払ってもらう。
それは、ものすごく悪いことのように思えた。
春日さんに金額を伝えると、
『予定通りだから気にしなくていい。町田くんのこれからの人生を考えれば、安いものよ』と返事が来た。
命の恩人──というほど大げさなものではないのかもしれない。
それでも、僕にとって彼女は救世主だった。
この恩は、一生をかけてでも返していこう。そう思った。
そして──。
彼女からもらった新しい人生は、ここから始まった。




