41.初めて
御厨は手術をした。その三日後に退院したが、今でも学校は休んでいる。
教室に二つの空席。もう見慣れてしまった。
「町田以下とか終わってる」
僕は声のした方を睨みつけた。
目が合った生徒はへらへらと笑っている。
そういう陰口や嫌がらせがあからさまになった。
期末考査の結果だろう。今の僕より下は、本当に少ないと思う。
もうすぐ夏休みだ。学校から離れられるのを嬉しく思っていた。
御厨の病室に行ってた時は、行くところがあってよかった。今は学校を出てしまうと、家に帰るしかない。屋上もなんだか嫌な場所になってしまった。
帰宅してベッドに寝転がっていた。春日さんにメッセージ送ろうかな。ふと、そう思う。
でも今更、僕が何を言えるというんだ。
お見舞いついでに御厨の家に行こうか。そう思ったが、やめた。
『いきてるか?』
僕は御厨にそうメッセージを送ってスマホを放り投げた。
いつか春日さんにも言われたな。御厨には遠慮してないって。私も同じようにって。春日さんに『いきてるか?』なんて送れないよ。
『暇だからお前の家に行く』
『大丈夫なのか?』
『腕は吊ってるけどな』
今から来るらしい。脱ぎっぱなしの服を片付けて、ぐちゃぐちゃだったベッドも整えた。
そのうち、呼び鈴が鳴って僕は玄関を開けた。
「町田さーん」
一度ドアを閉めた。聞いてない。妹の方まで来るのは聞いてない。
「ガチャ」
「おい」
御厨が今回も勝手に開けて入ってきた。
「なんで閉めちゃうんですか?」
「ミミちゃんがいるとは思ってなかったんだよ」
「来ちゃいました」
とりあえず部屋に入れて、ダッシュで飲み物を準備して戻る。
「勝手に触るなって」
御厨兄妹はクローゼットを開けて僕の服を漁っていた。
「お前、どこで服買ってんだよ」
「またそれか」
「は?」
もうその話題は前にやったからいい。
「お前ら何しにきたんだよ」
「元気ないだろうなって」
「そうそう」
ありがたいけどなんか違う。なんかこうもっと一緒に悲しむというか……。でも実際に元気になってるから腹が立つ。
「連絡は?」
「ないよ」
「お前はどうせ自分からはメッセしてないんだろ?」
「……まぁ」
「ミミはどう? メッセきたら嬉しいか?」
「私は嬉しいけど……みこ姉はどうかなぁ。頑固そう」
「……まぁ……ねぇ」
何もすることがないので、テストの問題を見てもらうことになった。
「これはこうなるんですよ」
ミミちゃん、僕より勉強ができる……。一年生なのに……。
「達也、このクマ、腕置くのにちょうどいい」
肝心の御厨は僕のベッドに横になっている。クマがちょうどいい抱き枕になってるようだ。
ミミちゃんに勉強を教えてもらいながら、たまにお菓子を食べて。おしゃべりもして。
「僕にもこんな妹がいたらなぁ」
「……」
僕がそんなことを言うと、ミミちゃんは僕の顔をジッと見つめてきた。なんだ?
「妹?」
「う、うん」
スッとミミちゃんの手が伸びてきて、僕の頬に触れた。
何……?
くいっと顔を持ち上げられる。
「ちゅ……」
何が起きた?
すぐ近くにミミちゃんの顔がある。目を瞑ってる。
キス……された……?
「私がいますから」
「ミミちゃん……」
バッと御厨の方を見る。寝てるみたいだ。また手が伸びてきて、頬を触られる。ミミちゃんが目を瞑って……。
「ミミちゃん。ダメだ」
僕はミミちゃんの肩を押さえた。
ミミちゃんは、自分の手を僕の手に重ねて握った。
「どうしてですか?」
僕の目を見つめてくる。
「僕は春日さんのことが好きだからね」
「……みこ姉、綺麗ですもんね」
ミミちゃんはニコッと笑うと、手を離して、元の位置に座った。
「でも私はそばにいますから」
「……う、うん」
初めてのキスだ。
…………ちゃんとした顔してるだろうか。
何より気まずい。
御厨、起きてこないかな。いや、それはそれで気まずい。
帰って行った……。
一人になって鏡を見る。
ニヤァと顔が溶ける。
いや、ダメだ。僕は春日さんが好きなんだ。
思えば、誰かに「春日さんが好き」なんて言ったのは、初めてだったかもしれない。




