2.特殊ルール
──被害者と申告された本人が、自分自身に投票した場合、クラスの多数決の結果によらず、転校する生徒が決定する。
投票によってクラスメイトを一人転校させれば、いじめがなくなる。そんな無茶苦茶な論理を制度として成立させるために、ただの多数決ではなく、被害者の意思を尊重したルールがいくつか設けられた。
これは厄介者を追い出す側のクラスメイトにも、大きな救いとなる。誰かを選ぶことができずに、適当に選んでしまうような生徒がいても、皆が望む結果になりやすい。
そして……あいつは自分から出ていった。
そう考える余地があることで、実際に自分が投票していたとしても、罪の意識を軽くできる。そういう仕組みだった。
全員が投票を終えると、担任は集計結果を確認した。投票者の番号に重複や漏れがないように慎重に確認し、間違いがないことを確かめていった。
やがてすべての項目にチェックを付け終えると、小さく頷いた。
「結果は本人の家に直接送付される。みんなが結果を知るのは、誰かがいなくなったときだろう」
教室の空気がさらに重くなった。
「どこの学校に行くのかは伝えられない。近くかもしれないし遠くかもしれない。いくつかの候補の中から本人が選べるようになっている」
教室のあちこちで落ち着きのないざわめきが起こっている。投票については口外しないように一応、口止めされている。それでも誰にしたの? といった声はどうしても出てくる。
「最後に!」
担任はそれらを制止するためか、普段より大きな声で言った。教室が静かになるのを待ってから話を続けた。
「転校することになるお前」
担任の視線はきょろきょろと教室のどこかに向けられた。誰に向けて言っているのかわからないようにしているのだろう。ただ、僕の方を見ることは一度もなかった。
「お前は何も悪くない。このクラス、この学校に合わなかっただけだ。それがこの制度の理念だ」
一呼吸置いてから、担任は続けた。
「次に行く学校では、うまくやれるように祈ってる」
綺麗事だと思った。僕は自分が転校することを知っている。つまり自分に向けられた、ありきたりで、つまらない言葉に呆れていた。
「そして、見送ることになるお前たち。お前たちも悪い人間じゃないんだ。これからはいじめなんて起きないクラスに変わっていってほしい」
これまた綺麗事だ。僕がいなくなったら、また別の誰かをいじめるに決まっている。人をいじめるような奴が、そう簡単に変わるものか。それにいじめなんてどこにでもある。このプログラムに意味なんてない。
ホームルームが終わっても、気持ちは重いままだった。家に帰る気にもならない。通知が来るまで何も知らないふりをして過ごすか、それとも自分自身に投票したことをちゃんと親に話すべきか。そんなことを教室で考えていた。
しかし、いじめられっ子に教室でそんなことを考える余裕などない。転校のことが気になって忘れていた。
「町田ぁ! お前が転校するんだろ?」
確かにその通りだったが、だからといって、こいつとそんな話をするつもりはない。僕は黙って立ち上がりリュックを背負った。
「どけよ」
「ふん、ようやく教室に平穏が戻るぜ」
「こっちのセリフだよ」
「なんだと?」
最後ぐらい優しくできないのか。こんな奴にそんな心理があるはずもないか。それでも僕は、どこかで人間の良心に期待していたらしい。
小さくため息をつき、それ以上は何も言わずに教室を出た。背後から何か叫び声のようなものが聞こえているが、聞かない方がいいことだろう。
やっぱり、両親にはちゃんと話そう。もう、一日たりともここに来たくない。夏休みまではあと三日だ。転校しなければならないことを隠して、ズル休みすることもできるだろう。けれど、両親にはきちんと事情を話し、納得した上で休む許可をもらうべきだ。
帰宅するとまだ父さんも母さんもいないようだったので、僕はいつも通り自室にこもり、サッカーゲームを始めた。
単調な動きを繰り返すCPUを馬鹿にしながら憂さ晴らしをしていた。けれど気持ちは晴れなかった。次から次へと嫌なことが頭に浮かんでくる。
どうして僕がいじめられるのか。
悪いのはあいつらなのか。それとも僕か。
いくら考えても、答えは出なかった。
やがて、ゲームもやめてしまい、ベッドに寝転がった。ぼんやりと天井を見つめていると。
ポーン。スマートフォンが鳴った。
同じクラスの、いや同じクラスだった春日さんからメッセージが届いたのだ。
『今から少し話せない?』




