1.投票制転校プログラム
いつも通り退屈な授業の終わりが近づき、僕たちは帰り支度を始めていた。
教壇に立つ数学教師は、生徒たちの様子を察したのか、黒板に向けていた身体をこちらに向けた。
「今日はこの後にホームルームがあるので、担任の先生が来るまで残っていてください」
教室のあちこちから、あからさまなため息が漏れた。
投票制転校プログラムが適用された場合、教師たちは全員すぐにそのことを知らされる。ただ生徒たちがそのことを知らされるのは投票の直前だった。
これから何があるのか分からない生徒たちからは次々と不満の声が上がった。
「ねー」
「早く帰りたいんだけど」
「なんで残らないといけないの?」
そんな声を聞きながらも、数学教師は厳しい表情を変えなかった。
「君たちにとって、とても大切な話があります」
そう言われてしまえば、それ以上は何も言えなかった。僕たちは渋々、担任が来るのを待つことになった。
みんな各々に固まって話をしたり、窓からグラウンドを眺めたりしていた。僕もサッカー部の一年生がだらだらと部活の準備をしているのをぼーっと見ていた。部活がある奴は急ぐだろうにな。僕には予定も何もないけれど。それでも早く帰りたいものだ。
しばらくして、担任が教室に入ってくると皆が席に着いた。どうやら何か始まるらしい。担任の緊張した面持ちがそれを予感させた。
「みんなにとって残念なお知らせがある。投票制転校プログラムへの申告があった。このクラスでいじめが行われているらしい」
ざわめきが起こったが、担任はそれを制することなく、静かに続けた。
「気付いてやれなくて、すまない」
それはわずかな震えを含んだ声だった。
「もう決まったことだから今更、悔やんでも仕方ない、これからみんなに投票してもらう。まずはこれを回してくれ」
そう言って担任が配ったのは、生徒の名前と、それぞれに二桁の数字がランダムに振り分けられた表の書かれたプリントだった。
「次に端末を前から順番に回していくから、そこに四桁の数字を打ち込んで確定を押してくれ。画面が最初の状態に戻ったら後ろに回すこと。番号を入力する画面になっていなかったら、俺に言ってくれ」
各列の先頭に、学校名のシールが貼られたスマートフォンが手渡された。
何が起こっているのか理解できていない生徒も多く、教室はざわついていた。担任は淡々と説明を続ける。
「いいか? まず自分に割り振られた番号を入力する。出席番号じゃないぞ。右側の数字だ。それから、いじめを終わらせるために、このクラスから転校させる生徒の番号を入力する。くどいようだが出席番号と間違えるなよ。自分の番号と相手の番号で四桁の数字を作る。最後に確定だ」
担任は一人一人の顔を見るように教室を見回した。
「さあ、おしゃべりはもう終わりだ。端末を持っていない間は、顔を伏せてくれ。時間はかかってもいいから真剣に考えてほしい」
担任は小さく息を吐いた。
「誰か一人の……いや、みんなの人生が大きく変わるかもしれない。誰を選ぶのか、慎重に決めてくれ」
淡々と話しているように見えた。けれど、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
悔しいのだろうか。
悲しいのだろうか。
担任が僕たちをどんな風に思っているのか、僕には分からない。ただ辛いだろうとは思った。クラスでいじめが起こり、生徒を一人、転校させることになる。担任としての責任も重い。場合によっては、減給などの処分もあるだろう。もちろん、僕たちには何も知らされることはないが。
しばらくして、僕の手元に端末が回ってきた。嫌な汗が出る。僕はプリントに目を落とし、自分の番号を確認する。
町田達也──46番。端末に「46」と入力する。
それから、クラスメイトの名前と番号を順番に眺めていった。
クラスから一人を追い出す。とんでもないことだ。よくこんな制度が可決されたものだと思う。考えた奴はきっと鬼か悪魔だ。
僕は現実から逃れようと、そんなことを考えていたが、選ばないといけないという現実から逃れることはできない。
僕は意を決した。
震える手で「46」をもう一度入力する。
4646。
自分自身に投票し、確定を押した。もう後戻りはできないだろう。




