26.仲間外れ
「春日さん座ろうか」
しばらくすると、春日さんの震えが少しずつ収まってきた。
僕が椅子を引こうとしたとき、御厨は突然立ち上がった。
「御厨……?」
御厨はそのまま何も言わず、部屋を出ていった。
「では、今日はここまでにします。後日、改めて連絡します」
「はい。それでは失礼します」
「君たちも今日はありがとう。失礼するよ」
みんなが部屋を出ていく。最後に残った親父さんを僕は睨みつけた。
「なんであいつを追いかけないんですか」
「それは君の仕事だろう」
「……っ!」
「龍之介はずっと間違えたままなんだ」
「……え?」
「一度、考えさせようと、投票制転校プログラムも自由にやらせてみた」
「え?」
「君たちにも、本当にすまないことをした」
御厨の親父さんは少し頭を下げた。
「い、いえ」
「ここは開けっ放しでいい。気が済んだら帰りなさい」
「は、はい……」
「失礼する」
親父さんは静かに部屋を出ていって、僕と春日さんだけが残った。
「町田くん」
どれぐらいの時間が経ったのだろう。僕の横には春日さんが立っていた。
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
「私の方こそごめんなさい」
「んーん」
「御厨くん、どうしたのかな」
「本人に聞こう」
僕は立ち上がった。
「もう帰ってるかも」
「行こう」
「どこに?」
「とっておき」
「ピピッ」
屋上の扉が開く。
夕暮れの景色が広がっていた。
校舎の向こうまで続く街が、夕日に照らされている。
その景色の中に、御厨がいた。
細いフェンスの向こう側。
夕日を背にして、遠くを見ている。
「御厨くん」
それを見た春日さんが駆け出そうとした。僕はとっさに腕を伸ばした。
「待ってて」
「でも……」
「大丈夫」
春日さんは小さく頷くと泣きそうな顔で僕を見た。
「ガシャン」
僕が手を離すと、重い扉が閉まった。
御厨はこちらを気にすることなくずっと遠くを見ている。
僕はゆっくり御厨に近付いた。
「そこから飛んでも死なないだろ」
御厨はしばらく黙っていた。
「……死ぬつもりなら、もっと確実な方法を選ぶ」
御厨らしい返事だった。
「俺さ」
「うん」
「何もわかってなかった」
「何が?」
「お前のことも、春日さんのことも」
御厨は遠くを見たままだった。
「二人とも、もっと簡単に考えてると思ってた」
「……簡単?」
「お前らは……ちゃんと苦しんでた」
御厨が、泣いてる。
「俺だけ……」
声が途切れる。
「俺だけ、わかったつもりになってた」
御厨の肩が震えた。
僕は何も言えなかった。
「うぅ……」
僕もフェンスを乗り越えた。
そしてフェンスを背もたれにして座った。
「……なんだよ」
「こっちに来ただけだろ」
「……」
「危ねぇから座れよ」
御厨は何も言わず。僕の隣に座った。
「私は?」
後ろから声がした。
振り返るとフェンスのすぐ向こう側に春日さんがいた。
「仲間外れ?」
「そこにいなよ」
「嫌よ」
春日さんがフェンスに手をかけた。
「よいしょ」
「ちょっと……」
「大丈夫」
「危なっかしいなぁ」
「ふぅ」
フェンスを乗り越えた春日さんは御厨の隣に腰掛けた。
「……お前らはすごいよ。ほんとに」
御厨が言った。
「なんだよ」
「泣いたり怒ったり……笑ったり」
「……」
「子どもみたいだなって思ってた」
「何よ」
「でも、違った。お前らはいつも誰かを想ってる」
僕は何も言わなかった。
「俺のために怒ったり、泣いたり……」
御厨は俯いた。
「俺、何やってたんだろうな」
「御厨」
「んだよ……」
「お前が僕のために泣いてたら気持ち悪いだろ」
「あ?」
「ふふっ。そうね」
「お前はお前でいいから」
「カッコつけてないでもっと頑張ったら?」
「お前らは本当に他人の心にずかずかと……」
「他人?」
この声のトーン。まーた春日さんのことを怒らせてやがる。
「もう一回叩かれないとわからないの?」
「叩きたいなら叩けよ」
「……やめとくわ。私だって痛いの」
「ねぇ笑っていい?」
「ダメよ」
しばらく三人で景色を眺めていた。御厨はもう泣いていなかった。夕日が沈んで行く。
「寒いね」
「ほんとに」
「帰ろうか」
僕が立ち上がる。
御厨も立ち上がった。
「御厨、一回うち来いよ」
「なんでだよ」
「今日は一人にできない」
「過保護かよ」
「ずるい……」
春日さんが呟く。
「え?」
「私も行く」
春日さんはフェンスを乗り越えてドアの辺りに行った。親に連絡するらしい。
「達也、あの子、大事にしろよ?」
「お前もな」
春日さんが走って戻ってきた。
「泊まってもいいって」
「……え?」
僕と御厨の声が重なった。




