25.理事会
「今日、投票制転校プログラムの理事会がある」
「理事会?」
「理事長は親父だ」
あの人か……。視線が鋭くて、威圧感あるんだよな。
「今日までに続けるか止めるか考えてこいって言われてる」
「それで?」
「一緒に来い。お前も連れて行くってもう言ってあるんだ」
まだ行くって行ってないのに。こいつの計算通りに動きたくないなぁ。
「ちょっと待てよ。何時からどこであるんだ?」
「学校で三時から。お前を連れて行くって言ったら融通を利かせてくれた」
「そっか」
「それと、春日さんも」
「私も?」
「一緒に来てくれよ。もう一人増えてもいいか、親父に確認する」
御厨はスマホを取り出すと机に置いた。
「親父の声が聞こえるようにオープンマイクにする。余計なこと言うなよ」
プルルルルルル。プルルルルルル。
「どうした?」
「この後の理事会だけど、もう一人増えてもいいか?」
「……春日美琴か?」
僕と春日さんは目を丸くしてお互いを見た。
「はは、親父には敵わないな」
「既に手配済みだ」
「マジで……? よくわかったな」
「龍之介。最後のチャンスだ。悔いのないようにな」
それで電話は切れた。
「親父。めちゃくちゃキレてたな」
「前に会った時とは雰囲気が違った」
「何を怒ってるんだか」
「ねぇ、ほんとに行くなら私、着替えに帰るわ」
「そのままでいいのに」
「最低限のマナー」
「間に合う?」
「ご飯を食べてから帰っても、十分間に合うわ」
「めんどくせぇな」
「御厨くんもちゃんと着替えないと。それが誠意よ」
「いつも私服だよ。俺は」
「私が理事会側だったら、あなたのようにヘラヘラと私服で来る高校生の話なんて、取り合わないわ」
「あ?」
「あなた。この制度が今日で終わってもいいの?」
御厨が春日さんを睨みつける。こんな所で仲間割れしてどうするんだ……。
「悪かった。着替えるよ」
結局、御厨が折れた。
春日さんは電車に乗らなきゃだし、御厨の家は駅前だ。
ご飯を食べて、それぞれ着替えて駅前に集合ということになった。
「じゃあまた後で」
春日さんのエスコートは御厨に任せて、二人は家から帰っていった。一人になった僕は、ベッドに置かれたクマを見つめていた。
ここに春日さんがいたんだ。今まで家に人が来ることなんてなかった。楽しかったな……。
「着替えるか……」
僕は制服を着ると待ち合わせ場所に向かった。
駅前の広場に座って、飾り付けられたツリーを眺めていた。吐く息が白い。街を行き交う人も防寒具でもこもこだ。羊みたいだなぁ。
動いてないとやっぱり寒いな。なんか見るか。
目につくのは喫茶店。自転車屋。薬局。時間を潰せる所ではない。コンビニでマンガでも立ち読みするかな。暖かいし。
「なにフラフラしてんだよ」
「御厨」
「あそこ行くんだろ。寒いから早く行こうぜ」
御厨は先に歩いていく。僕は慌てて後を追った。
二人並んで同じ雑誌を読む。たまにスマホを確認して、たまに店の外を見て。この後、理事会で何を聞かれるんだろう。僕に何が出来るのか。
「もう着くってよ」
「あ、ああ」
グループメッセに春日さんから「もうすぐ着きます」とメッセージが入っていた。
「今、何時?」
「まだ二時すぎ。余裕だよ」
僕らは店を出ると改札の前まで移動した。ちょうど人がざっと出てきて、その後ろに春日さんが見えた。
「おう」
「お待たせ」
「じゃあ行こうか」
御厨が前を歩いて、僕と春日さんはその後ろを並んで歩いた。気を使ってんのかこいつ。
「御厨、理事って何人ぐらいいるの?」
「あー俺を入れても十一人だな。でも今日は五人だと思う」
「あ、そんなもんか」
「どんなのを想像していたの?」
「なんかこう、前に五人ぐらいいて、対面でずらっと五十人ぐらい」
「まぁ、そういうのもあるけど。今日のは小規模だ」
なんだよかった。僕らを入れても八人ぐらいってことか。もっと人が沢山いて緊張すると思ってた。
が、実際にはそんな気楽なものではなかった。高校入試の面接みたいな緊張感がある。
部屋に入ると長机が二列に置かれていて、片方には五人のおじさんが座っている。全員、難しい顔をしていた。一番奥は御厨の親父さんだ。
僕らはその対面、空いてる方に三人並んで座った。
「では早速。まぁ龍之介が制度を打ち切ると言うならこの先は必要ないが」
「二人も連れてきてるんだ。止めますはないだろ」
御厨は偉そうに言った。
「わかった。では順番に話し合っていくことにしよう。まずケースAの……」
会議は進んでいく。ケースAというのは春日さんの件のようだ。
「龍之介、これは何故、起こった?」
「まず加害者の偽装を見抜けなかった。調査委員会が機能していない」
「それで?」
「しかし、根本の理由はノーリスクだったことだ。申告さえ通れば、加害者ルールで確実に追い出せる」
「ではどうすればいい? 罰則を設けるか?」
「これは全ての投票と関係あることだが、被害者の一票が絶対的すぎる」
「お前はそこが肝だと言っていたが?」
「それを無くすことはしない。ただ多数決にも力を持たせる。つまり被害者の一票と、多数決の結果と両方を反映する」
「なるほど」
「元々、そういう設計だった。自分が転校する可能性がある。ということが申告自体を制限できるはずだった。だからそれだけでも抑止力になる」
御厨は親父さんの圧にも負けずに対等に話している。
「この制度が発足して約二年。およそ三万件ほどの申告があった」
親父さんは資料に目を通しながら話していた。
三万件……。そんなにいじめで苦しんでる人がいるのか。
「これは高校生だけの数字だ」
「え?」
「小、中学生は転校の負担がより大きいとして、この制度の対象外だ」
小学校まで入れたら何万人が被害にあってるんだ……。
「転校させられることになった生徒。およびそのクラスメイトに聞き取り調査をしている」
僕のところにはそんなの届いてないけど。
「およそ六百人」
そんなもんなのか。それなら僕のとこに来ないのも納得だ。
『投票制転校プログラムによる転校は、あなたがいじめから抜け出す助けになりましたか?』
「君たち二人は実際に経験しただろう。答えられないなら答えられないでいい。町田くんはどうだった?」
「僕は二度、この制度を経験しています。一度目は転校して、すぐにまたいじめられて。制度に意味などないと感じました。でも二度目は、えっと、今ですが楽しく登校しています」
「そうか。では春日くんはどうだ?」
「私はいじめから抜け出せています。助けになりました」
「そうか。君たちの助けにはなっているのか。ただし、問題はもう一つの質問」
『転校後、いじめによる苦痛や不安は軽減しましたか?』
「町田くんはどうだった?」
「身体的な苦痛はもちろん無くなりましたよ。でも心の方は……」
「私もそうです。たまたま町田くんと御厨くんがいたので助かりました。二人がいなかったらと思うとゾッとします」
「ほとんどの生徒がそう答えている。いじめられて傷ついた心は簡単には治せない」
「つまり、見かけだけの制度だと言うことだ」
親父さんの隣の席、少しぽっちょりとしたおじさんが言った。
「僕たちは実際に助かってます」
「たまたま運が良かっただけだ」
なんだこいつ。嫌な奴だな。
「運が良かったって本当にそう思うんですか?」
春日さんはそのおじさんを睨みつけている。
「私はこの学校に来れて、本当に良かったです。それは転校プログラムがあったからです」
「転校してきて良くなった? 悪くなった生徒もいるだろう。とんでもない生徒を送り付けられて、めちゃくちゃになった学校もあるはずだ」
「それはあなたたちの責任でしょ?」
春日さん……怒ってる。
「なんだと?」
「私たちはSOSを出した。でも大人は助けてくれませんでした」
「だからなんだ」
「あなたたちが責任を持ってそんな環境を変えて行くんでしょ? それを運だなんて。責任を投げつけないでください」
「ぐっ……」
「俺が見てきたヨーロッパではそんなやり方だった。みんなで環境から作る」
「なるほど。君たちは投票制転校プログラムは必要だと」
「そうだ」
「しかし、いじめを無くすのはこの制度では無理だと?」
「それはこの制度の根幹じゃない」
「じゃあ元々不適切なんだ」
「間接的には減るんだからいいだろ」
「龍之介、黙れ」
「なんだよ」
「町田くんが何か言いたそうだ」
「へ?」
なんか話を聞いていたら自分も腹立ってきたとは思っていた。でも言いたいこと……。
「町田くん。この二人みたいに思い切り言えばいい」
「はい。じゃあ、この制度のあり方とか、そんなの最初の時に話し合ってるんでしょ?」
「そうだ」
「それで実際に何万人も頼ってきてるのに、今さらいるかいらないかって……」
「達也……」
「僕たちは今。同じ方向を向いてなきゃいけない……と思います」
どう話せば伝わるのかわからない。けど、思うまま言ってみるしかない。
「初めの方は良かったのに……途中から喧嘩みたいになって」
「ごめんなさい……」
春日さんが謝った。僕は少しだけ首を横に振った。
「えっと、最初から完璧なものなんか作れないよ。だから問題があったら一つずつ直して行けばいいんじゃないかな」
「……今、問題点を一つ提示して、改善策を言えるか?」
御厨の親父さんが僕を睨んだ。この目……そっくりだ。負けたくない。
「ぼ、僕は自分のことしかわかりません。なのでそれを」
「言ってみなさい」
「僕は加害者に投票しました。でも本当の加害者は別の生徒で、結果、多数決で僕が転校することになりました」
「どうすればいい?」
「か、加害者はグループで認定して、被害者が加害者グループの誰かに入れた場合は全員転校させる」
「全員か?」
「全員バラバラな所にです」
「なるほど」
「これだから子どもは……」
ぽっちゃりおじさんは文句を言っているが。もう怒ってはいないように見えた。
「私たちには思い付きもしない。いじめ防止関連法案も、子どもたち自身に考えさせることが着想だった」
「わかったよ。御厨さん。私はもう降りさせてもらう」
ぽっちゃりおじさんはそう言うと部屋を出て行ってしまった。
「あとの方はどうですか?」
「私は協力するよ」
一番端のおじさんが答えた。それ以外のおじさんは、ちらりと親父さんの方を見るだけで黙っていた。
「龍之介。お前が作ったこの理事会と調査委員会は一旦解散する」
「好きにしろよ」
「御厨、急にどうしたんだよ」
「もういいよ。俺抜きでやってくれ」
パァン。
乾いた破裂音が部屋中に響いた。
「あなたね!」
「なんだよ?」
「なんなのその態度は?」
「は?」
「私はこんな制度なくなっても困らないの。でもたくさんの人を救いたい……」
「……」
「もっと……真剣に……」
春日さんの声が震えていた。泣いてる。
僕は立ち上がって春日さんの肩に手を当てた。
すると、春日さんが僕の胸に顔を埋めてきた。
震えてる……。
御厨は額に手を当てて俯いている。おじさんたちは何も言わずこちらを見ながら目を細めていた。




