21.凍結
三連休が終わって今日からまた学校だ。制服を着ながら枕元に置いてある大きなクマを眺めていた。帰りの満員電車にあれを持って乗り込むの、しんどかったな。
「よし。行くか」
ベッドの横に置かれたリュックを背負うと、ネイビーの小さなクマが揺れた。
学校に着くと、玄関に人が集まっていた。掲示板の前だ。
普段はよく見ないで通り過ぎるが、さすがに見るか。
「投票制転校プログラムの凍結?」
掲示板にはそう張り出されていた。知事からの発表だ。内容はこうだ。
投票制転校プログラムについて、制度の運用上、著しく不適切な利用が確認されたため、本日付をもって本制度を無期限で凍結することが決定されました。
なお、凍結以前に申告が受理されている案件については、従来どおり制度を適用するものとします。
また、凍結期間中の特例措置として、いじめ等の被害を受けた生徒本人からの申告に限り、当該生徒の転校を認めます。
今後の制度の再開および運用については、改めて告知します。
「なんだこれ……」
御厨にメッセを……。いや、あいつが知らないわけがない。向こうから言ってこないってことはそういうことだ。
クソ、あいつ今日も休みなのか?
授業中も投票制転校プログラムのことが頭から離れない。不適切な利用ってまさか春日さんの件か。でも、そんなのどうやって判断したのか……。
御厨なら何か知ってるかもしれないのに。
僕は頭を掻きむしった。
なんで困ったら御厨なんだ。自分で考えろ。
しかし、被害者の転校は続けるようなことも書いていた。それなら大半の被害者は救えるはずだ。僕が心配することでもないのかもしれない。僕は今いじめられてないしな。
不適切な利用。僕ならどんな使い方をする? クラス全員で一人を陥れる。違う生徒を被害者に申告して、被害者ルールを使わせない。そんなこと調査委員会がしっかりしていれば防げそうだ。
馬鹿だな僕は。何も思い付かないや。そのうちチャイムが鳴って昼休みになった。
春日さんと学食に行くんだった。廊下で待ってるかな。
「町田くん」
春日さんがクラスの入り口で僕を呼んだ。僕は大慌てで春日さんの所に向かう。目立つなって言われてるのに。でもそのことを本人には言えてない。
「ごめん。行こうか」
僕はクラスメイトの視線を避けるように、急いで教室を後にした。
「掲示板見た?」
学食に向かう途中、春日さんに聞いてみた。
「ええ」
「なんだか頭から離れないんだ」
「考えすぎも良くないわ」
なんでこんな飄々と。僕たちは当事者なのに。僕が考えすぎなんだろうか。
「うん……」
「わからないことはわからない」
「春日さん……」
「なに?」
「いや……」
僕もそんな性格なら……。いや、わからないことはわからないし、どうしようもないことはどうしようもない。
「ここが学食だよ」
学食に着くと、まずは券売機に並ぶ。遅くなると結構待たないといけない。チャイムが鳴ったら走って来る生徒もいる。
「何を食べようかな」
「おすすめは?」
「んー、安いのは日替わりだよね」
今日の日替わりはチキン南蛮。それに味噌汁とポテトサラダなどの小さいおかずが二つ付いている。
「量が多いのはまんぷく定食」
唐揚げ、コロッケ、ハンバーグに味噌汁と小さいおかず。男子の一番人気。
「あなたがよく食べるのは?」
「醤油ラーメンのカレーセット」
「……一応、内容も聞かせてもらえる?」
「ラーメンとカレーライスのセット。これも男子に人気」
「……日替わり定食にするわ」
「じゃあ僕も今日は日替わりにしようかな」
食券を買ったら注文口に出す。番号札をもらって、受取口で待つ。よくあるシステムだ。
僕たちは、向かい合って座ると一緒に手を合わせた。
「今日、御厨来てた?」
食事をしながら春日さんに聞いた。
「いえ。いなかったわ」
「そっか」
もう何日会ってないだろう。今日は来るような気がしてたのに。
「寂しい?」
「え?」
「友達なんでしょ?」
「友達……」
少し考えたが、友達とは違うような気がした。
「違うの?」
「……相棒」
「え?」
「うん。相棒。それがしっくりくる」
「相棒か。いいわね」
話をしながら食べていたせいで、食べ終わるのがギリギリの時間になってしまった。
「放課後、もう少し話せない?」
「わかった。屋上にいるよ」
僕らは教室の前で別れると、また退屈な授業が始まった。
「今日はこれで終わります」
数学教師の言葉で、授業が締められた。すぐに教室を飛び出していく人もいれば、僕みたいにダラダラと帰り支度をしている人もいる。
「んーっ」
さて、屋上に行くか。春日さんが来るまで一眠りしよう。荷物を持って教室を出る。
歩きながら、あくびが出た。春日さんの話はなんだろうな。階段を上りながら、また考えてもわからないことを頑張って考えていた。
「ピピッ」
鍵を開けて、屋上に出る。
「よぉ」
「御厨!」
「来ると思ったぜ、相棒」
「何やってたんだよ」
「あーちょっとな」
御厨だ。いつも通りの御厨がそこにいた。
「なんだ? 泣くほど嬉しいのか?」
どうやら僕は泣いているらしい。まぁいい。
「お前、投票制転校プログラムが凍結されたって張り紙見たか?」
「凍結?」
「お前……知らないのか? 不適切な利用があったって」
「あー、なんだ。行政にしては早い対応だな」
「説明しろ」
「あぁ、まぁ座れよ」
御厨はベンチの隣をトントンと指で叩いた。僕が座ると御厨は話し始めた。
「お前にグダグダと言われた日」
「なんだよ、その言い方」
「くく、いいから聞けよ」
「……わかったよ」
「あの子を加害者にしたって奴ら」
「あぁ」
「あいつら、嫌いな奴を転校させる方法っていう動画をネットに流してた」
「ちょっ……、わからないって」
「お前はそういうの見ないかもな。ほら、女の子がダンスを投稿したりする」
「あ、あぁ」
「そこで春日さんを転校させた方法を、解説してやがった」
「やばいじゃん」
「俺が出来るだけの手は打った。元の動画ももう削除されたけど……」
「うん?」
「情報としては拡散されてる。だから、すぐに親父に連絡した」
「それをしてたから学校を休んでたのか?」
「いや、それは別」
「ちょっと待ってくれ……」
一息ついた。立ち上がって景色を眺めた。なんでそんなことをするんだろう。誰かを貶めて、笑って。僕にはわからない。
「それでな、お前に言われてさ」
フェンスに肘をかけたまま、背中で御厨の話を聞いていた。
「イギリスに行ってたんだ」
「……」
僕にはわからない。学校をサボってイギリスに行くなんて。どうかしてる。
「ヨーロッパっていじめ対策が日本より活発でさ」
「あぁ」
「フィンランドなんかすごいんだぜ」
「あぁ」
「でも……」
「でも?」
僕は振り返った。
「いや、お前に話しても仕方ないか」
「馬鹿にしてるだろ」
「そういうことじゃなくて。今の日本では取り入れても機能しない」
「お前がそう言うなら、そうなんだろうな」
確かに聞いても仕方なさそうだ。
「今日は彼女来ないのか?」
「あー、忘れてた」
僕はドアを少し開けて段ボールを挟んでから言った。
「春日さんの方が、話があるって言ったんだ」
「ふーん。仲良くしてるんじゃん」
「おかげさまで」
僕は御厨の隣に戻った。何も話さない時間。風が吹いて、街の音がして、何も考えない。いや御厨は考えてるかもしれないけど。いつもの場所だった。
「なぁ達也。彼女の話、なんだと思う?」
「さぁ。そんなの考えてもわからないだろ?」
「暇なんだから考えようぜ」
おかしかった。こんなくだらないことで笑って……。
「そうだなぁ……」
「やっぱり告白」
「それ好きだな。お前」
「やっぱり彼女はいた方がいいぜ?」
御厨の顔を見た。こいつ、まさか僕に内緒で。
「お前……彼女……」
「いねぇよ。いたらお前とこんなとこいるかよ」
「はははっ」
「チッ」
「たしかに」
「コンコン」
ドアがノックされた。たぶん春日さんだ。僕はドアを開けた。




