20.小さなクマ
「じゃあ、これ飲んだら帰ろっか」
「ええ」
僕たちは日が沈みかけた街を、春日さんの家の方に向かって歩いていた。
「町田くん。ありがとう。新しい学校に来ても、息が詰まりそうだったから。息抜きになったわ」
「まだ来たところだもんね」
「うん。でも結局、何も買わなかったわね」
「ごめんね。付き合ってもらったのに」
「いいの」
「うん」
こんな大きなクマを抱えて歩いてるのに、中身はやっぱり春日さんなんだよな。
「でもほんとに良かったの? プレゼント」
「んーー」
ふと、小さな雑貨屋の前を通り過ぎたとき、窓の向こうに置かれた、小さなクマのぬいぐるみが目に入った。
僕は少し戻って窓の外からジッと見た。
これだ──
「ねぇ、ちょっと待ってて」
僕は春日さんを待たせて店に入り、さっき見ていたクマのぬいぐるみを手に取ると、会計を済ませて店を出た。
「春日さん、どれがいい?」
「え?」
僕はぬいぐるみを春日さんに見せた。
春日さんはそれぞれを見比べて、それから僕の顔を見た。
「これって……」
「プレゼントだよ」
三色のTシャツを着た、三匹のクマ。
「三人分?」
「うん。春日さんにも。今日のお礼」
春日さんは、少しだけ笑った。
「じゃあ……これ」
「OK」
「アイボリー」
「アイ……白じゃなくて?」
「これはアイボリーよ」
「……」
「あなたはネイビー」
「ネイビーはわかる」
「御厨くんはボルドーかな」
「赤……」
「町田くん。白にも赤にも、色々あるの」
「……はい」
二人でいつもよりゆっくりと歩いて帰った。
「明日は学食行くからお弁当はいらないよ」
「助かるわ」
「明日は御厨くん来るかしら」
「来るよ」
「へー」
「……たぶん」
「じゃあ、この先だからここで。送ってくれてありがとう」
春日さんは交差点に立ち止まってそう言った。
「うん。じゃあ……」
「待って」
「なに?」
春日さんは僕に大きなクマのぬいぐるみを差し出した。
「これはあなたが持って帰って」
「えー?」
「元々、あなたにプレゼントしたかったの」
この大きいぬいぐるみを? 僕に?
「欲しかったんじゃないの?」
「欲しいものだから、あなたにあげるの」
「う、うん」
「じゃあ、また明日」
そういうと、僕に大きなクマを渡して、春日さんは帰っていった。僕は姿が見えなくなるまでそこにいた。
さぁ、帰るか。
春日さんが転校してきてから、何日経ったんだろう。
いじめられていたことも、転校したことも、時間が経てば消えると思っていた。
でもそんなことはなかった。
何日、会えなくても。何ヶ月、会えなくても。
春日さんと過ごした日々も、きっと消えない──




