19.大きなクマ
「なんかね、エビフライが乗ってるやつがあるの」
「へぇ。私もそれにしようかな」
「うん。すみませーん」
しばらくして、料理が運ばれてきた。オムライスに二本もエビフライが付いている。僕が釘付けになっていると、春日さんがこちらを見ていることに気付いた。
「なに?」
「ふふっ、目が輝いてる」
「口もにやけちゃうよ」
「子どもみたいね」
「だってこんなおいしそうだよ?」
「そうね。食べましょ」
大人っぽく振舞ってるけど春日さんも、オムライスを口に入れた瞬間、すごくうれしそうな顔をしていた。
おいしくて、あっという間に完食した。春日さんは……まだ食べている。
……そうだった。春日さんは食べるの遅いんだった。
「プレゼント、何にしようかなぁ」
腕組みをしながら、天井を見上げていた。春日さんは一生懸命にオムライスを食べている。ふと横を向くとすぐ近くに春日さんがいるんだ。あれ?
「どうしたの?」
春日さんがエビフライを一つ残して固まっていた。
「食べきれない」
「じゃあ、もらっていい?」
「え?」
春日さんは一瞬固まってから頷いた。
「う、うん」
「ラッキー。いただきます」
僕は春日さんのお皿からエビフライを取ると、サクサクと食べてしまった。
一息ついてから、店を出た。
「はぁー食べたね」
「……うん」
「今度はこっちに行こうよ」
さっきのショッピングモールには戻らず、駅前の通りを歩くことにした。カラオケや飲食店が多く、プレゼントを探すには少し違うかもしれない。
「プレゼントって感じじゃないね」
「そうね」
んー、なんだか元気ないな。
一旦プレゼントのことは忘れて、楽しそうな所を探そうかな。
カラオケ……は、得意じゃない。
あ。
「ゲームセンター」
「え?」
「ゲームセンターだよ春日さん」
「え、えぇ」
「入ろう」
僕はゲームが好きだ。ゲームセンターにはあまり来ないから入っただけでもちょっと楽しい。
クレーンゲームを横目に奥へ進む。
……。
僕が楽しくてどうする!
「春日さんはゲームセンターって来る?」
「ほとんど来たことがないの」
「そ、そっか」
「町田くん」
「な、なに?」
「これってどうやるの?」
春日さんの目線の先には大きなクマのぬいぐるみがいた。
「欲しいの?」
「……」
返事がない。
クマをじっと見つめている。
「ねぇ」
「え?」
「欲しいの」
「う、うん」
意外すぎる。
「やってみたら?」
「え?」
「こういう系は上手いとか下手じゃないから」
「どういうこと?」
「何回かやれば、そのうち取れるってこと」
「私でも?」
「諦めなければ? でもいくらかかるかわからないよ?」
「やってみる」
春日さんがクマと対峙した。そして僕の方を見る。
「お金入れたらこのスティックで上下左右動かすの。何回でも動かせるから簡単」
「うん」
一回百円。なんだか安いような気がしちゃうんだよな。
「このクマならど真ん中でいいよ」
「この辺かな?」
「うん。あとはこのボタン押したらクレーンが下がるよ」
「うん」
ボタンを押して、クレーンを睨みつけている。
クレーンがクマを掴んで、持ち上がる。
いける。
そう思った瞬間、パッと離された。クマは元の位置に落ちる。
クレーンゲームの闇だ。
「あー」
「取れる時はクレーンが離さないんだよ」
「なるほど」
迷わずお金を入れてる。何回やるつもりなんだろう。
いくらかかるかわからない。
僕の予想ではさんぜ……
「取れた!」
「え?」
「ねぇ見て!」
春日さんがクマを抱えて、嬉しそうに笑っている。
……可愛い。
なんだかさっきより元気になったみたいだ。
「よかったね」
「……嬉しい」
春日さん。こんな顔するんだな。なんだか無防備というか、いつもより幼く見える。
それから、クマを抱えた春日さんと、もう少しプレゼントを探したが、見つからない。
「当てもなく探すのは無謀だったか」
「何かを決めた方が良さそうね」
「ちょっと疲れたね。どこか入る?」
「そうしましょう」
駅の方に戻ってきた。カフェらしいお店はあっちにもこっちにもある。
「どこもいっぱいかな」
「そうね」
「ここ……入れそう」
通りかかった、少し寂れた喫茶店。初めて二人で話した日のことを思い出す。
「ここにしようか」
「ええ」
僕がドアを開けて店内に入ると、コーヒーのいい香りがした。店内はカウンター席が一列あるだけで、その向こうにネクタイを締めたマスターが立っていた。
「いらっしゃいませ」
マスターは僕らを「こちらに」と席に案内した。
「僕はアイスコーヒーください」
「私はホットを」
マスターは「わかりました」と答え、コーヒーを準備し始めた。僕はその様子を眺めていたが、春日さんはこちらを向いて話し始めた。
「ずっと聞きたかったんだけど。喧嘩はどうなったの?」
「あー、どこから話せばいいか」
食器の触れ合う小さな音が、緩やかなジャズの中に溶けていた。
「あの日……僕と御厨が言い合いをしていたのは、山野さんたちが仕組んだことを話すか、話さないかでもめたから」
「……そう」
「そんなことを知ってどうなるんだ。それで終わりじゃないだろって。それじゃ、春日さんを救えないって」
「あなたが?」
「そう。なんだか恥ずかしいけど」
「そんなことないわ」
春日さんは静かに首を振った。
僕は頷いてから続けた。
「御厨は、知った方がいいって。春日さんも、本当のことを知れば少しは楽になるって」
「本当のことっていうのは私が加害者にされてたっていうこと?」
「そう」
「あなたたちはどうして私が加害者だって?」
「御厨の親父さんに呼び出されて聞かされた」
「御厨くんのお父さん?」
「うん。前にいた高校から加害者が転校してくるから、被害者と一緒にできないって。相手を確認してくれって、資料を見せられた」
「それが私だった……」
「そう」
僕たちは二人とも何も言わずに俯いていた。
しばらくして、マスターが僕たちの前にコーヒーを置いた。
僕はマスターに軽く会釈してから一口だけ口をつけた。
苦い……。
「……ふぅ」
コーヒーっていいもんだな。美味しい。
「御厨にね、怒鳴っちゃったんだ。なんでわかってくれないんだって。僕はどうしたらいいんだって」
「……」
「あいつは、知らないって。それから会ってない」
「そう」
「僕はもういい。謝るよ御厨に」
「それがいいわ」
ふと顔を上げると、カウンターの向こうのマスターと目が合った。
マスターは何も言わず、静かに微笑んでいた。
「美味しいね。コーヒー」
「えぇ、すごく」
「プレゼントだけど、元々、春日さんを誘い出す口実だったし、もういいや。また今度ご飯でも奢っとくよ」
「……私はさっきまでプレゼントを買うと聞かされてなかったわ」
「…………ははっ。そういえばそうだった」
「……もう」




