14.すれ違い
僕はボーッと景色を眺めていた。最近、自分の家がどこにあるのかわかったんだ。
「ごちそうさま」
食べ終えた春日さんは手を合わせていた。自分で作ったのに丁寧なものだ。
僕はベンチに戻って、お弁当を仕舞っている春日さんの隣に腰掛けた。
「特進ってさ、七限まであるんだよね?」
「そうね。だいたい毎日そう」
「んー」
「どうしたの?」
「来年は特進に入ろうと思ってるんだ」
「じゃあ、来年は一緒のクラス?」
可愛い……。
春日さんの顔がふわっと明るくなった。
「へ、編入試験があるんだ」
「頑張ってね。あなたなら大丈夫」
「ありがと」
会話は長くは続かなかった。風が通り過ぎて、その後、遠くに街の音が聞こえる。景色を見て、景色を見ている春日さんを見て。また景色に戻る。
「御厨くん」
ちらっと春日さんを見る。
「来なかったね」
また風が通り過ぎた。
「おかげで静かだ」
「ふふっ」
僕たちはチャイムが鳴る前にお互いの教室に戻った。春日さんを見かけたのか、御厨からメッセージが届いた。
『放課後、屋上で待ってろよ』
『終わったらメッセして』
僕の方が一限分早く授業が終わった。
教室は何人か残ってて居づらいし、中庭の方に行ってみるか。
屋上に行くようになってからほとんど来てなかったな。
いつも座っていたベンチが空いていたので腰掛けた。
一番最初に感じたのは木々のざわめき。それから水の流れる音。
それから……。
「町田さん?」
「……」
「まーちーだーさん」
「……」
「えいっ」
お腹にズンッと何かがめり込んだ。
「はっ!」
慌てて体を起こした。
「こんなとこで寝てたら風邪ひきますよー」
なんだ? 誰だ? 目が霞んでよく見えない。栗色の髪。見慣れない制服。
「じゃあ私、もう行きますから」
「う、うん。ありがと」
誰なんだ。小柄な女の子だ。中学生?
走り去って行くその向こうに、御厨の親父さんが見えた。御厨……?
「あ」
慌ててスマホを取り出した。御厨からの連絡はなく、あと十五分程は余裕がある。
もう一度、御厨の親父さんの方に目線をやった。親父さんと並んで、さっきの子が手を振っていたので僕は少し頭を下げた。
くっそ。腹が痛い。僕はお腹をさすりながら、屋上に向かった。
助かったけど。
待たせたら、うるさいからな。
僕はドアに段ボールを挟んで屋上に出た。
さっきの子、可愛かったな。御厨みたいな栗色の髪で……。
お腹に……一撃入れてくる……。
「ガシャン」
「よう」
御厨だった。
「お、おう」
僕は御厨の顔をまじまじと見つめていた。
「なんだよ?」
「さっきさ……」
ベンチに腰掛けてお腹さすりながら、中庭での出来事を話した。
「くくく、ミミだなそれ」
「ミミ?」
「妹だよ。来年ここに入学してくる。見学でもしてたんだろ」
「あー、そういうことか」
「まあ、ミミのことはいいからさ、春日さんはどうだったんだよ」
御厨は身体をこちらに向けて、興味津々といった様子だった。
「あー……よかったよ?」
「なにが?」
「一緒に弁当食った」
「それで?」
「来年、特進行く話して」
「おう」
「景色眺めて」
「お前なぁ」
「だって言わなくてもいいって」
「そうは言ったけど。今も彼女は苦しんでるはずだぜ?」
「……でも。幸せだった……」
「そりゃお前はそうかもしれないけど」
僕は奥歯を噛み締めた。
「御厨」
「いい。俺が明日直接話す」
「御厨」
「お前が腑抜けだから……」
「待てよ」
僕は御厨の言葉を遮って立ち上がった。
「お前は間違えてる」
「あ?」
御厨の顔から、いつもの軽さが消えていた。
「春日さん。今にも死にそうな顔してた」
「……」
「真実がわかって、あいつらが悪かったんだって。それで終わりのつもりか?」
「……」
「僕たちのやることはなんだ? 謎解きじゃないだろ」
御厨は黙ったままだった。
「どうしたら彼女を救える? 天才なんだろ? 教えてくれよ」
「……知るか」
御厨は俯いたまま、扉の方へ歩いていった。そしてドアの前で立ち止まってこちらを向いた。
「僕は彼女と一緒にいることしか出来なかった」
「……」
「お前は……」
御厨は扉を開けると僕の言葉を最後まで聞かずに、そのまま行ってしまった。
「ガシャン」
響き渡る扉の音。僕は一人になってしまった。
「お前は、そうやって僕を救ってくれたんだ……」




