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10.発案者

 屋上の扉は重い。閉まるときにガシャンと大きな音が鳴る。その音で目が覚めた。僕はそのまま眠っていたのか。


「あれ? お前もしかしてずっとここにいたのか?」

「あ、ああ。眠っちゃったみたい」

「なんだ……俺もサボればよかった」


 御厨はいつもの調子に戻っていた。さっきまで胸の奥にあった妙な重さも、眠っている間にどこかに行ってしまったようだ。


「なんだよ。話って」

「ああ、それなんだけど」


 御厨は荷物を置いて、僕の隣に腰掛けた。


「いくつかあるんだ。どこから話そうか……」

「ふーん。じゃあ僕も教室から荷物を取って来ようかな」

「あぁ、ドアになんか挟んどけよ。開けるの面倒くさいから」

「はいはい」


 僕は屋上から出ると、言われた通り、そこにあった段ボールをドアに挟み込んだ。そうしないとオートロックに締め出されてしまうのだ。


「町田、どこ行ってたんだよ」


 教室に戻ると、すぐに声をかけられた。


「ちょっと寝てた」

「あとでプリント取りに来いって先生が」

「ああ、ありがと」


 二限もいないとさすがに怒られるか。やらかしたな。

 まあ御厨を待たせるのも悪い。そっちは後にするか。僕は荷物を持って教室を出るとすぐに階段に向かった。


「よぉ」


 後ろから僕を呼び止めたのは、金村だった。相変わらず嫌な雰囲気してるなこいつは。


「なに? 急いでるんだけど」

「さっき可愛い子と一緒だったよな?」

「え?」

「昼休みに見かけたんだよ」

「あ、ああ。春日さんか」

「春日っていうのか」


 金村はにやっと笑った。


「紹介してくれよ」

「どうして僕が」

「頼むぜー」


 金村は片手を上げると背中を向けて行ってしまった。なんだあいつ……。


「おせーーよ」

「ごめんごめん。金村に捕まって」

「金村に? なんて?」

「春日さんを紹介しろって」

「くそ……。面倒くさい奴だ」

「あいつと何かあったのか? やけに嫌ってるよなお前」

「あー昔な。それも話さなきゃな。まあ今は関係ないからいいや」


 僕も取ってきた荷物を置いてベンチに腰掛けた。


「それで、関係ある方の話ってのは?」

「ああ。お前があの子と話しているのを聞きながら、後ろで考えてたんだよ」

「何を?」

「どうやって加害者として、あの子を転校させられるか」


 一気に心が苦しくなった。頭もズキズキする。


「やめる?」

「え?」

「お前もさ、やっぱり辛そうだから。今日じゃなくてもいい」


 御厨は心配そうに僕の顔色を窺っていた。こいつがこんな顔するなんて。そんなにひどい顔をしているのか?


「いや。今聞かないと後悔する。そんな気がする」

「そっか。じゃあ最初から話す」


 御厨は少し間をおいて話し始めた。


「達也はさ、投票制転校プログラムの特殊ルールって覚えてるか?」

「ま、まあ。実際に経験してるしそこそこは?」

「被害者と申告された本人が、自分自身に投票した場合、クラスの多数決によらず、転校する生徒が決定する」

「あ、ああ」

「被害者ルールって呼ばれてる」


 僕はそのルールでここに来た。よく覚えている。


「もう一つ。被害者と申告された本人が、加害者とされた者に投票した場合、クラスの多数決によらず、転校する生徒が決定する」

「ああ」

「加害者ルールってやつだ」

「それも覚えてるよ」

「彼女が山野って子に投票したのは……それで山野を追い出そうとしたんじゃないかな」

「でも春日さんは加害者だって」

「だから……逆だったんだ」


 僕がいなくなったあのクラスで、何が起こったのか。

 ぼんやりとその形が浮かんでくる。


「俺はさ、邪魔者を一人追い出せば、いじめは終わると思ってた」

「邪魔者?」

「いじめてる奴らが集団で、被害者を逃がさないようにするんじゃないか。そこまで考えて特殊なルールも作った」


 なんだ? 御厨はなんの話をしてる?


「この制度を考えた時、加害者を作り出して転校させるなんて考えもしなかった」

「待ってくれ。なんだって?」

「お前にはいつか話さなきゃと思ってた。でもこんな形じゃなかった」


 そんな……。御厨が……?

 一気にこれまでのことが僕の中を駆け巡る。考えた奴を鬼か悪魔だと思ったこともある。でも……。

 僕は何も言えずにいた。


「俺はお前が転校してきた時、興味を持ったんだ」

「興味?」

「どんな奴が転校してくんのかなって」

「あぁ」

「でも来たのは普通の奴だった」


 御厨は少し笑った。


「いや……良い奴だった」


 僕は何も言わずに御厨を見ていた。


「普通に話して。普通に仲良くなって。ずっと一緒にいた」

「うん」

「次に転校してきたのが、あの子だ」


 御厨はしばらく黙ってから言った。


「なぁ達也……邪魔者って、なんなんだろうな」

「そんなこと。僕にわかるわけないだろ」

「……そうだな」


 御厨が黙ってしまい、しばらく沈黙が続いた。

 そのうち、御厨の話を聞いて蘇った記憶が、僕の口から溢れ出した。


「僕は二回、その制度に転校させられてるんだ」

「ここに来たときが初めてじゃなかった?」

「最初の時、僕は加害者に投票したんだ。でも僕が転校することになった」


 御厨は口元に手を当てた。僕は続けた。


「僕をいじめてる奴が転校すればいいって思った。でもクラスメイトは……そう思っていなかった」

「でも、お前が加害者に入れたのなら、そいつが選ばれるはずだ」

「僕が一番憎かった奴と、申告された奴が別だった。ほんとのところはわからないけど」

「……欠陥だらけじゃねぇか」

「死にたいって。そのとき思ったよ」

「……すまん」


 また御厨は黙ってしまった。僕はベンチから立ち上がり、手すりにもたれて景色を眺めた。一度は死にたいと思ったこともある。

 でも今は違う。


「御厨。ありがとな。僕を救ってくれて」


 僕は景色を眺めながら言った。御厨は何も言わなかったけれど、僕は続けた。


「お前が作った制度が、僕をここに連れてきたんだ」


 僕はここに来られて本当に良かった。

 心からそう思ってる。

 悔やんでも嘆いても、過去を変えることはできない。

 でも今は違うんだ。


「一つだけ教えてくれ」


 僕は振り返って御厨の方を向いた。御厨は俯いている。


「お前、どうしてこんな制度を思い付いたんだ?」

「……」

「警察に突き出して加害者を罰する。それじゃダメなのかよ」

「……それも話すつもりだった」


 御厨は俯いたまま話し始めた。


「四年前に起きた、神奈川いじめ報復事件って知ってるか?」

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