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9.誰にも邪魔されない場所

 春日さんは髪に触れながら答えた。


「似合うかしら?」

「う、うん」


 可愛いね。そう言えたら……。御厨なら……簡単に言えるだろうな。


「あ……、よくこの学校を選んだね」

「私を受け入れてくれる学校は少なかったの」

「そうなんだ」

「私、職員室に行かないと……」

「そっか、ねぇ、また後で話せない?」


 春日さんは軽く頷いた。


「スマホ持ってきてる? メッセ入れとくよ」

「わかった。またね」


 春日さんはそう言うと、職員室へ向かって行ってしまった。

 

 朝のホームルーム。転校生の気配はない。

 どうやら一緒のクラスにはなれなかったようだ。

 僕は御厨にメッセージを送った。


『今日、春日さんがいた』

『ああ。どうやら、うちのクラスみたいだ』


 ちょうど隣のクラスがざわついた。複雑だ。でも、春日さんなら特進に入るのも不思議ではない。

 

『特進、絶対入ってやるからな』

『待ってるぜw』

『なぁ、昼に屋上連れて行ってもいいか?』

『任せろ』

『なんでお前が誘うんだよ』


 僕は春日さんに、昼休みに教室を出たところで待っていて欲しいとメッセージを送った。


『わかりました』


 次の休み時間に返事がきた。

 隣のクラスに春日さんがいる。

 ちらっと覗きに行こうかな。


 いや……覗いて何になるっていうんだ。


 長い授業が終わり、昼休みになった。飛び出したい気持ちを抑えて、僕はゆっくりと教室を出ると、廊下で待つ春日さんの姿が見えた。


「お待たせ」

「ううん。大丈夫」

「春日さんってお昼はどうするの?」

「学食はわからなかったから、今日はパンを買ってきたの」


 よし。パンなら屋上でも食べられるな。


「OK。じゃあとっておきに行こう」

「とっておき?」

「そう。とっておき」


 春日さんは少し不思議そうな顔をした。僕はそんな春日さんを連れて、御厨の待つ屋上へと向かった。

 いつもの廊下を抜けて、階段を上る。何度も通った場所だけど今日は特別だった。御厨も僕を初めて連れてきた時はこんな気持ちだったのかな。


「おせーよ」


 御厨はドアの前に座っていた。


「四限がなかなか終わらなかったんだよ」

「えーと、同じクラスだよね」

「御厨だ。よろしく」


 御厨は春日さんに握手を求めた。初対面の女の子ともスマートに付き合うよな、こいつは。


 挨拶が済んで、御厨がドアを開けると、もうすっかり冷たくなった風が吹き抜けた。

 見慣れた景色なのに、世界が一気に広がるように感じる。ここはいつ来ても、気持ちの良い場所だ。


「わぁ……」

「いい場所でしょ?」

「うん……」

 

 春日さんは屋上に出ると景色を眺めていた。


「達也! 俺のとっておきだからな! 俺の!」

「わかってるって」


 御厨はそれだけ言うと、ベンチに腰掛けたが、僕は春日さんの方に歩いて行った。春日さんは遠くの街並みを見ているようだった。


「どうしたの?」


 返事がない。よく見ると春日さんの肩は、小さく震えていた。


「春日さん?」


 声をかけると、春日さんはゆっくりこちらを向いた。


「……すごく素敵ね」

「あ、ああ。景色も良いし、気持ち良い。そして何より……」


 僕は無理に大袈裟に振舞った。どこか元気のない、春日さんを少しでも励ましたかった。


「誰にも邪魔されない」

「……そうね」


 春日さんは再び景色へ目を向けた。

 ダメだった。やっぱり何かおかしい。

 でもどうしたら……。

何か声をかけなければと思うのに、何を言えばいいのかわからない。

 僕が黙っていると春日さんが小さく息を吐いた。


「私ね」


 その声は、風に消えてしまいそうなくらい小さかった。


「……うん」

「山野さんに投票したの」


 僕は春日さんの話を黙って聞いていた。


「私は逃げたくなかった。だから転校させてやろうと思って……」


 何も言えなかった。

 同時に、一度目の投票の嫌な記憶が蘇ってきた。


「でも転校することになったのは私だった」


 春日さんは加害者として申告されていた。春日さんが誰に投票しても、おそらく結果は変わらなかったんだろう。


「この髪もね、山野さんに切られたの」

「は?」

「ハサミでね。ちょきんって」


 春日さんは冗談を言うような口調だった。

 その表情を見て、僕は言葉に詰まった。かける言葉が見当たらない。

 それから長い沈黙の後、昼休みを終えるチャイムが鳴った。


「お弁当。食べられなかったね」

「あ、ああ」


 春日さんは冗談めかして言った。それがまた僕の胸を締め付けた。


「ごめんね。私のせいで」

「春日さんのせいじゃないよ」


 春日さんから先程までの笑顔が消えた。


「……春日さんのせいじゃない」

「うん……」


 春日さんは校内に戻ろうとした。このまま帰したくない。そんな気持ちが、自然と口からこぼれた。


「また……明日もここで」


 春日さんは足を止めて振り向くと、こくっと頷いて、そのまま行ってしまった。


「なぁ、達也」


 振り返ると、御厨がジッと僕を見つめている。


「放課後ここで待ってるから、来てくれないか?」


 いつもの御厨とは違う。こいつのこんな顔は見たことがない。


「なんだよ。今話せよ」

「後でな。怒られるぜ」


 心が付いていかず、僕は御厨を睨みつけた。御厨はそんな僕の目線を受け止めず、さっさと校内に戻った。

 僕はそのまま屋上のベンチに腰掛けると頭を押さえた。痛い。

 春日さん。御厨。僕は……。

挿絵(By みてみん)

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