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第二章 第三話 プラーナと魔力

【前回までのあらすじ】

十三歳のマリアは、纏う者のステータスレベルに応じて姿を変え、極限の「受けの美学」を実践可能にする装具「ソーラ・シュリンガル」を完成させ、ルクタ・フェミナのリアリティとファンタジーを融合させた。

 

 世界地図を広げてみれば、誰もが納得するはずだ。

 帝都コンスタンティノープル。

 そこは、神が「世界を支配するために用意した」としか思えない完璧なトポロジー(地勢)を誇っていた。

 北の黒海と南のエーゲ海を繋ぐボスポラス海峡。

 その狭間に突き出た半島に築かれたこの大都市は、ヨーロッパとアジアを繋ぐ陸の橋であり、同時に海を往く船たちの関所でもあった。

 そして何より、この街は遙か極東の国から数多の砂漠と山脈を越えて続く、偉大なる交易路──『シルクロード(絹の道)』の文字通りの終着点にして、最大の中継基地だったのだ。


 その帝都コンスタンティノープルの中心となった、黄金の光が降り注ぐ「コスモロジーコロッセオ」の最上段から、私は眼下に広がる巨大なリングを見つめていた。

 私がこの世界に広めた「ルクタ・フェミナ」は、いわゆる女子プロレスだ。

 プロレスとは、ただ筋肉をぶつけ合う野蛮なスポーツではない。

 それはレスラーと観客、そして対戦相手同士が魂の底から交わす、究極の対話なのだ。

 そして、このロマニア帝国の地でその対話を成立させるために絶対に欠かせない、プロレスの「核」とも言える神秘のエネルギーがふたつ存在する。

 それが「プラーナ」と「魔力」だ。


 まずは「プラーナ」について語らなければならない。

 これは万物に流れる根源的な生命エネルギーであり、理屈抜きでこの世界のすべての人間がその身に宿している。

 プロレス用語で例えるなら、まさに「レスラーの意地」や「ファンの熱量」そのものだ。

 しかし、ただ生きているだけでは、このプラーナは微弱な心の灯火にすぎない。

 本人の「生きたい」という強烈な意志、リングで頂点に立ちたいという燃え盛るような欲望、あるいは観客の歓声を一身に浴びて輝きたいという表現者としての執念、それらが限界まで高まったとき、プラーナは爆発的なオーラとなって肉体から噴き出すのだ。


 そして、このプラーナには人それぞれ独自の「特性」がある。

 ルクタ・フェミナにおいて、肉体を鮮やかに装飾し、なおかつ致命傷から身を守るための絶対的な魔装具「ソーラ・シュリンガル」を起動させるためには、単に強いだけでは駄目なのだ。

 その人間のプラーナが、私たちがいうところの「女子プロレスラーとしての資質」……すなわち、相手の技を真っ向から受け止める不屈の精神や、観客を魅了する天性の華に適合していなければならない。

 頭の先から足の先まで、全身に点在するエネルギーの要所、チャクラを宝石や美しい紋様で保護し、活性化させていく十六のプロセス。

 ダメージを受けるたびにその輝きを失い、逆に覚醒すれば無限大の力を解き放つとされるこの神秘の衣装を完全起動できる女性こそが、プロレスの神に選ばれた闘士「グラディアトリクス」になれるのである。


 プラーナが内なる「情熱の炎」であるならば、もうひとつの柱である「魔力」は、この世界を円滑に回すための「システム」と言える。

 魔力もまた、誰もが生まれながらに有している一般的な力だ。

 とはいえ、ほとんどの一般庶民は大したことはできない。

 ちょっとした種火を起こしたり、バケツの水をほんの少し温めたりする程度が関の山。

 しかし、その中でも極めて高い魔力を持ち、なおかつ特定の専門分野に特化した稀少な才能を持つ人々もいる。

 たとえば、傷ついた肉体を瞬時に癒やし、疲弊した体力を回復させる特別な術を使える人々は、すぐさま教会の神官や高名な医者として囲い込まれる。

 逆に、恐るべき攻撃魔力を操り、炎や雷で敵を薙ぎ払うような才能に目覚めてしまった人々は、光の当たらない裏社会の刺客家業に身を落とすか、あるいは帝国の軍隊を陰から支える強大な支援職として重用される傾向が強い。

 噂によれば、ユスティニアヌス一世やテオドラ皇后が支配するこの帝国には、国家直属の「秘密医療チーム」や、政敵を効率よく排除するための恐るべき「影の暗殺チーム」が秘密裏に組織されているらしいが、その実態の多くは分厚いベールに包まれていて、一般の貴族では知ることはできない。

 プロレス界で例えるなら、突如としてリングに乱入してくる謎の覆面軍団や、ヒールユニットの黒幕のような不気味さだ。


 このように、通常であれば戦争や政治の道具、あるいは日々の素朴な生活のために地味に活用されている魔力だが、私はここでも、プ女子としてのあくなき好奇心と観察力を発揮した。

 この国には、術者の声や視覚的な風景を、魔力の波動を使って遠方まで拡張することのできる、極めて優れた魔道具がいくつか存在していたのだ。

 これを見た瞬間、私の脳内にはビビッと電撃が走った。


「これ、そのままプロレスの会場演出に使えるじゃん!」と。


 私がすぐさま皇帝夫妻や元老院に提案し、莫大な予算と魔法技術を注ぎ込んで実装したのが、現在のコスモロジーコロッセオを彩る大掛かりな「魔法舞台システム」である。

 まず、五万人を収容する巨大な競技場の上空には、いくつもの巨大な魔結晶が、まるで現代のドーム球場にあるセンターマルチスクリーンのように浮かんでいる。

 リングを囲む四隅の魔導カメラが捉えたグラディアトリクスたちの美しい肉体美や、激しい技の攻防による歪みなき表情が、リアルタイムでその空中モニターに拡大投影される仕組みだ。

 一瞬の隙を突いた高速の丸め込みや、カウント二・九での極限のキックアウトが、会場の隅々にいるすべての観客に見えるからこそ、ドッと地鳴りのような大歓声が沸き起こるのだ。

 さらに、この魔道具の恩恵は視覚だけにとどまらない。

 本部席に座るプロレス実況アナウンサーや、解説者の熱烈な声もまた、拡声の魔術によって会場全体に雷鳴のように響き渡る。

 まさに、前世で私が心から尊敬していた、あの言葉の魔術師たち、流れるようなマシンガントークで数々の名勝負を神話へと昇華させた天才実況者や、昭和の女子プロレス黄金期を温かい声で支えたレジェンド解説者たちのテイストが、この異世界の解説者キケロやマルコたちを通じて完璧に再現できるのだ。


「出たーっ! まさに命を賭したフェニックス・スプラッシュだ!」


 なんて絶叫が響けば、観客のボルテージは一瞬で最高潮に達する。

 それだけではない。

 グラディアトリクスたちがリング上で交わす、激しい叫びや魂の言葉、いわゆるマイクパフォーマンスの音声も、すべてこのシステムが拾い上げて大衆の耳へと届ける。

 これによって、単なる肉体のぶつかり合いだった試合が、一瞬にして濃厚な人間関係のドラマへと変貌を遂げるのだ。

 そして何より、この魔力システムは、試合の安全性を担保するレフェリーの保護にも絶対的な役割を果たしている。

 ルクタ・フェミナのレフェリーは、ただカウントを数えるだけの存在ではない。

 時には荒くれ者のヒールレスラーによる激しい凶器攻撃や反則に巻き込まれ、巻き添えを食らって気絶してしまうのがプロレスの様式美ではあるけれど、本当に死んでしまっては困るのだ。

 そのため、リングに上がるレフェリーたちには、私の前世の記憶に刻まれている、あの厳格かつ男気あふれる高速カウントの達人や、時にはヒールユニットと結託して極悪な超高速カウントを叩き出す伝説の悪役レフェリーたちの精神が、私が育てたバルやクィンに受け継がれている。

 彼らは専用の防御結界の魔術を身にまとっており、レスラーたちの強烈なプラーナの衝突や、場外乱闘の凄まじい衝撃波からも、その身を最低限守ることができるようになっている。

 レフェリーの毅然とした態度と、それを支える魔術的バックアップがあってこそ、スリーカウントという絶対的なルールと試合運びのクオリティが維持されるのだ。

 このように、私がロマニアの地に根付かせたルクタ・フェミナという奇跡のエンターテインメントは、内なる情熱のエネルギーである「プラーナ」と、外的なシステムを司る「魔力」という、ふたつの力が奇跡的なバランスで噛み合うことで初めて成り立っている。


 もしもプラーナがなければ、ソーラ・シュリンガルはただの綺麗な絹の衣装にすぎず、グラディアトリクスたちは相手の攻撃を受け止めるための不屈の肉体美を維持することができないだろう。

 そして、もしも魔力がなければ、五万人の大観衆をひとつにする壮大な空中モニターも、魂を揺さぶる過激な実況中継も、舞台装置も、すべてはただの幻に終わっていただろう。

 万物の命の輝きが衣装を震わせ、高度な魔法技術がその興奮を何倍にも増幅させて会場全体へと拡散する。

 この完璧な舞台装置であるコスモロジーコロッセオこそが、私が前世から持ち込んだプロレス愛の結晶といえるのだ。


挿絵(By みてみん)


【次回予告】

 マリアが率いるサーカス「祝祭フェストゥム」のレギュラーメンバーがルドゥスに集結する。

ハイスピードな猫仮面バステト、絶対王者型エースのデーメーテール、冷徹な関節師アバンダンティア、夢追う新人ポモナ、そして怪力ヒールのバンバ。

マリアが育て上げたサーカス、「祝祭フェストゥム」の仲間が今明かされる。


次回、第二章 第四話「祝祭フェストゥムの仲間」


黄金の玉座か、血塗れのキャンバスか。

跪くことを拒んだ少女の魂が、今、神話の終焉を書き換える。

決戦のゴングまで、あと……


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