第二章 第四話 祝祭(フェストゥム)の仲間
【前回までのあらすじ】
内なる情熱のエネルギー「プラーナ」が装具を震わせ、高度な「魔力システム」が舞台システムとして実況や映像を拡張する。
この二つの神秘の力が完璧に噛み合うことで、コスモロジーコロッセオという奇跡の空間が維持されていた。
第一の丘から見下ろすボスポラス海峡は、今日も東西の富を運ぶ船で賑わっている。
陸の道が「帝都の血管」なら、目の前に広がる海は「帝都の財布」そのものだった。
帝都コンスタンティノープルが世界最強の商業都市であり続けられる理由。
それは、この街が黒海と地中海(エーゲ海)という二つの巨大な海を繋ぐ、唯一の『海の十字路』を完全に牛耳っているからだ。
街の北側に深く切れ込んだ天然の良港『金角湾』を見下ろせば、そこには絶景が広がっている。
言葉通り、夕日に照らされて黄金に輝くその湾内には、数え切れないほどのマストが林立していた。
ここロマニアの帝都コンスタンティノープルは、周辺都市も含めて人口百万人を抱える大メトロポリスだ。
私は今、猛烈に熱い血を滾らせていた。
なんと私には、対峙した人間の「女子プロステータス」を見抜く能力が備わっていたのだ。
さらに、女子プロステータスレベルに合わせて鎧となる装具「ソーラ・シュリンガル」まで発見・開発してしまった。
「これはもう、この世界に女子プロレスを広めろという、神様からのマイクパフォーマンスでしょ!」
十四歳の時に美貌と知性を兼ね備えた皇后テオドラ様に直談判して多大な支援を取り付けて以来、私は前世の知識をフル回転させてきた。
これからは命を奪わない新しい闘技、すなわち肉体と魂をぶつけ合う至高のエンターテインメント「ルクタ・フェミナ」の時代なのだ。
私たちは今、ローマ正統貴族の血筋を誇るアニキア・ユリアナ様を最大のバックアップオーナーに迎え、私たちが立ち上げたグラディアトリクス養成所の「ルドゥス」にいる。
板張りの床に敷き詰められた極厚のキャンバス。
そこは、汗とプライドが結晶化する神聖なリングだ。
私たちが結成したユニット、この世界でいうところのサーカスの名前は「祝祭」。
「いい、みんな! ルクタ・フェミナは単なる殴り合いじゃないの!
神への祈り、大衆の祭り、そして命の踊りそのものなんだから!」
私が「ルドゥス」で声を張り上げると、弾けるような肉体の衝突音が応える。
ドゴォン!
強烈なタックルがキックミットを打ち抜く。
この「祝祭」という名には、私の深いこだわりが詰まっている。
プロレスとは、闘う者と観る者が一体となって熱狂の渦を作り出す聖なる祭典だ。
だからこそ、私たちのサーカスは一番その理念を体現する存在でなければならない。
我が「祝祭」が戴く宝石は、燃えるような情熱の赤「ルビー」。
象徴する花は、華麗に咲き誇り観客を魅了する「ダリア」。
そしてイメージカラーは、黄金色と朱色だ。
「ルドゥス」を見渡せば、ソーラ・シュリンガル「戦闘モード」のコスチュームを身にまとったグラディアトリクスたちが、尋常ではない熱量で極限のワークに励んでいる。
バシィィン!
強烈な逆水平チョップが胸元に炸裂する。
「受けてみろ!」
「効かないわよ!」
このプロレス的様式美、これぞ受けの美学!
相手の得意技をあえて正面からその肉体で受け止め、なおも不屈の精神で立ち上がる。
そのプロセスにこそ、大衆は涙し、熱狂的な「推し」が生まれるのだ。
これを見よ、この盛り上がる僧帽筋、美しく引き締まった広背筋を!
格闘技における機能的な肉体美と、限界を超えて輝くエモーションがここにある。
私の前世の記憶に刻まれた、あの伝説的なプロレス実況者のフレーズが脳内で鳴り響く。
『さあ、黄金のジャングルに展開される肉体の弾道ミサイル! 言葉はいらない、ただ魂の叫びを聞け!』
そう、これこそが私の創り出した世界。
これを体現するのが私のサーカス「祝祭」と仲間たちである。他の貴族率いる強豪サーカスを、私の理想の女子プロレスで倒さなくてはならないのだ。
「みんな一度集まって!」
私の掛け声で、息を荒くした頼もしい戦友たちがリングの周囲に集結する。
ここで、我が「祝祭」が誇る最強のレギュラーメンバーを紹介しよう。
まずは私のすぐ隣で、猫を模したきらびやかなマスクを調整している彼女。
アエギュプトゥス(エジプト)出身の十九歳、バステトだ。
小柄な身体つきだが、女子プロステータスは「ハイスピード・テクニカル」に極振りされている。
「エジプシャン・マウ」の異名を持つ彼女の強さは、超高速のロープワークと、一瞬の隙を突く複雑な丸め込み技。
ビジュアルも妖艶で、試合中に何かが乗り移ったかのような憑依型の表現力を持つ。
役割はいわゆるベビーフェイスとヒールの狭間を行き来する、ファンに大人気のアンチヒーロー、トゥイーナーだ。
私が街中でスカウトした時は気まぐれな野良猫のようだったけれど、今では最高の悪友であり、心強い親友だ。
次に、リング中央で仁王立ちしている圧倒的な存在感の女性。
彼女こそが我がサーカスの現筆頭グラディアトリクスの、デーメーテール。
二十四歳のヘラス(ギリシア)人で、黄金のセミロングに凛とした瞳を持つ「黄金の大地」の異名を持つ。
そのファイティングスタイルは「ストロング・アスリート」。
技術力は最高、不屈の精神はまさに岩盤のごとし。
鋭い重低音の打撃で相手の呼吸を止め、完全拘束の関節技でタップアウトを奪う、絶対王者型のベビーフェイスだ。
私の元メイドという経歴を持ち、興行の立ち上げ時から私を支えてくれている、お姉ちゃんのような保護者的存在でもある。
そして、冷徹な視線を這わせているのが、イタリア出身の二十六歳、アバンダンティア。
赤髪の短髪に赤褐色の肌、関節技を主体とする「ストロング・アスリート」の職人だ。
異名は「ヒュドラ」。
殺伐として無感情、他者への関心が一切ない超負けず嫌いで、貴族が大嫌いという尖りまくったトゥイーナー。
「肉体一つで成り上がってやる」というハングリー精神の塊で、このサーカスへと移籍してきた実力派だ。
さらに、目を輝かせて私を見つめてくるのは、ガリア(フランス)出身の十七歳、若草色のルーキーのポモナ。
緑髪のセミロングが愛らしい彼女は、「ハイブリッド・ドラマチック」な万能型を目指す期待の新星だ。
「祝祭」の活躍に憧れて参戦し、私を熱烈にリスペクトしてくれている。
最後に、「ルドゥス」の隅で重い鉄塊を軽々と持ち上げている巨体。
ブリタニア(イギリス)出身の二十八歳、バンバだ。
百八十センチメートル、八十キログラムの規格外の体格を誇る『緑の怪物』。
スタイルは「パワー・デストロイヤー」。
凶暴なパワーで相手を叩き潰し、反則も辞さない狂気的なヒールだ。
元々は街の乱暴者だったのを私が熱心に誘って参戦させた。
「ふん、相変わらずおめでたいお嬢様だね」
鉄塊を床にドスンと置き、バンバが鼻で笑いながら歩み寄ってきた。
その茶色い瞳には、凶暴な野心がギラついている。
「マリア嬢、勘違いしないでよ。私がここにいるのは、ルクタ・フェミナの頂点に立って、大衆の支持を独占して、極上の贅沢をするためさ」
「それは私も同じだよ」
アバンダンティアが氷のように冷たい声で言葉を重ねる。
ピリリ、と「ルドゥス」の空気が一瞬で緊張感に包まれる。
そうなのだ。
「祝祭」のメンバーは、私の夢に共感して集まった純粋な正義の味方ばかりではない。
それぞれが自らの欲望、プライド、そして「格」を求めて戦う、剥き出しの表現者たち。
プロレスのユニットとは、固い絆で結ばれた仲間であると同時に、互いの首を狙い合う最大のライバルでもある。
『さあ、身内同士の不穏な空気が「ルドゥス」を包む! これは連帯か、それとも反逆の序曲か!』
脳内の過激な実況が興奮気味に叫ぶ。
「ふふ……」
私は思わず、笑ってしまった。
バステトがそれに気づいてマスクの耳をぴくつかせ、ポモナが目を丸めて私を見る。
「マリア様……?」
「最高よ、みんな!
それでこそ私の愛するグラディアトリクス、私の誇る『祝祭』の仲間たちよ!」
私は拳を強く握り締め、全員の顔を見据えた。
「甘いドラマなんていらない。
リングの上にあるのは、嘘偽りのない肉体と魂のぶつかり合いだけ!」
その瞬間、「ルドゥス」にいた全員のステータスが、カチリと音を立てて跳ね上がったような気がした。
燃え盛るルビーの情熱。
美しく狂い咲くダリアのプライド。
誰もが譲らない勝利を目指し、祝祭の狂宴が幕を開けようとしていた。
味方であり、同時に最大の敵。
この最高にスリリングな人間関係のドラマこそが、ルクタ・フェミナの真骨頂なのだから!
【次回予告】
ルドゥスのマット上で展開される、バンバと新人ポモナの容赦なき肉体のぶつかり合い。
さらにエース・デーメーテールとアバンダンティアによる、ストロングスタイルの息詰まるグラウンドチェスゲームが炸裂する。
少女たちの生き様が交錯する至高の「魂の対話」に、マリアの細胞は全開で萌え狂う。
次回、第二章 第五話「プ女子、萌える!」
折れた剣と、折れぬ心。
武器を捨て、拳一つで神に挑む少女。その無謀な輝きに、星々さえも瞬きを忘れる。
反旗のゴングまで、あと……




