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第二章 第五話 プ女子、萌える!

【前回までのあらすじ】

マリアのサーカス「祝祭フェストゥム」には、マリアの味方だけでなく、成り上がりを狙う一匹狼や凶暴なヒールなど、一筋縄ではいかない剥き出しの表現者たちが集まっていた。

互いの首を狙い合うライバル関係に、マリアのプ女子魂が再燃する。

「ああ、もう!

 神様、転生特典の使い道としてこれ以上の正解がありますか!?」


 心の中でそう絶叫しながら、私――フラウィア・マリアは「ルドゥス」の特等席で胸をかきむしっていた。

 自身で立ち上げたサーカス「祝祭フェストゥム」の「ルドゥス」は、今や私にとって地上で最も尊い、黄金の四角いジャングルとなっていた。

 目の前で繰り広げられている光景は「最高」の一言に尽きた。


「いくぞ、小娘ッ! その貧弱な体幹で、この大質量を支えられるかァ!」


 地鳴りのような咆哮とともに突進していくのは、我がサーカスが誇る重量級の破壊神、バンバだ。

 身長百八十センチメートル、体重八十キログラムという、この時代では規格外の巨体を誇る彼女の戦術傾向は、まさに「パワー・デストロイヤー型」。

 真っ赤な短髪を振り乱し、褐色の肌から猛烈な威圧感を放ちながら、重戦車のごときスピアーを突き刺しにいく。

 対するは、十七歳の瑞々しいルーキー、ポモナ。

 若草色の髪をなびかせた彼女のスタイルは、私と同じ「ハイブリッド・ドラマチックスタイル」だ。

 物語性と華麗さを併せ持つ、これからの団体を背負って立つべき超新星である。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 ドガァァァン!


 鈍い衝撃音が「ルドゥス」に響き渡る。

 バンバの強烈な体当たりがポモナの腹部に炸裂した。

 これぞプロレスの原点、圧倒的な個体としての強さの誇示!

 前世の伝説的な「暴走大怪獣」を彷彿とさせる容赦のない一撃に、ポモナの華奢な体が木の葉のように宙を舞い、キャンバスへと叩きつけられる。


「ぐふっ……!」


「どうした、そんなものか!

 貴族の姫さんに憧れて首輪をつけられただけのハエが!」


 バンバの罵声が飛ぶ。

 性格は超負けず嫌いで、勝つためなら反則も辞さないラフファイター。

 言葉のナイフで精神的にも追い詰めていく、素晴らしいヒールっぷりだ。

 バンバはダウンするポモナの髪を掴んで引きずり起こすと、そのまま正面から抱え上げた。

 あ、あの体勢は……!


「沈め!」


 うおおおお! 出た! フロントから抱え上げ、自身の股の間に座り込むようにして背面から叩き落とす、一撃必殺の「ボディスラム・パイルドライバー」だ!

 ドスゥゥゥン! と、「ルドゥス」の床が底抜けんばかりの重低音が鳴り響く。

 常人ならこの一発で完全に意識のベールを剥ぎ取られ、奈落の底へ突き落とされるところだろう。

 現にポモナは完全に大の字になり、白い肌を苦悶に歪めている。

 だが、ここからがプロレスの、そして我が「祝祭フェストゥム」のグラディアトリクスの真骨頂なのだ。


「はぁ……はぁ……、

 まだ……まだです……!」


 ポモナの瞳に、不屈の炎がメラメラと灯るのが見えた。

 彼女の戦闘ステータスの「スピリット」は、伊達じゃない。

 ボロボロになりながらも、彼女はキャンバスを這い、ロープを掴んで、震える足で泥臭く立ち上がった。

 ただ勝つだけじゃない、強大な壁に何度跳ね返されても立ち上がる姿を見せることで、観客の感情を激しく揺さぶる「耐える美学」!


 これよ、これ!


 この弱者が強者に挑む古典的なカタルシスこそ、万人の胸を打つプロレスの教科書なのだ。

 ポモナの懸命な姿に、私のプ女子としての細胞が全開で萌え狂う。


 がんばれ、ポモナ!


 その絶望の淵からの這い上がりこそが、君を真のアイドルへと脱皮させる最高のスパイスなんだから!

 結果として、スパーリングはバンバが圧倒的な実力差を見せつけて勝利した。

 けれど、最後までギブアップせず、何度も立ち続けたポモナの姿に、私は胸の奥が熱くなるのを禁じ得なかった。

 これぞ魂の対話。

 肉体と肉体をぶつけ合うことでしか生まれない、最高にエモーショナルなドラマがそこにはあった。


「ふん、相変わらず荒っぽいねえ、バンバは。

 でも、あの新人の根性は見上げたものだわ」


 拍手をしながら歩み出てきたのは、我が「祝祭フェストゥム」の絶対的エースにして現サーカス筆頭、デーメーテールである。

 二十四歳、黄金のセミロングに黄金の瞳を持つ彼女は、私の元メイドでありながら、この興行を立ち上げた時からの最大の理解者だ。

 その風格はまさに「絶対王者・求道者型」。

 凛とした美しさと圧倒的な実力、そして仲間を包み込む優しさと厳しさを兼ね備えた、団体の「顔」そのものである。


「さて……次は私たちの番だね、アバンダンティア。

 手の内を隠すなんて器用な真似、お互い性分に合わないだろう?」


 デーメーテールが視線を向けた先には、赤髪の短髪に鋭い赤い瞳、赤褐色の肌を持つ二十六歳の凄腕グラディアトリクスが立っていた。

 アバンダンティアは、このサーカスへと移籍してきた超実力派である。

 性格は殺伐として無感情、他者への関心は一切ないという徹底した一匹狼。

 まさに「トゥイーナー」としての魅力をこれでもかと詰め込んだキャラクターだ。

 この二人のスパーリングは、先ほどのパワーとドラマの応酬とは一転して、緊緊感に満ちた「ストロング・アスリートスタイル」の頂上決戦となる。

 デーメーテールが打撃のスペシャリストなら、アバンダンティアは関節の鬼。

 まさに矛と盾、本格派同士の息詰まる攻防だ。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


「始め!」


 私の合図と同時に、二人の空気が一瞬で凍りついた。

 前世の「格が違う世界王者」がリングに持ち込んだような、本物の恐怖と競技的な厳格さが「ルドゥス」を支配する。

 シュッ、と鋭い風切り音とともに、アバンダンティアが低空のシングルレッグ・テイクダウンを仕掛けた。

 目にも留まらぬ速さでデーメーテールの懐に飛び込み、その強靭な脚を捕らえにかかる。

 しかし、デーメーテールは慌てない。

 即座にスプロールして体重を浴びせ、バックに回らせない緻密なポジション争いを展開する。

 グラウンドでの息詰まるチェスゲーム。

 派手な技はいらない、手首の捻り一つ、体重の掛け方一つで優劣が入れ替わる、プロレスの幾何学がそこにある。


「甘いよ!」


 デーメーテールが鋭いキックでアバンダンティアを突き放し、立ち上がると同時に怒涛の打撃戦へとシフトした。


 バシィィィン!


 乾いた、しかし重い音が響く。

 単なる見せかけの蹴りではない、相手の呼吸を止めるような的確なミドルキックが、アバンダンティアの脇腹を捉えた。

 だが、アバンダンティアもさるもの、その痛みに眉一つ動かさず、逆に蹴り足をキャッチ!

 そのまま流れるようなモーションでキャンバスへ引きずり込み、テコの原理を利用して肘関節を逆方向に伸展させる「腕十字固め」へと移行した!


「極まったァ!」


 心の中で前世の名実況者ばりの絶叫が炸裂する。

 逃げ場のない完全なサブミッション、肘が悲鳴をあげる絶望的な角度!

 アバンダンティアの非情なまでの関節技へのこだわりが、芸術的な軌道を描いてデーメーテールを捕らえている。

 しかし、デーメーテールの「不屈の精神」は、まさに岩盤のごとし。

 自らの肉体が限界を迎えるその一歩手前で、信じられないほどの体幹の強さを発揮し、クラッチを切ってロープへと逃れた。


「さすがだね。

 なら、これで終わりだ!」


 打撃戦に戻った一瞬の隙を突き、デーメーテールが動いた。

 アバンダンティアの猛烈なタックルを真っ向から受け止めた上で、さらに強力なバズソーキックをその脳天へ叩き込む!


 ドカッ!


 激しい衝撃にアバンダンティアの動きが止まったところを、デーメーテールは逃さない。

 背後から両腕を複雑に絡め取り、自らの足も使って全身をロックしながら絞め上げる、完全拘束の関節技……「変形羽根折り式脇固め」だ!


「……くっ、ここまで、か……!」


 他者に一切の関心を持たない冷徹なアバンダンティアが、ついに無念のタップアウト。

 デーメーテールが、圧倒的な実力と王者の風格を見せつけて、余裕の勝利を収めたのである。


「ふう、いい汗をかいた。

 アバンダンティア、また腕を上げたね」


 デーメーテールは爽やかに笑い、倒れる相手に手を差し伸べた。

 これだ。

 この絶対的な安心感、頼もしさ。

 彼女が我がサーカスの筆頭グラディアトリクスとして君臨してくれているからこそ、私たちはどんな強敵にだって立ち向かえる。

「格が違う世界王者」の背中を見つめながら、私は心の底から誇らしい気持ちでいっぱいになっていた。


「……素晴らしい、

 素晴らしすぎるわ、みんな……!」


 スパーリングが一段落した「ルドゥス」で、私は一人、感動のあまり膝から崩れ落ちそうになっていた。

 前世の記憶があるからこそ、私にはわかる。

 今、目の前で繰り広げられた技の応酬は、単なる肉体のぶつかり合いなんかじゃない。

 グラディアトリクスたちの生き様、歩んできた物語、そして互いへのリスペクトが交錯した、至高の「魂の対話」なのだ。

 バンバの容赦のないヒールとしての立ち振る舞いと、それに必死に食らいつく新人ポモナの不屈の精神。

 そして、エースであるデーメーテールと、一匹狼のアバンダンティアによる、お互いのプライドを懸けたストロングスタイルの激突。

 それぞれのファイティングスタイルが鮮やかに噛み合い、「ルドゥス」という小さな空間に、無限大の可能性を秘めたプロレスの宇宙が確かに形成されていた。

 このサーカスの連帯感、あるいは個々の人間関係が織りなす極上のドラマこそ、ルクタ・フェミナを単なる見世物ではなく、大衆を熱狂させる唯一無二のエンターテインメントへと昇華させる最大の武器。

 このメンバーとなら、どんな相手だって、私たちのプロレス愛で真っ向から立ち向かえるはずだ。


「マリア様、何をご機嫌にニヤニヤしているんだい?

 不気味だよ」


 マスク越しに緑色の瞳を輝かせながら、気まぐれな親友のバステトが呆れたように声をかけてきた。


「ふふッ、バステト、私には見えるのよ。

 このサーカス『祝祭フェストゥム』が、全てのサーカスを凌駕する未来がね!」


 胸を張って言い放つ私に、「ルドゥス」のみんながそれぞれ不敵な笑みや、呆れたような苦笑いを返す。

 よし、モチベーションは最高潮!

 プ女子の魂を燃え上がらせ、ロマニア帝国の歴史に消えない足跡を刻んでやるんだから!


【次回予告】

最高級の伝統貴族アニキア・ユリアナ様の私的浴場で、優雅な湯浴みを楽しむマリア。

そこで語られるのは、マリアの最愛のフィアンセ、心優しき東方軍司令官ヒパティウス様への想いと、彼とのドラマチックな出会いだった。


次回、第三章 第一話「フィアンセ」


天上の楽園か、地上の修羅場か。

選んだ道が茨であろうとも、少女は微笑んでその足を一歩前へと踏み出す。

確信のゴングまで、あと……

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