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第二章 第二話 ソーラ・シュリンガル

【前回までのあらすじ】

ルクタ・フェミナのルールや経緯が語られ、マリアはその設立に専念していた。

 ロマニアの風が、私の髪を優しく揺らす。

 神への篤い信仰が広まったこのロマニア帝国では、血を流し命を奪い合うかつての剣闘士試合はとっくに廃れ、公式には禁止されていた。

 その代わりではないが、パントマイムやアクロバットといった、どこか毒気のない安全な娯楽が増えていた。

 だが、人間という生き物は本質的に、魂と魂が激しくぶつかり合う「人の闘い」のドラマに飢えているものなのだ。


「だったら、私が作ればいいじゃない!」


 そう、命を奪うことなく、互いの技を受け切り、己の人生と感情を丸ごと観客に叩きつける、あの「女子プロレス」という最高のエンターテインメントを!

 そう決意した私は、底辺から這い上がって国母となった世紀の烈女、テオドラ皇后に直談判を敢行し、見事にその支援をもぎ取って「ルクタ・フェミナ」を普及させることに成功したのだった。


 しかし、興行を立ち上げるにあたって、絶対にクリアしなければならない大問題があった。

 それは、いかにして「命を奪わない安全な闘い」と「観客を狂熱させる圧倒的なケレン味」を両立させるか、という点だ。

 プロレスにおいて、技の威力をただ全開にすれば相手の肉体は簡単に壊れてしまう。

 かといって、お互いに手加減をしているのが見え透いてしまえば、百戦錬磨のロマニアの大衆は一瞬でシラケてしまうだろう。

 プロレスとは「受けの美学」であり、相手の得意技をすべて肉体で受け止めた上で、それを上回る輝きを放つ究極のライブドキュメンタリーなのだ。

 そのリアリティとファンタジーの絶妙な境界線を支えるための「何か」が、どうしても必要だった。


 その答えとの運命的な出会いは、私が十三歳の時、帝都コンスタンティノープルの中心を貫く大市場「メーゼ」の片隅で訪れた。

 当時のロマニア帝国では、絹――シルクは東洋の秘宝であり、皇帝の命を受けた僧侶たちが竹杖の中に蚕の卵を隠して中国から密輸したという、まさに国家の命運を賭けた超高級品だった。

 メーゼの両側に並ぶ石造りの列柱の下、きらびやかな商店を冷やかしていた私は、ある奇妙な織物を目にした。

 それは、怪しげな旅商人が「極東から流れ着いた呪われた布」として安値で叩き売っていた、不思議な鈍い光沢を放つシルクの端切れだった。

 何気なくその布に触れた瞬間、私の全身を電流のような衝撃が駆け抜けた。


 バチバチッ!


 これこそが、万物に流れる根源的な生命エネルギー「プラーナ」に反応する、特殊なシルクだったのだ。

 私はすぐさまその布を買い占め、寝る間も惜しんで研究と開発に没頭した。


 まず着手したのは、このシルクの性質を解き明かすことだった。

 簡易的な魔導測定器を自作し、布に自分のプラーナを流し込んでみる。

 すると、布は私の感情の高ぶりに応じて硬度を増したり、逆に柔らかくなったりと、驚くべき柔軟性を見せた。

 着用者の生命力や闘志、あるいは「女子プロレスラーとしての格」――すなわち女子プロレスのステータスレベルに反応して、その防御力や形態を劇的に変化させる特性を持っていたのだ。

「よし、まずはこれで試作品を作ってみよう」

 私は嬉々として、購入したシルクの端切れを仕立て、簡単なアンダーウェア型の衣装を作った。

 そして、デーメーテールに実験協力を仰いだ。

 彼女に試作品を着せ、私が前世の記憶を頼りに「低空ドロップキック」を放ってみる。

 バキィッ!

「お嬢様、痛いです! 少しも全然衝撃が和らいでないです」


「ええっ!? おかしいわね、簡易実験と何が違うのかしら?」


 失敗だった。

 布単体では、急激に叩きつけられる強大な物理衝撃を分散しきれず、着用者の肉体にそのままダメージが通ってしまったのだ。

 これでは、バックドロップやパワーボムといったプロレスの大技を受けたら、大怪我どころか命に関わる。

 原因を突き詰めるため、顕微鏡(これも魔導具を組み合わせて自作した)で繊維を観察した。

 結果、このシルクはプラーナを「蓄える」ことはできても、それを効率よく「防御力へ変換・放射する」ための回路が不足していることが判明した。

 東洋の神秘的な布とはいえ、ただの素材のままでは異世界のプロレスには耐えられなかったのだ。

 ここで行き詰まった私は、帝国の宮廷魔導技術者たちの知恵を借りるためだ。


「面白い布ですね。

 しかし、これに魔法陣を直接刺繍しても、繊維の霊的伝導率が高すぎて魔法陣自体が焼き切れてしまいます」


 魔導技師長は眉をひそめた。

 シルクの性能が高すぎて、並の魔力回路では負荷に耐えられないという。

 そこで私は発想を転換した。

 布そのものに回路を刻むのではなく、エネルギーの結節点となる「触媒」を組み合わせればいいのではないか、と。


「それなら、頭の先から足の先まで、エネルギーの要所である『チャクラ』の位置に、魔力を補給・制御するための宝石や特殊な紋様を配置するのはどうかしら?」


 このアイデアが突破口となった。

 私たちは、インドの古文書やロマニアに伝わる神秘学を紐解き、人間の肉体に存在する主要なエネルギーポイント(チャクラ)に対応する位置を割り出した。

 胸、腰、肘、膝、そして額や手首。これらの位置に、プラーナの流入量を制御する「魔宝石」を埋め込んだアーマーを接続する構造を設計した。

 これにより、シルクが吸収したプラーナを魔宝石が瞬時に物質的な障壁(力場)へと変換し、打撃や叩きつけの衝撃を劇的に緩和するシステムが完成した。

 再度行った実験では、高さ3メートルからのボディプレスを受けても、衣装から淡い光の膜が弾けるとともに、着用者は「ちょっと息が詰まったくらいで、骨には全く異常ないわ!」と笑顔を見せるまでに至った。

 更にプラーナの制御で、大きく姿を変え、逆にプラーナを活性化させることもできたのだ。


「これだ……

 これがあれば、あの四角いジャングルをこの世界に完全再現できるわ!」


 私は狂喜乱舞した。

 レスラーの肉体を守り、かつ最高に美しく魅せるための特製コスチュームに変化するシルクを、私は「ソーラ・シュリンガル」と名付けたのである。


 ……「ソーラ・シュリンガル」

 その名前は、古代のサンスクリット語で「十六の装飾」を意味する言葉から取っている。

 それは単なるお洒落のための化粧やドレスではない。

 神や愛する人に会うために全身を花や宝石で飾り立て、己の魂を極限まで高める聖なる儀式なのだ。

 ルクタ・フェミナにおけるグラディアトリクスたちにとって、リングとは命を懸けて己の生き様を証明する神聖な祭壇であり、対戦相手とは魂を交わす最愛の戦友。

 だからこそ、彼女たちは頭の先から足の先まで、エネルギーの要所である「チャクラ」を宝石や紋様で保護し、活性化させるこのコスチュームを纏う必要があった。

 この衣装の最大の特徴は、纏う者の「女子プロステータスレベル」によって、その機能が十倍にも百倍にも跳ね上がるという点にある。

 技術力、身体能力、不屈の精神、そして観客からの支持であるカリスマ性や物語性……これらがプラーナとなって衣装に注ぎ込まれることで、ソーラ・シュリンガルは神秘の鎧へと進化する。

 相手の強烈な打撃や、コーナー最上段からの危険な捨て身の飛び技を受けても、この衣装がプラーナを消費して衝撃を吸収し、致命傷を防いでくれるのだ。

 だからこそ、グラディアトリクス(女性闘士)たちは安心して「相手の技を真っ向から受ける」という、プロレスにおいて最も美しく、最も過酷な受けの美学を実践できるのである。

 逆に言えば、試合の中で大ダメージを受け、精神的に追い詰められてプラーナが減少すると、衣装の装飾が一つ、また一つと輝きを失い、防御力も落ちていく。

 すべての装飾が光を失えば、待っているのは完全な戦闘不能状態だ。

 しかし、もしもレスラーが観客の大歓声を浴び、不屈の精神で立ち上がるならば、ソーラ・シュリンガルは再び爆発的な輝きを取り戻す。

 ヴィンシャティ(二十)、シャタム(百)、サハスラ(千)、アユタ(一万)……

 ステータスレベルが向上し、極限状態に達した時、衣装は「アナンタ・シュリンガル」……すなわち無限大の力を秘めた、神々しいまでの最終形態へと姿を変えるのだろうか?

 それは開発者の私でもまだ分からないことだった…


 私はこのソーラ・シュリンガルに、状況に応じて切り替わる三つの明確な「モード」を設定した。

 第一のモードが「宝玉モード」だ。

 これは主に、日常会話や社交界、あるいは試合前の調印式などで使用される通常時の形態である。

 シルクのドレスには魔力を秘めた宝石が整然と配置され、一見すると気品溢れる高貴な貴族女性の衣装にしか見えない。

 だが、その奥底には、いつでも闘えるだけのプラーナが静かに循環している。

 臨戦態勢のガウン姿のようなものである。


 第二のモードが「祈りモード」だ。

 これは、観客で埋め尽くされたコスモロジーコロッセオの入場ゲートに立ち、華々しい入場曲とともに花道を歩く、まさに「入場演出時」に発動する形態である。

 纏う者のカリスマ性と表現力が最高潮に達するこの瞬間、ソーラ・シュリンガルは爆発的な光の粒子を撒き散らし、背後にはプラーナによって形成された大輪の花や、聖なる鳥の翼が幻影として浮かび上がる!

 これぞまさに、ケレン味の極み。

 観客は、まるで天界から舞い降りた女神を見るかのように、その圧倒的な造形美と所作の美に魅了され、コロッセオのボルテージは試合開始前にして早くも最高潮へと叩き込まれるのだ。


 第三のモードが「戦闘モード」だ。

 これが前述したグラディアトリクスの羽衣であり鎧である。

 戦いやすいように、基本的に体のシルエットの美しさを強調しつつ、金属の胸当て・肘当て・膝当て・肩防具、皮でできた腰当てなどをイメージして身を守ってくれる。

 また、サーカスごとに色やデザインは設定されるようにした。

 まさしく、これは前世の女子プロレスの衣装に該当するものといえる!


 そして、高度な魔法技術がその興奮を何倍にも増幅させる、舞台装置であるコスモロジーコロッセオこそが、私が前世から持ち込んだプロレス愛の結晶であり、民衆が本当の意味で心を解放できる「祝祭」の空間になるのだ。


挿絵(By みてみん)


【次回予告】

ルクタ・フェミナを成立させる二つの核――

レスラーの力の源たる「プラーナ」と、システムを司る「魔力」。

五万人を一つにする壮大な空中マルチモニターや、言葉の魔術師による過激な実況中継など、コンスタンティノープルに再現された「完璧な舞台装置」の魔法技術が明かされる。


次回、第二章 第三話「プラーナと魔力」


希望という名の毒と、絶望という名の薬。

矛盾を抱きしめ、それでも前を向く少女の意志が、残酷な世界に風穴を開ける。

変革のゴングまで、あと……

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