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第二章 第一話 女子プロレス「ルクタ・フェミナ」

前回までのあらすじ:

マリアの「虎の穴」こと、ルドゥスからは、次世代の女性闘士グラディアトリクスだけでなく、興行を彩る熱血実況者や個性豊かなレフェリーたちが次々と誕生し、ルクタ・フェミナの基礎が完成していった。

 私が十二歳の時、あるチート能力に目覚めた。

なんと、人の頭上に怪しげな光の文字が視覚化されて見えるようになったのだ!

この能力を初めて発見した時、私は自室のフカフカなベッドの上で、思わずコブラツイストの体勢のままガチガチに固まってしまった。

だって、お茶を運んでくるメイドや、廊下を警護する強面の騎士たちの頭上に、「女子プロステータス」が数値化されて浮かんでいるのだから。


「女子プロステータス」

――私のこだわりとプロレス愛がこれでもかと詰まったこの女子プロステータスは、四つの大項目で構成されている。

第一に「強さ」。

これは関節技のキレやレスリングの精度を示す技術力の「テクニカル」、スピードや圧倒的な跳躍力を誇る身体能力の「アスレチック」、そして何よりもプロレスの華である、相手の技を真っ向から受け止める不屈の精神、いわゆるスタミナや受けの強さを示す「スピリット」、そしてそれらを統括する主要な戦術傾向「FTファイトスタイル」に分かれる。


第二に「美しさ」。

容姿そのものの華やかさである造形美の「ビジュアル」、入場演出や技の軌道の美しさを示す所作の美の「ムービング」、観客の感情を激しく揺さぶる表現力の「エモーション」だ。


第三に「人気」。

その選手が背負うキャリアや背景の物語性「ナラティブ」、マイクパフォーマンスなどで会場を一瞬にして支配するカリスマ性「カリスマ」、そしてギャップ萌えや予想外の行動で魅せる意外性「ギャップ」である。


そして第四が、もっともプロレスのドラマを左右する「役割・立ち位置ギミック」だ。

純白の正義たる善玉「ベビーフェイス」、観客の罵声を極上の調味料に変える悪役「ヒール」、そして試合相手や状況によってどちらにも化ける一匹狼のアンチヒーロー「トゥイーナー」。


この四つの要素が複雑に絡み合って、初めて一人の輝かしい闘士が誕生する。

プロレスとは、単なる野蛮な暴力のぶつかり合いでは断じてない。

それは肉体を極限まで駆使した究極の「魂の対話」であり、スリーカウントのフォールやギブアップという明確なルールの下に成立する、極上のエンターテインメントなのだ。

格闘技としての圧倒的な肉体美はもちろんのこと、相手の得意技をあえて避けることなく全開で受け切り、そこから泥臭く立ち上がる「受けの美学」こそが、観客の胸を熱く焦がす。

さらに、選手たちが結成する「サーカス」と呼ばれるユニット同士の抗争、裏切り、そして固い絆といった人間関係の濃密なドラマが、興行全体を一大長編大作へと昇華させるのだ。


ルクタ・フェミナは前世の女子プロレスのルールを活用している。

基本的な勝敗の決まり方(決着パターン)は次だ。

先ず、フォール勝ち(スリーカウント)。

相手の両肩をマットに三秒間押し付けることである。レフェリーがマットを叩いて「ワン、ツー、スリー」と数え、一番の決着方法と言える。

次に、ギブアップ(タップアウト)。

関節技や締め技をかけられた選手が、痛みに耐えかねて「参った」をすることを指す。

マットをパチパチと手で叩く(タップする)か、口頭で伝えるのだ。

ノックアウト(KO)。

強烈な技を受け、10カウント以内に立ち上がれなくなった場合に負けとなる。

リングアウト。

リングの外(場外)に落ちた選手が、20カウント(もしくは10カウント)以内にリングに戻れなかった場合に負けとなる。

そして、反則と「プロレスならでは」の特殊ルール。

プロレスは「ルールがあるからこそ、反則がスパイスになる」という面白い特徴がある。

5カウント以内の反則はOKロープエスケープ

技をかけられている選手が、リングの周囲を囲む「ロープ」を掴むと、レフェリーは技をかけている選手に「離せ!」とカウントを数える。

四秒(5カウント未満)までなら、反則技(髪の毛を引っ張る、凶器を使う、首を絞めるなど)をやり続けても反則負けにはならない。

これがヒール(悪役)の格好の見せ場になる。

レフェリーストップ / TKO。

選手が失神したり、これ以上試合を続けたら命に関わるとレフェリーが判断したりした際、試合を強制終了させる。


このルールにおいて、試合を厳格にコントロールするレフェリーの存在が絶対となる。

ただ、ルールを毅然と死守する生真面目な裁き手がいれば、一方でヒールの理不尽な反則攻撃にわざとらしく目を盗まれる、あの憎たらしくも愛すべき伝説的な悪役レフェリーの精神も、この世界には絶対に必要なのである。

試合形式も、シングルマッチ(一対一の真剣勝負)、タッグマッチ(二対二(または三対三)のチーム戦)、バトルロイヤル(多数の選手が同時にリングに入り、最後の一人になるまで戦う乱戦)などがある。


十三歳になった私は、ルクタ・フェミナの開催に不可欠なある重大な発見をした。

それは、この世界に存在する「プラーナ」と呼ばれる万物の根源的な生命エネルギーに反応し、肉体を保護しながら美しく装飾する装具「ソーラ・シュリンガル」の存在だった。

特殊なシルクにプラーナを注入することで、纏う者の女子プロステータスレベルに応じてその姿を幻惑的に変える夢の衣装。

私はこの装具の研究・開発に没頭し、傷つきながらも輝きを増す、女性闘士「グラディアトリクス」のための戦闘用コスチュームを完成させた。


そして十四歳の時、私の運命を決定づける最大の出会いが訪れた。

現皇帝の妻であり、ロマニアの影の支配者とも噂される皇后テオドラ様だ。

彼女はかつて競技場の熊使いの娘であり、自身も舞台女優として過酷な底辺を生き抜いてきた情熱の女性だった。

私は彼女に直談判し、前世のプロレス知識を総動員して熱弁を振るった。


「命を奪い合う血生臭い剣闘士試合の時代は終わりました。

これからは、鍛え上げられた女性たちが肉体の美しさと不屈の精神で民衆に希望を与える、新しい闘技・劇の時代です!」


と。

テオドラ様は私の瞳の奥にある狂気にも似た「プロレス愛」を見抜き、多大な支援を約束してくれた。

ルクタ・フェミナが爆発的に普及した背景には、当時のロマニアにおける「命を落とさない神の信仰」の広まりがあった。

流血試合が忌避されるようになった完璧なタイミングで、私が提案した「魅せる格闘技」は、乾いた大地が水を吸い込むように民衆に受け入れられていったのだ。


現代の女子プロレスとルクタ・フェミナの最大の違いは、やはり魔導技術の融合だろう。

五万人を収容する巨大な「コスモロジーコロッセオ」の頭上には、魔力によって稼働する特大の光像モニターが浮かび上がっている。

実況アナウンサーの声は拡声の魔道具を通じて地響きのように会場へ轟き、光や音楽、試合時間は魔導時計によって一秒の狂いもなくモニターへと刻まれる。

そして、会場のボルテージを最高潮にまで引き上げる実況解説者。

ある時は、マシンガンのごとく言葉を紡ぎ出し、四角いリングを「黄金の四角いジャングル」と形容するような過激な天才アナウンサー。

またある時は、選手たちの情念を優しく、しかし熱く語りかける、全お茶の間に愛されたレジェンドアナウンサー。

彼らの魂を揺さぶる言葉の妙技があってこそ、観客はリングという名の宇宙に引き込まれるのだ。


「これだけの魅力が詰まった最高峰の文化を、このロマニアの地に埋もれさせておくなんて万死に値する!」


そう決意した私は、女子プロレス興行「ルクタ・フェミナ」を立ち上げるべく、一人静かに、しかし燃え上がるような野心を胸に動き出したのだった。


私は自らトレーナーとなり、素質のある少女たちを集めて「祝祭フェストゥム」という名のユニットを立ち上げた。

前世で叩き込まれたドロップキックの美しい足捌き、ブレーンバスターの完璧な回転挙動、 アベニュー(試合を組み立てるためのあらゆる展開、次の技への繋がり、あるいは窮地から脱するためのあらゆる選択肢・ルート)、そして何よりも安全に美しく受けるための「受け身」の技術を、涙を流す彼女たちに鬼の心で叩き込んだ。


「いい!? 相手の技を避けるんじゃないわ!

全身の細胞で受け止めて、なお立ち上がる姿を見せるのよ!」


私の声が、毎日訓練場に響き渡っていた。

しかし、プロレスのルールをこの異世界に厳格に定着させるのは、想像を絶する労力だった。

何しろ、最初は誰もが「殴り合って相手を気絶させれば勝ちだろう」と思い込んでいたのだから。


「違うの!

スリーカウント以内に肩をマットにつけさせるフォール勝ちの刹那の攻防、それこそがプロレスのサスペンスなのよ!」


と、何度声を大にして説明したことか。

反則は5カウントまで許されるという、あの絶妙なルールの焦燥感や、レフェリーの死角を突くスリルを理解してもらうのにも、血の滲むような模擬戦を繰り返さねばならなかった。

それでも、私の情熱はロマニアの少女たちの魂に火をつけた。


十五歳の時、ついに記念すべき第一回ルクタ・フェミナの本格興行がコスモロジーコロッセオで開催された。


それから三年……


地道な普及活動とテオドラ様の強力なバックアップ、そして何よりも命をかけてリングに上がってくれたグラディアトリクスたちの努力のおかげで、ルクタ・フェミナは今や帝都コンスタンティノープル最大の娯楽へと成長を遂げた。

客席を埋め尽くす民衆は、お気に入りの「推し」の選手の名前を叫び、熱狂的な歓声を上げる。

ルールは完全に浸透し、今や観客席の子供たちでさえ、カウント二・九でのキックアウトに「ウオーッ!」と地鳴りのような大歓声を上げるほど、現代の女子プロレスの熱狂に限りなく近づいていた。

すべては順調だった。

私は十八歳になり、最愛のフィアンセである伝統的名門貴族のヒパティウス様との結婚も控え、まさに幸せの絶頂にいたはずだった。

このままルクタ・フェミナの生みの親として、そして一人の幸せな女性として、穏やかな未来を歩んでいくのだと、疑いもしなかった……


挿絵(By みてみん)


【次回予告】

マリアの手によってゼロから創り上げられ、帝都最大の娯楽へと成長した「ルクタ・フェミナ」。

ステータス能力の秘密、そして生命エネルギー「プラーナ」と連動する神秘の装具「ソーラ・シュリンガル」の秘話が明かされる。

次回、第二章 第二話「ソーラ・シュリンガル」


可憐な蕾と、猛々しき刺。

踏みにじられても枯れぬ誇りが、戦場という名の庭園に奇跡の華を咲かせる。

満開のゴングまで、あと……

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