表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/27

第五章 第二話 ゴング、鳴る!

【前回までのあらすじ】

トーナメントの一回戦は大波乱。

バステトがポモナを退け、続くデーメーテール対バンバのストロングスタイル決戦では、怪力バンバの悪辣な執念によって、絶対王者がまさかのOTRオーバー・ザ・トップロープ失格という超絶な大番狂わせが起きてしまう。


「さあ、お集まりのクィリテス(ローマ市民)の皆々様。

 長らくお待たせいたしました。

 これより始まりますのは、サーカス『祝祭フェストゥム』が誇る美しき闘士たちによる、頂点への階段を懸けた一大決戦!

 コンスタンティノープルの青き空を衝くコスモロジーコロッセオの熱気は、早くも沸点へと達しようとしております!」


 会場の巨大な魔道具スピーカーから、地響きのような大音声が鳴り響く。

 実況を務めるのは、立て板に水のごとき滑らかな弁舌と、聴く者の血を沸騰させる情熱的なフレーズを次々と繰り出す天才アナウンサー、マルコだ。


「隣に座るは、歴史の語り部にして勝負の機微を知り尽くした男、キケロ氏。

 キケロさん、この一戦、ただのサーカス王者決定とはわけが違いますよ」


「その通りです、マルコさん。

 なんと、マリアは貴族でありこの「ルクタ・フェミナ」の創始者!

 ロマニア帝国の歴史がひっくり返る前哨戦です!

 マリアはデビュー戦のため、まだ二つ名はありません。

 対するアバンダンティアはヒュドラの異名で知られる実力派だ~」


 キケロが知性派らしい落ち着いた、しかし芯の通った声で応じる。

 この二人の掛け合いを聞くだけで、私の内なる「プ女子魂」が激しく燃え上がるのを感じる。

 まるで前世で画面に齧りついて見ていた、あの伝説的な実況アナウンサーたちのソウルが、この異世界に降臨したかのようだ。

 中央にそびえ立つは、黄金に輝く四角きジャングル。


 そこで威厳を放ちながら毅然と立つのは、主審のバルだ。


「マリア。アバンダンティア。前へ」


 ついに、この時が来てしまった。

 私は一歩、硬質なマットを踏みしめる。

 このサーカス王者トーナメントは、私の戦いの第一歩なのだ。

 対角線に立つアバンダンティアを見る。

 彼女のまとう衣装「ソーラ・シュリンガル」が、戦闘モードへと移行し、神秘的なプラーナの輝きを放ち始めた。

 私もプラーナを注入し、ソーラ・シュリンガルの「祈りモード」から「戦闘モード」に移行させた。

 私のソーラ・シュリンガルは白基調に、サーカスの象徴である「ルビー、ダリア、黄金色と朱色」から装飾されている。

 二人のソーラ・シュリンガルにオーラが映える。

 彼女の衣装は、禍々しくも美しい、深緑と赤の蛇のような紋様を浮かび上がらせている。

 そして、私のオーラは……


 アバンダンティアは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 彼女の二つ名は「ヒュドラ」。

 その名の通り、一度捕らえた獲物を決して逃さない、粘り強いグラウンド寝技とサブミッション、強烈なロープワークを得意とする実力者だ。

 一七五センチメートル、七〇キログラムという圧倒的な体格。

 あの太く逞しい手足に胴体をロックされ、サブミッションを極められたら、脱出するのは至難の業だ。

 アバンダンティアの「女子プロステータス」を確認した。

 1.強さ(T/A/S/F) T:最高/A:中/S:粘り

 2. 美しさ(V/M/E) V:無機/M:正確/E:冷静

 3. 人気(N/C/G)  N:師弟/C:孤高/G:非情

 4. 役割(B/H/T)  T (トゥイーナー)

 1の「強さ」、関節技のキレやレスリングの精度を示す技術力の「テクニカル」、スピードや圧倒的な跳躍力を誇る身体能力の「アスレチック」、相手の技を真っ向から受け止める不屈の精神、いわゆるスタミナや受けの強さを示す「スピリット

 2の「美しさ」、容姿そのものの華やかさである造形美の「ビジュアル」、入場演出や技の軌道の美しさを示す所作の美の「ムービング」、観客の感情を激しく揺さぶる表現力の「エモーション

 3の「人気」、その選手が背負うキャリアや背景の物語性「ナラティブ」、マイクパフォーマンスなどで会場を一瞬にして支配するカリスマ性「カリスマ」、そしてギャップ萌えや予想外の行動で魅せる意外性「ギャップ

 私のステータス視覚能力が、彼女の「強さ」の項目、特に技術力と不屈の精神が最高値に達していることを見抜いていた。


 ジリジリとした緊張感が、肌を刺す。

 レフェリーが両者の間に立ち、右手を高く掲げた。


「ルールは十五分の一本勝負。

 クリーンに戦え。

 ……レディ、ゴー!」


 試合開始のゴングが、私の心臓の鼓動とシンクロするように鳴り響いた。


 カーン!


 さあ、プロレスの時間だ。

 アバンダンティアが、巨体に似合わぬ鋭い踏み込みで、一気に距離を詰めてくる。

 前世の私なら、その迫力に気圧されていたかもしれない。

 しかし、私は「ルクタ・フェミナ」を、そして「祝祭フェストゥム」を育てただけではなく、一人の戦うグラディアトリクスだ。

 私は不用意に組み合おうとはせず、爪先を軽く弾ませるようにして、時計回りに円を描く。

 軽快なフットワーク。

 シュッ、シュッと風を切る音を立ててアバンダンティアの手が伸びてくるが、私は上体をわずかに引いて、それを紙一重でいなしていく。


「おおっと。マリア、捕まらない。

 アバンダンティアの猛るような突進を、まるで闘牛士のように華麗なステップでかわしていく」


 マルコの実況が、会場の興奮をさらに煽る。

 まずは相手の出方を見る。

 じっくりと、しかしスピード感を持って、私は異世界のリングに己の足跡を刻み始めた。


「仕掛けてこないのか、お嬢様」


 アバンダンティアが苛立ちを隠さずに吐き捨てた。

 彼女の突進をひらりとかわし続ける私に対して、大衆の歓声はどんどん大きくなっていく。

 観衆の人気投票もポイントに直結するこの「花の戦争」のシステムにおいて、私の華麗な身のこなしは、すでに「魅せるワーク」として機能していた。


「キケロさん、

 アバンダンティアの動きが少々、大雑把になってきましたね」


「ええ、マルコさん。

 マリアのスピードに翻弄され、完全に自分のリズムを見失っています。

 これは、精神的な揺さぶり、いわゆる『焦らし』の罠にハマっていますよ」


 解説席の言葉通り、アバンダンティアの額には青筋が浮かんでいた。


「チョロチョロと、

 鬱陶しいんだよ!」


 ドガッ、と力任せにマットを蹴り、アバンダンティアが獣のような咆哮を上げて飛びかかってきた。

 両腕を大きく広げ、私を圧殺せんとする荒々しいベアハッグの体勢。

 完全に頭に血が上り、防御が疎かになった不用意な一撃。


 ――ここだ!


 私はあえて一歩踏み込み、彼女の懐へ滑り込む。

 アバンダンティアの視界から一瞬消えるように、低く、鋭く。

 前世で数多の試合を観て、そして自らの肉体で覚えた、基本にして至高の技術。

 彼女が驚愕して目を見開いた瞬間、私は自分の腰を彼女の骨盤のあたりへと深く沈め、相手の右腕をがっちりと巻き込んだ。


「ハッ!」


 一瞬の静寂の後、


 ドンッ!


 とコスモロジーコロッセオのキャンバスが激しく揺れた。

 体重七〇キログラムの巨体が、私の鮮やかな腰払いで宙を舞い、背中からマットへ叩きつけられたのだ。


「投げたぁぁぁ!

 なんという美しい一本背負い、いや、見事な腰払いだ。

 マリア、お嬢様の皮を脱ぎ捨てて、アバンダンティアを真っ逆さま」


 マルコが絶叫する。

 その瞬間、会場だけでなく、花道やセコンドで見守っていた「祝祭フェストゥム」の仲間たちの間にも、戦慄が走った。

 ハイスピード自慢のバステトが仮面の奥の目を丸くし、パワー派のバンバが呆然と口を開けている。

 他のサーカスのグラディアトリクスたちも同様だった。

 彼女たちは、私を「高貴な血筋で、新しい玩具としての興行を思いついたお嬢様」とどこかで侮っていたのだ。

 しかし、今見せた技のキレ、完璧なタイミング、精度を極めた三半規管攪乱の技術は、本物のグラディアトリクス(女性闘士)のそれだった。


 背中を痛打し、息を詰まらせていたアバンダンティアが、ゆっくりと上体を起こす。

 その表情からは、先ほどまでの傲慢なイライラが完全に消え失せていた。

 ギラリとした、冷徹な捕食者の目がそこにあった。

 彼女は思い出したのだ。

 目の前にいる小柄な少女が、自分たちにプロレスの基礎を教え、関節の極め方や、受身の取り方を叩き込んだ「鬼トレーナー」その人であることを。

 アバンダンティアは低く唸りながら、野獣のような冷静さを取り戻し、じっくりと腰を落とした。


 ここからが、本当の地獄の始まりだ。

 コスモロジーコロッセオの空気が、一瞬で張り詰めた。


「お互いに手の内を知り尽くした師弟対決、いや、それ以上の情念がリング上で火花を散らしている。

 キケロさん、この静寂は嵐の前触れです」


「その通りです。

 アバンダンティア選手、目が変わりましたね。

 ここからは一瞬のミスが命取りになる、本格的なワークの応酬になりますよ」


 アバンダンティアはもう、大振りの攻撃は仕掛けてこない。

 じりじりと距離を詰め、私の手首を掴もうと、まるで蛇が鎌首をもたげるようにじわじわと圧力をかけてくる。

 私はバックステップを踏みながら、彼女の手をパシッと叩いて拒絶する。

 しかし、彼女は怯まない。

 ロープ際に私を追い詰めると、不意に強烈なエルボーを私の胸元へと叩き込んできた。


「ゴッ」


 という鈍い音が響き、私の身体がロープにめり込む。

 凄まじい衝撃。

 さすがはパワー・ハードヒットの要素も兼ね備えた「ヒュドラ」だ。


「耐えてみせろ、マリア」


 アバンダンティアが叫びながら、今度は私の腕を掴んで対角線のロープへと力任セにアイルランド・ホイップ、いわゆるロープ振りを仕掛けてきた。

 背中に強烈なロープの反動を感じながら、私は猛スピードで中央へとリバウンドする。

 そこへ、アバンダンティアが巨体を利したカウンターのキチンシンク、膝蹴りを突き出してきた。

 私は空中で身を翻し、その膝を間一髪で飛び越える。

 着地と同時に反転。

 しかし、アバンダンティアもすでに振り返っていた。


 息をもつかせぬ技の応酬。

 互いの技が、互いの意図が、リング上で激しく交錯する。


「止まらない。戻らない。

 右を向いてもアバンダンティア、左を向いてもマリア。

 これぞルクタ・フェミナの真骨頂、肉体と肉体が織りなす極上の幾何学模様」


 マルコの実況が、私たちの魂の対話を言語化していく。

 私はハイスピードの蹴りを放ち、彼女はそれを腕でブロックして、すぐさまアンクルホールドを狙って滑り込んでくる。

 私はそれを紙一重でロールして逃れ、再びスタンドの状態へ。

 息が上がる。

 プラーナの消費激しく、ソーラ・シュリンガルの装飾がパチパチと音を立てる。


 一進一退。


 どちらが勝ってもおかしくない、紙一重の攻防が続く中、時計の針は残酷に進んでいく。

 果たして私は、この「ヒュドラ」の牙をへし折ることはできるのか?



【次回予告】

試合開始早々、マリアは完璧なタイミングの一本背負いでアバンダンティアをマットへ叩きつけ、戦慄を走らせる。

お嬢様と侮っていた観客を熱狂させるが、目を覚ました「ヒュドラ」の反撃は残酷だった。

強烈なエルボーとロープ振り、そして逃げ場のないマフラーホールドが、マリアの肉体を極限まで破壊しにいく!


次回、第五章 第三話「マリア対ヒュドラ」


始まりの鐘と、終わりの葬送曲。

終わりを恐れず、今を燃焼させる命の火花。その熱量に、世界は平伏すことになる。

終焉のゴングまで、あと……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ