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第五章 サーカス王者トーナメントの開幕

【前回までのあらすじ】

マリアの「ソーラ・シュリンガル」は、彼女の不屈のスピリットに呼応するように青く輝き始める。

愛するフィアンセを救い出し、ブルーブラッドを再興、そして「ルクタ・フェミナ」の尊厳を守るため、マリアは一切の迷いを捨ててトーナメントのリングへと向かう。


 さあ、やってまいりました。

 伝統と熱狂が交差する砂塵の聖地、コスモロジーコロッセオ。

 帝都コンスタンティノープルに、今、新たなる女神たちの咆哮が響き渡ろうとしております。


 石造りの巨大な観客席を埋め尽くす五万人の大歓声が、地響きとなって私の全身を震わせる。

 中央に鎮座するのは、「黄金の四角いジャングル」だ。


「おいおい、キケロ、今日の熱気はいつにも増して異常だぞ。

 観客の脳汁がボスポラス海峡の荒波のように逆巻いている。」


「その通りです、マルコ。

 現在、帝都にある八つのサーカスが、それぞれ血で血を洗う、いや、美と魂をぶつけ合う身内決戦を順繰りに展開している真っ最中ですからね」


 実況席でまくし立てているのは、帝国の養成機関から派遣された二人。

 機関銃のような超高速リアルタイム実況が持ち味のキケロと、過剰なまでの修辞に満ちた言葉の魔術師マルコだ。

 二人の掛け合いを聞いているだけで、前世のあの熱い実況中継を思い出してプ女子の血が騒ぐ。


「今回のトーナメントの恐ろしさは、『オーバー・ザ・トップロープ(OTR)』ルールにあります」


「そう。

 通常のスリーカウントやギブアップだけでなく、最上段のロープを越えてリング外の床に足がついても失格。

 どんな絶対王者であれ、一瞬の油断で奈落の底へ突き落とされる、まさに番狂わせの坩堝」


 そうなのだ。

 実力差をひっくり返す魔法のルール。

 それがOTR。

 リング中央を鋭い眼光で見つめるのは、今日の試合を裁く主審バル。

 普段は物静かだが、リングに上がれば誰よりも厳格で、狂気的な試合展開にも毅然と立ち向かう、前世の伝説的レフェリーの魂を感じさせる名裁き役だ。


 私はソーラ・シュリンガルの「祈りモード」にして入場を待っていた。

 使用者のステータスや闘志に応じて輝きを変えるこの衣装は、私のプロレス愛とこの世界の魔術が融合した最高傑作。

 今回が公式デビュー戦だけど、気負いはない。

 しかし、私の前に立ちはだかる「祝祭フェストゥム」の仲間たちは、みんな一筋縄ではいかない猛者ばかり……


 厳正なるくじ引きの結果、対戦カードは次のようになった。

 第一試合、バステト対ポモナ。

 第二試合、デーメーテール対バンバ。

 第三試合、私対アバンダンティア。

 そして、第二試合の勝者と第三試合の勝者でさらに戦い、その勝者が第一試合の勝者と決勝を行う。


 カードが決まった瞬間、控室の空気がピキリと凍りついた。

 みんなの思惑が、目に見える火花となって交差する。


「おいおい、お嬢様。

 お前が言い出しっぺの興行とはいえ、主役の座を譲る気はねえからな」


 そう言って不敵に笑うのは、赤髪短髪の巨漢、バンバ。

「パワー・デストロイヤー型」の典型で、勝つためなら反則も辞さない暴走大怪獣。

 その隣で、現在のサーカス筆頭であるデーメーテールが、静かに黄金の瞳を輝かせた。


「バンバ、マリア様の覚悟を汚す者は、この私がストロングスタイルの打撃で叩き潰します」


 まさに絶対王者にして、求道者の風格だ。

 さらに、鋭い殺気を放つ赤褐色の肌の女性、アバンダンティアが私を睨みつける。


「貴族のわがままに付き合う気はないよ。

 私は肉体一つで成り上がる。

 お嬢様、あんたの関節をへし折ってでも、私が筆頭になる」


 彼女は冷酷無比なサブミッションの鬼。


「みんな、バチバチに燃えてるね……」


 私は恐怖を通り越し、プ女子としての興奮で胸を高鳴らせていた。

 この人間関係のドラマと、互いの「格」を賭けた意地のぶつかり合いこそが、プロレスの真髄なのだ。


「さあ、祝祭フェストゥムの最強を決める、第一試合のゴングです!

 アエギュプトゥス(エジプト)出身の覆面の妖精 バステト対、ガリア(フランス)出身の期待の新星ポモナ~」


 カーン!


 鋭い音が響き渡る。

 バステトはエジプシャン・マウのマスクを被ったハイスピード・テクニカルの申し子。

 対するポモナは、「祝祭フェストゥム」に憧れて入ってきた若草色の髪のルーキー。

 試合は序盤から息を呑む展開となった。


「速い、速すぎる。

 バステト、まるで重力を無視したかのようなロープワークから、トペ・コンヒーロ(華麗な場外飛び技)の構えか。」


「いや、ポモナも負けていない。

 エルボーを泥臭く叩き込んで、先輩のスピードを止めにかかる。

 これぞ若さの爆発だ!」


 バステトの動きは、まさにリング上の幾何学。

 ポモナの突撃を華麗なしなやかさでいなし、低空ドロップキックで膝を撃ち抜く。

 ポモナも必死に応戦し、執念のブレーンバスターでバステトを叩きつけるが、バステトの闘志がそれを上回る。

 ダメージを表情に出さず、むしろ憑依したかのような妖艶な笑みを浮かべた。

 終盤、ポモナが意を決しコーナートップへ駆け上がった。

 決死のダイビング攻撃!!

 しかし、バステトはそれを読んでいた。


「あっと驚く空中迎撃。

 バステト、飛び込んできたポモナを空中でキャッチし、そのまま目にも留まらぬ速さで丸め込んだ~」


「出たーっ。

 一瞬の隙を突く螺旋の罠、電光石火のポプリ・ストラルだ。」


 ゴロゴロとリング上を回転し、ポモナの自由を完全に奪う。

 レフェリーのバルの手がマットを叩く。


「ワン」

「ツー」

「スリー!!!」


「そこまで。

 勝者、バステト!」


 順当な勝利。

 だが、負けたポモナの悔し涙と、勝ったバステトがそっとマスクの裏で微笑んだドラマに、観客からは惜しみない拍手が送られた。


「さあ、続いて第二試合。

 早くも事実上の決勝戦かと言われる大一番。

 黄金の大地デーメーテール対、緑の怪物バンバ~~」


 地鳴りのような大歓声の中、巨体を揺らして入場してきたバンバは、観客を威嚇する。

 対するデーメーテールは、凛とした佇まいで一歩一歩リングへ。

 彼女のソーラ・シュリンガルは、王者の風格を示す美しい黄金色に輝いている。


 ゴングが鳴った瞬間、バンバが突進した!


「オラァッ。

 死ねぇ、デーメーテール!」


 強烈な肉弾タックル。

 しかし、デーメーテールはそれを真っ向から仁王立ちで受け止めた。


 ドゴォン。


 と、肉体と肉体が衝突する凄まじい音がコロッセオに響く。


「うおおお! デーメーテール、一歩も引かない。

 それどころか、破壊大怪獣の突撃を正面から受け止めて、凄まじい眼光で睨み返している」


「これぞストロングスタイル。

 格が違う世界王者の意地が、この砂塵のリングで火花を散らしている!」


 デーメーテールの鋭いローキックが、バンバの巨体に突き刺さる。

 ドシッ、ドシッと、重い音が響くたびにバンバの顔が歪む。

 さらに胸元への強烈な逆水平チョップ。

 完全にデーメーテールのペースだ。

 技術、精神力、どれをとってもデーメーテールが圧倒している。

 焦ったバンバは、レフェリーの死角を突き、髪を掴んで引き倒すというラフ殺法に出た。


「へへん、綺麗事じゃ勝てねえんだよ!」


 バンバはデーメーテールを抱え上げ、ピラミッド・ドライバーの体勢からマットへ叩きつける。

 しかし、デーメーテールはカウントツーでキックアウト。

 不屈の精神の塊のような彼女は、すぐに立ち上がり、逆にバンバを腕十字固めに捕らえた。


「極まった~~~!

 デーメーテールのアームバーが完全にロックされた。

 バンバ、万事休すか!!」


 ギブアップ寸前。

 だが、ここでバンバの「狂気」とOTRルールが最悪の形で噛み合う。

 バンバは極められた腕の痛みに絶叫しながらも、その怪力でデーメーテールごと泥臭くのたうち回り、なんと自らロープ際へと転がったのだ。


「な、何をする気だ、バンバ。

 自分の体ごと、デーメーテールをトップロープの外側へ押し出そうとしている」


「……お前と一緒に落ちてやるよ」


 バンバは自分の腕が折れるのも構わず、デーメーテールの胴体に激しく体当たりを敢行した。

 極限状態での、肉体の泥仕合。

 もつれ合う二人の体が、トップロープを越えて、リングの外へと傾く――


「ああっ。両者揃ってエプロンから場外へ転落……

 いや。バンバ、かろうじて片手で一番下のロープにしがみついている。

 デーメーテールは……

 床に足がついたーっ!」


 カーン、カーン、カーン!


「そこまで。

 デーメーテール選手、オーバー・ザ・トップロープにより失格。

 勝者、バンバ!!」


 嘘、でしょ……


 客席がシーンと静まり返った後、大ブーイングと、悪辣な執念に対する奇妙な大歓声が爆発した。

 絶対王者が、一回戦で姿を消した。

 これこそがOTRルールの恐怖。

 バンバはボロボロの腕を押さえながら、ニヤリと下品に笑って引き揚げていく。

 凄まじい番狂わせの余韻が、コロッセオの空気を重く支配している。

 誰もが予想しなかった結末。

 身内同士の潰し合いだからこそ、手の内を知り尽くした上での残酷なドラマが生まれる。


「さあ、キケロ、次がいよいよ一回戦最後のドラマだ」


「その通り、マルコ。

 波乱万丈のサーカス王者トーナメント、第一回戦の最後を飾るのは、この「ルクタ・フェミナ」の生みの親にして悲劇の令嬢、フラウィア・マリア。

 対するは、冷徹なるサブミッションの鬼、ヒュドラこと、アバンダンティアだ!」


 花道へ続く通路の暗闇の中で、私は深く息を吸い込んだ。

 心臓が壊れそうなほどバクバクしている。

 前世の知識があるとはいえ、私はまだ十八歳の発展途上のグラディアトリクス(女性闘士)……

 対するアバンダンティアは、戦歴も体格も格上の超本格派。

 でも、退くわけにはいかない。

 ヒパティウス様を救うため、そして私の愛する「ルクタ・フェミナ」を我が手に取り戻すためにも、私はこんなところで負けられない。


「マリア、あんたのその甘い顔を、絶望で歪ませてやるよ!」


 通路の向こうから、アバンダンティアの冷たい声が響く。

 彼女の全身から、獲物を狙う蛇のような、冷徹で非情なプラーナが立ち上っていた。


「受けて立つわ、アバンダンティア。

 貴女のサブミッション(関節技)が私に届くかどうか……確かめてみて」


 出陣のファンファーレが鳴り響く。

 私はソーラ・シュリンガルの「祈りモード」で、黄金の四角いジャングルへ向かって、力強く一歩を踏み出した。



【次回予告】

重苦しい驚愕の余韻が残るコスモロジーコロッセオ。

一回戦の最後を飾るのは、このサーカスの生みの親フラウィア・マリアと、冷徹なるサブミッションの鬼、アバンダンティアだ!

二人の「ソーラ・シュリンガル」が臨戦態勢の光を放つ中、運命のゴングがカーンと鳴り響く!


次回、第五章 第二話「ゴング、鳴る!」


幻影の花と、実在の痛み。

夢を捨て、現実をその拳に宿した少女。その高潔な魂に、もはや迷いはない。

覚醒のゴングまで、あと……


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