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第四章 第二話 皇后テオドラとの対決

【前回までのあらすじ】

「花の戦争」の開催宣言式典の場で、フィアンセ・ヒパティウスの処刑が今まさに執行されようとしたていた…


 

「テオドラ様、お待ちください!」


 その声は、五万人を収容する巨大なコスモロジーコロッセオの熱気を一瞬で切り裂いた。


 前世ではしがないプ女子、つまりは女子プロレスオタクが高じて新人レスラーになったものの、華々しい戦績を残す前に不慮の事故ですぐに死んでしまった哀れな転生者の私……

 いま私が立っているのは、かつて前世の知識を総動員してこの異世界ロマニア帝国に普及させた「ルクタ・フェミナ」の聖地である。

 本来なら、最愛のフィアンセである名門貴族のヒパティウス様と、幸せの絶頂にいるはずだった。

 それなのに、最悪の暴動「ニカの乱」が、すべてを狂わせたのだ。

 民衆に担ぎ上げられてしまっただけの無実のヒパティウス様は、いまや反逆者として拘束され、処刑の危機に瀕している。

 乱を鎮圧し、絶対的な独裁権力を手に入れた皇帝ユスティニアヌス一世と、その隣に君臨する皇后テオドラ様。

 二人は大衆を支配するための歪なポピュリズムの象徴として、この貴族代理戦争「花の戦争」の開催を今まさに宣言し、その祝祭の生贄としてヒパティウス様の公開処刑を行おうとしていた。

 そんな最悪のバッドエンドを、ただ指をくわえて見ているわけにいかない。

 私は泥臭い反則攻撃を仕掛けるヒールのように、大歓声の渦巻くリングへと乱入した。

 頭からすっぽりと灰色のマントを被り、エプロンサイドを駆け上がってロープをまたぐ。


「何奴だ!」


 周囲を固める近衛兵たちが一斉に槍を構え、ぎらついた刃先を私に向ける。

 だが、中央の豪華な玉座に座るテオドラ様が、すっと白い手を挙げた。

 それだけで、怒号に満ちていたコロッセオが水を打ったように静まり返る。

 圧倒的なカリスマ性。

 元は競技場の熊使いの娘であり、舞台女優から這い上がって皇后の座を掴んだ彼女は、いわばこのロマニア帝国という大団体の絶対的なトップヒールであり、同時に最高のプロデューサーでもある。

 かつて十四歳の時、私は彼女に直談判してルクタ・フェミナの支援を取り付けてもらった。

 あの時は、新しいエンターテインメントを共に創り上げる同志だと思っていた。

 けれど今、彼女の瞳にあるのは、刃物のように冷徹な政治の論理だけだ。


「……マリア。貴女ね。

 伝統的貴族の青き血を引くお嬢様が、このような騒乱の場に何のご用かしら?」


 テオドラ様は、その美貌に冷ややかな笑みを浮かべ、纏った鮮やかな紫色のマントを揺らした。

 その紫は皇帝一族にしか許されない禁色であり、団体最高峰のベルトを誇示する王者の輝きそのものだ。


「テオドラ様、お願いでございます!

 ヒパティウス様は民衆に無理やり連れ去られただけなのです!

 どうか、彼の助命を!」


 私はマントの内で拳を握り締め、必死に訴えかけた。

 プロレスで言えば、理不尽なオーナーの決定に対して、正統派のベビーフェイスが涙ながらに直訴するエモーショナルなマイクパフォーマンスだ。

 その必死の形相に、玉座の皇帝ユスティニアヌス一世がわずかに眉を動かした。

 農民出身から最高権力者に上り詰めた彼は、法律の編纂という緻密な頭脳を持ちながらも、どこか大衆の目を気にする一面がある。


「ふむ……。

 名門の令嬢が単身で処刑場に乗り込んでくるとは、なかなかの豪胆さではないか。

 ニカの乱で傷ついた民の心を鎮めるため、ここは皇帝たる私の寛大さを見せるのも悪くはないな」


 皇帝がそう口にしかけた瞬間、テオドラ様が鋭い視線でそれを遮った。


「お待ちください、陛下。

 それでは示しがつきません。

 この娘の婚約者が犯した罪は、帝国に対する明確な反逆行為。

 情に流されて処刑を免じれば、せっかく鎮圧した暴徒たちが再び調子に乗るだけです。

 甘さは命取りになりますわ」


 ゾクリとするほどの冷徹なトーン。

 まさに「紫衣は最高の死に装束」と言い放ち、皇帝の逃亡を阻止して乱を鎮圧させた彼女らしい、揺るぎない覚悟がそこにはあった。

 彼女は私を見下ろし、厳しく言い放つ。


「マリア。

 もしその男の命を救いたいと言うのなら、それ相応の代償を支払いなさい。

 ニカの乱によって帝都の半分は灰になり、多くの血が流れた。

 その責任を、既にすべてを失った元名門貴族である貴女がどうやって贖うというの?」


 ……代償……


 その言葉を待っていた。

 プロレスのストーリー(ナラティブ)において、理不尽な要求に対して自らのすべてを賭けることこそ、最大のクライマックスへと繋がる展開アングルなのだから。


「ならば、テオドラ様。

 私のすべてを賭けましょう!」


 私は叫ぶと同時に、両手で灰色のマントを激しく引きむしった。


 ばさぁっ!


 布地が宙を舞い、私の全貌が五万人の観衆の前に晒される。

 その瞬間、地鳴りのような地響きがコロッセオを揺るがした。

 おおおおおっ!?


「あれは……何だ!?」


 私が身に纏っていたのは、貴族のきらびやかなドレスでも、慎み深いガウンでもない。

 それこそが、私がこの世界で発見し、魂を込めて開発した装具「ソーラ・シュリンガル」の戦闘モードであった。

 私の女子プロステータスレベルに呼応して、朱色と黄金色に眩いばかりの輝きを放っている。

 加えて、私の強い意志に反応し、青いオーラが炎のように「ソーラ・シュリンガル」から発せられた。


「私、フラウィア・マリアは、一人のグラディアトリクス(女性闘士)として、この『花の戦争』に参戦いたします!」


 私の凛とした声が、魔道具の音響を通じて響き渡る。


「私が立ち上げたサーカス「祝祭フェストゥム」を率い、この過酷な戦いを勝ち抜き、年間王者としての証――『レノヴァティオ・インペリイ(帝国再興)ベルト』をこの手に掴んでみせます!」


 テオドラ様は眉をひそめ、冷たい目で私を睨みつける。


「貴女自身が戦うというの?

 ふん、おめでたい妄想も大概になさい。

 確かに貴女が「ルクタ・フェミナ」を提案して立ち上げたことは事実だが、貴族の貴方が屈強なグラディアトリクスとして戦えるとでも言うの?」


「戦い、勝ち抜きます!」


 私は一歩も引かずに言い返した。


「もし、私たちが、あのベルトを勝ち取ることができたなら、どうかヒパティウス様の罪を不問にし、我々に恩赦をお願いします!

 ですが……もし私たちが途中で敗れ、夢破れたなら……

 その時は、私もヒパティウス様と共に、このコスモロジーコロッセオの錆びた供物として、喜んで処刑を受け入れましょう!」


 ――ざわっ、と。


 五万人の観衆が、完全に狂乱の渦に巻き込まれた。


「おい、聞いたか!?あの名門のお嬢様が、自分でリングに上がるってよ!」


「しかも優勝できなかったら死刑で良いだと!?なんて根性だ!」


 プロレスにおける「プッシュ」とは、ただ強いだけでは得られない。

 自らの命や名誉、すべてを投げ打つ覚悟を見せた瞬間に、大衆の感情エモーションは爆発し、その選手をトップへと押し上げるのだ。

 前世の伝説的な実況解説者たちの魂が、私の脳内で熱く叫んでいる気がした。


「なんと、自らの肉体を極限の戦火へと投じる覚悟!

 恋人の命を救うため、可憐な妖精が今、戦う悪魔へと変貌を遂げた!

 まさに命懸けの司法決闘、これぞ「ルクタ・フェミナ」の究極のドラマであります!」


 大衆はポピュリズムの奴隷だ。

 刺激的な娯楽を求めていた彼らにとって、没落貴族の令嬢が自ら命を賭けて戦うという展開は、これ以上ない極上の「パンとサーカス」であった。


「マリア!マリア!」


祝祭フェストゥム! 祝祭フェストゥム!」


 客席のあちこちから、地鳴りのような大コールが沸き起こる。

 この世界のプロレスルールでは、単なる強さだけでなく、どれだけ「推し」を集め、興行的に成功したかというポイントが勝敗を左右する。

 すでに会場の空気は、完全に私のベビーフェイスとしての輝きに味方していた。

 民衆の圧倒的な要求の熱気に、皇帝ユスティニアヌス一世は気圧されたように身を乗り出した。


「テオドラよ……

 これは、断るわけにはいくまい。

 これほどの見世物を拒めば、せっかく静まった民が再び暴動を起こしかねん。

 彼らが求めているのは、血生臭い処刑ではなく、この少女が紡ぐ前代未聞のドラマなのだ」


 テオドラ様はチッと小さく舌を打ち、不愉快そうに目を細めた。

 けれど、さすがは稀代のプロデューサーだ。

 大衆のエネルギー(混沌の緑)を瞬時に計算し、自らの支配(統治の紫)へと組み込む術を理解している。


「いいでしょう。

 そこまで言うのなら、その挑戦、受けて立ちますわ」


 テオドラ様は妖艶な笑みを浮かべ、立ち上がって宣言した。


「ただし、現実は厳しいわよ。

『花の戦争』は、私の直属である美のサーカス『プルクリトゥード』を筆頭に、芸術の『アルス』、死の『モルス』といった最強のグラディアトリクスたちが揃っている。

 将軍ナルセスが率いる正義の『ユースティティア』も容赦はしない。

 まずは貴女の身内、サーカス『祝祭フェストゥム』の中でのトーナメントを勝ち抜き、筆頭グラディアトリクスになれなければ話にならないわね」


「望むところです!」


 私は力強く拳を突き上げた。


祝祭フェストゥム」には、現在のサーカス筆頭グラディアトリクスであり、私の元メイドでもあるストロングスタイルの絶対王者デーメーテールや、ハイスピードな悪友バステトなど、一筋縄ではいかない猛者たちが揃っている。

 まずは彼女たちと、オーバー・ザ・トップロープルールの過酷なサーカス王者トーナメントを戦い抜かなければならない。

 けれど、私のハートは前世のプ女子の血が滾って、震えが止まらないのだ。

 技と技の応酬、魂と魂の対話。

 それこそがプロレスの神髄であり、私がこの世界で生きる理由そのものだからだ。


 皇帝と皇后は、コロッセオを満たす五万人の民衆の熱狂と、下手に断れば再び火がつきかねない暴動の気配を敏感に察知していた。

 大衆迎合主義と独裁の絶妙なバランスの上に成り立つロマニアの政治において、民の「推し」の声を無視することは、皇帝といえども自殺行為に等しい。


「よかろう。

 フラウィア・マリアの要求を聞き入れ、ヒパティウスの処刑は『花の戦争』の結末まで保留とする!」


 皇帝の厳かな宣言とともに、近衛兵たちが槍を引き、ヒパティウス様は再び地下の牢獄へと連行されていく。

 去り際、彼は私を心配そうに見つめていたけれど、私は最高の笑顔でサムズアップを送った。


 待っていてください、ヒパティウス様。


 この私が、絶対にあの最高峰のベルトを引っ提げて、あなたを救い出してみせますから!


 テオドラ様は私の姿をじっと見つめながら、最後にくすりと笑った。


「楽しみにしているわ、マリア。

 貴女のその美しい肉体と魂が、絶望の淵でどのように砕け散るかをね」


 これにて、最悪の処刑劇は、帝国の歴史上もっとも熱くエモーショナルな「異世界女子プロレス抗争」へと、完全に塗り替えられたのだ。

 マリアの、そしてサーカス「祝祭フェストゥム」の命懸けの戦いが、今ここに始まろうとしていた。


【次回予告】

 婚約者の命を繋いだものの、我がサーカス「祝祭フェストゥム」の足並みはバラバラだった。

バンバやアバンダンティアら実力派レスラーたちは、「お嬢様に地獄の技の応酬に耐える資質があるのか」と冷ややかな目を向ける。

マリアは再び立ち上がるため、デーメーテールの鬼指導のもと、汗と涙にまみれた地獄の猛特訓を開始する。


次回、第四章 第三話「グラディアトリクスのマリア」


響き渡る喝采と、忍び寄る罵声。

孤独なリングで舞う彼女は、誰よりも気高く、そして誰よりも愛に飢えていた。

真実のゴングまで、あと……


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