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第四章 第一話 貴族代理戦争「花の戦争」

【前回までのあらすじ】

ニカの乱の後、絶対的独裁社会となったロマニア。

マリアは、敵の最凶ヒールユニットである皇帝夫妻のチェス盤をひっくり返すため、自身が女子プロレスのリングに上がり、最高峰の年間王者ベルトを奪取することを誓う!


 

 地中海の熱い風と、満員の観客が放つむせ返るような熱気と混ざり合い、巨大な石造りの競技場「コスモロジーコロッセオ」の空気を文字通り沸騰させていた。

 収容人数は、実に五万人。

 前世で聖地後楽園ホールや日本武道館、東京ドームにまで日参していた筋金入りの「プ女子」であり、新人レスラー時代に不慮の事故で命を落とした私、フラウィア・マリアにとって、この光景は胸が震えるほどに馴染み深く、そして圧倒的だった。


 見上げてごらん、この完璧なすり鉢状の客席を。


 頭上を覆う巨大な天幕が容赦のない日差しを遮り、すり鉢の底、もっとも神聖な中心地に鎮座するは、我が魂の結晶「黄金の四角いジャングル」、特製の闘技リングだ。

 私の前世のオタク知識とレスラー経験をすべて注ぎ込んでプロデュースした「ルクタ・フェミナ」は、今や最高峰のエンターテインメントとして大観衆を狂乱させている。

 場内には、市場の移動屋台から漂う「街角の焼き魚」や、香ばしい「セミティ」の胡麻の匂い、さらには万能魚醤「ガルム」の香りが混ざり合い、お祭りのような興奮を煽っている。


 だが、今日の興行はいつもと意味合いがまったく異なっていた……

 色とりどりの派閥の旗がはためく貴族席を見渡せば、そこには帝国の最高権力者たちが、独自の軍団――現代で言うところの「プロレスのユニット(サーカス)」を率いて一堂に会しているのだ。

 私のプ女子センサーが、客席の配置を見ただけで危険信号を激しく乱打する。

 まず中央の特等席に陣取るのは、新興勢力派閥の筆頭たる皇后テオドラ様の陣営だ。

 彼女が抱えるサーカスは、まさに業界を揺るがす巨大多国籍軍。

 美を至高とする華やかな正統派ヒロイン軍団「プルクリトゥード」。

 変幻自在の空中殺法や奇策を弄するクリエイター集団「アルス」。

 そして、黒い装束に身を包み、相手を冷酷無比に破壊することだけを目的とした最凶のヒール軍団「モルス」。

 この三本の矢で、ロマニアのリングを完全支配せんとする王者の構えだ。

 その隣には、去勢奴隷という過酷な境遇から卓越した実務能力で最高司令官にまで上り詰めた将軍ナルセス。

 彼が統べる「ユースティティア」は、一糸乱れぬ関節技と格闘技的説得力を誇る、ゴツゴツとしたストロングスタイル派閥。

 さらに、皇帝の母ウィギランティア様が率いる「カオス」は、反則上等、場外乱闘大歓迎の暴走大怪獣集団。

 一族のプレイェクタ様が率いる「ティモル」は、相手の精神を恐怖でへし折るダークヒーロー的なアンチヒーロー軍団。

 もう一人の親族コミト様が率いる「マルム」にいたっては、既存のルールをあざ笑う絶対的な悪役ユニットとして、おどろおどろしいオーラを放っている。

 これら新興勢力のきらびやかで禍々しい軍勢に対し、反対側の貴族席にぽつんと、しかし気高く陣取るのが、我が伝統的名門派閥だ。

 本来であれば、最大の支援者であるアニキア・ユリアナ様が凛として座っているはずなのだが、あいにく今は病床に伏せっている。

 その代理として、娘のガラ様が、若くして「祝祭フェストゥム」の旗を掲げて席についていた。

 この「祝祭フェストゥム」こそが、私マリアが立ち上げ、手塩にかけて育ててきた、不屈の精神と泥臭い成長物語ナラティブを武器にするサーカスなのだ。

 だが、ニカの乱で私の家は財産の大半が没収され、「祝祭フェストゥム」も奪われていた……

 既に伝統的名門派閥は瓦解し、サーカスとして参加できたのはガラ様が率いる「祝祭フェストゥム」だけだった……


 突如、ジャジャーンとコロッセオの石壁を震わせるファンファーレが鳴り響いた。

 実況席では、言葉の魔術師の異名を持つ天才アナウンサー・マルコが、早くも喉を限界まで震わせてまくしたてている。


「さあ時計の針は戻らない!

 泣く子も黙るロマニアの首領が今、姿を現した!

 紫衣は最高の死に装束か、それとも絶対王者の証明か!」


 現れたのは、ミューレックス貝から抽出された、皇帝一族にしか着用が許されない禁色「帝国の紫」の美しい絹をまとった皇后テオドラ様だ。

 彼女がリングを見下ろす大演壇に立つと、五万人の大観衆から地鳴りのような大歓声が巻き起こった。


「これより、我がロマニア帝国の命運を賭けた新たな闘い――

『花の戦争』の開催をここに宣言する!」


 テオドラ様の声が、魔道具のスピーカーを通じて音響爆弾のように轟いた瞬間、コロッセオの熱気は爆発した。

 テオドラ様は冷徹な瞳で客席を見回し、その妖艶な唇を歪めて「花の戦争」のルールを説明し始めた。


「この闘いは、単なる娯楽ではない!

 貴族たちの名誉、階級、そして領土や財産など全てを賭けて戦う『貴族代理戦争』である!

 勝者には無限の富と権力を、敗者には容赦のない没落を与える下剋上システムだ!」


 その言葉に、観客席から大きなどよめきが沸き起こる。

 しかし、前世から数々の団体抗争劇を見てきた私の目は誤魔化せない。

 これ、完全にプロレスの「団体抗争によるプッシュの奪い合い」じゃない!

 勝敗だけで全てが決まる無機質な格闘技とは違い、大衆のハートをどれだけ掴んだか、どれだけ「推し」の人気投票ポイントを獲得し、興行的に成功を収めたかが評価される、独自のポイント制。

 つまり、単に強く美しいだけではダメで、観客を熱狂させるマイクパフォーマンスや、どれだけボロボロになっても立ち上がるエモーショナルなドラマ(物語性)が必要不可欠なのだ。

 ベースとなっているのは、まさに私が普及させた「ルクタ・フェミナ」。

 肉体闘技の原点であるパンクラチオンに、前世の女子プロレス的勝敗決着を高度に融合させたシステムだ。

 戦うのは、プラーナで変化する装具「ソーラ・シュリンガル」を身にまとった女性闘士「グラディアトリクス」たち。

 試合形式は一対一のシングルマッチのみならず、流れるようなタッチワークが命のタッグマッチ、さらにはバトルロイヤルまで多岐にわたる。

 しかも、グラディアトリクスはオーナーである貴族の所属を「移籍」することすらできるという、フリーエージェント制まで導入されている。

 リングサイドを見れば、皇帝直轄の養成機関から派遣されたレフェリーたちが、ピシッと一本筋の通った制服姿で佇んでいる。

 時には厳格に試合を裁き、時にはヒールの極悪非道な反則を(絶妙なタイミングで)見落として会場のヘイトを集める悪徳レフェリーのテイストを持つクィンや、どんな激しい攻防でもカウントを正確に叩きつける鉄人レフェリー・バルの姿が見える。


 試合の決着は、プロレスの古典的様式美そのもの。

 肩をマットにスリーカウント押し付ける「フォール勝ち」。

 意識を飛ばす「ノックアウト(KO)」。

 四肢を極めてタップを奪う「ギブアップ」。

 リングの外へ20カウント以上弾き出す「リングアウト」。

 そして、度重なる反則行為による「反則負け」。


 この「花の戦争」での敗北は、ブルーブラッドの息の根を完全に止めることになるだろう……

 しかし、テオドラ様の冷酷な本領はここからだった。


「そして!」


 と彼女は声を一段と張り上げ、演壇から不敵な笑みを投げかけた。


「この『花の戦争』の華々しい開幕を記念し、先日の『ニカの乱』で帝国を揺るがした大罪人――

 ヒパティウスとポムペイウスの死刑を、この場で執行する!」


 ギィィィ……と重苦しい音を立てて、リングの中央に設置された落とし穴から、太い鎖に繋がれた二人の男性が引き揚げられてきた。

 私の心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ね上がる。

 そこにいたのは、私の最愛のフィアンセ、ヒパティウス様だった。

 彼は何の野心もない、ただ優しくて誠実な名門貴族。

 それなのに、重税に怒り狂った民衆の暴動に巻き込まれ、無理やり皇帝の神輿に担ぎ上げられたせいで、反逆者として処刑されようとしているのだ。


「処刑せよ!」


「裏切り者に死を!」


 独裁者の完璧な演出に踊らされた観衆が、狂ったような歓声を上げて拳を突き出す。


【次回予告】

近衛兵の槍に囲まれながら、マリアは玉座のテオドラ皇后を真っ直ぐに見据える。

愛する人の命を救うため、自身がグラディアトリクスとして参戦し、サーカス「祝祭」とともに戦い、勝利することを条件に、決死の助命嘆願をぶつける。

絶対的独裁者の冷徹な瞳が、マリアの覚悟を品定めするように細められた……


次回、第四章 第二話「皇后テオドラとの対峙」


純白のドレスか、漆黒の装束か。

泥濘の中で輝くダイヤモンドの如き魂が、逃れられぬ宿命を切り裂いていく。

輝きのゴングまで、あと……


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