第77話 できること
ここはレイアノーティア。
正解が揺らぐと、人は立ち尽くす。
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古竜王ドラグノフの影は、まだ空を巡っていた。
焼けた街区。
崩れた家屋。
煙と灰。
勇者パーティは一度、戦線を離脱している。
補給と再編。
合理的な判断だった。
だが――
その間にも、被害は広がっていく。
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瓦礫の隙間で、小さな子どもが泣いていた。
母親は動かない。
遠くで炎が上がる。
誰もが空を見ている。
次はどこに落ちるのか。
誰が助けてくれるのか。
勇者は、まだ戻ってくるのか。
その答えを待つように、街は息を止めていた。
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トンヌラは立っていた。
拳を握ったまま。
(調整)
(許容内)
(均衡維持)
エヴァンの言葉が、頭から離れない。
怒りが胸の奥で燻っている。
だが、怒りだけでは瓦礫は動かない。
怒りだけでは、泣いている子どもを逃がせない。
怒りだけでは、街は守れない。
分かっている。
それが、余計に腹立たしかった。
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「……団長」
声の方へ振り向く。
フィーが立っていた。
煤で汚れた頬。
震える指。
それでも、目だけはまっすぐだった。
「来てくれたんだね」
その声と一緒に、涙が落ちた。
トンヌラは一瞬、言葉を失う。
「……来るさ」
それだけだった。
それ以上、格好のいい言葉は出てこなかった。
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フィーが一歩近づく。
「勇者様は強い」
声は震えている。
「でも、今は足りない」
フィーは焼けた街を見た。
倒れた人。
逃げ遅れた人。
呼吸だけが残っている人。
「私たちに、できることがあります」
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クラウスが周囲を確認する。
「南区画、避難経路が未整理です」
視線が素早く動く。
「瓦礫が通路を塞いでいます。あのままでは、人の流れが滞ります」
フィーが言う。
「人を集めて、動ける人は誘導してください。怪我人は、私が見る」
トンヌラは空を見上げた。
ドラグノフが旋回している。
勇者の光は、遠い。
(間違っている)
(この構造は、間違っている)
だが。
今ここで叫んでも、変わらない。
世界に怒鳴っても、倒れた人間は立ち上がらない。
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「……そうだな」
トンヌラは小さく息を吐いた。
「今できることをやる」
フィーの目が、少しだけ強くなる。
クラウスが静かに頷く。
ぽめが足元で鳴いた。
「……くぁ」
いつも通りだった。
この状況で、あまりにもいつも通りだった。
だから、不思議と呼吸が戻った。
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トンヌラは声を張る。
「聞け!」
驚きで、人々が振り向いた。
泣いていた子ども。
座り込んでいた商人。
何をすればいいか分からず、空を見上げていた兵士。
その視線が集まる。
「南区画へ移動しろ!」
「この通りは崩れる! 北側の路地を通れ!」
「怪我人はフィーのところへ!」
一瞬、誰も動かなかった。
当然だ。
彼は勇者ではない。
兵士でもない。
王国の命令権を持っているわけでもない。
ただの、妙に声の大きい冒険者だった。
「……勇者様は?」
誰かが言った。
縋るような声だった。
トンヌラは答える。
「勇者は竜を止める!」
その声に、空気がわずかに震える。
「俺たちは、街を守る!」
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沈黙。
だが、次の瞬間。
一人の男が、子どもを抱えて動き出した。
それにつられて、別の女が立つ。
兵士が瓦礫へ駆け寄る。
商人が荷車を押し、道を開ける。
役割ではない。
命令でもない。
選択だった。
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クラウスが指を伸ばす。
「そこの柱は、まだ抜かないでください」
男たちが動きを止める。
「先に右の瓦礫をどかす。支えを残したまま、人だけを通します」
淡々とした声だった。
だが、その正確さが人を動かす。
トンヌラが柱に手をかける。
重い。
当然だ。
英雄ではない。
怪力でもない。
ただの人間の腕だ。
それでも、押す。
「今だ、通れ!」
人が抜ける。
クラウスが崩落の流れを読み、最低限の場所だけを繋ぐ。
フィーは瓦礫のそばに膝をついた。
命の波を読む。
乱れた呼吸を整える。
止まりかけた鼓動を戻す。
恐怖で固まった身体に、ゆっくりと声をかける。
「大丈夫」
何度も。
何度も。
「まだ、戻れます」
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トンヌラは瓦礫を押しながら、ふと口元を歪めた。
(初めて、何かしてる気がするな)
馬鹿みたいな感想だった。
けれど、少しだけ笑えた。
強くなったわけではない。
竜を倒せるわけでもない。
世界を変えられるわけでもない。
ただ、目の前の瓦礫を押している。
泣いている子どもを通すために。
逃げ遅れた人間が、まだ歩けるように。
今は、それでよかった。
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遠くから、勇者パーティの一員――バル・サンの視線が向いた。
冷たく、評価する目。
「……非効率」
小さく呟く。
レオンが低く返した。
「放っておけ。戦線を乱さなければ問題ない」
サトウは何も言わない。
だが、その目がわずかに曇った。
彼らは間違っていない。
勇者パーティが竜を止める。
街の中心から離す。
大きな被害を抑える。
それが正解だ。
だが、正解が前へ進んだあとには、取り残されるものがある。
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「……邪魔者だ」
誰かが小さく呟いた。
勇者の足を引く存在。
勝手に動く冒険者。
その言葉は、確実にトンヌラの耳に届いた。
だが、今は振り向かなかった。
反論する時間があれば、次の一人を逃がす。
それだけだ。
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(ガルドがいれば)
ふと、赤い背中が脳裏をよぎる。
立っているだけで守れる力。
誰かの前に立ち、崩れるものを受け止める強さ。
今ここにあれば、どれだけ助かるか。
だが、いない。
いない者の力を数えても、今いる人間は救えない。
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フィーが、瓦礫の下の少年を抱き上げた。
「まだ助かる」
涙を流しながら、笑っていた。
その顔を見て、トンヌラの中の怒りが少しだけ形を変える。
破壊ではなく。
守る方向へ。
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「……街を守るぞ」
低く。
だが、はっきりと言った。
クラウスが静かに続ける。
「構造に逆らうのではなく」
口元がゆっくり上がる。
「構造の隙間を縫う」
トンヌラは小さく笑う。
「いずれ壊す」
空を見上げる。
遠くに、あの塔がある気がした。
「だが今は、支える」
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空で再び、咆哮。
炎が落ちる。
だが今度は、人々が動いた。
走る。
避ける。
支える。
声をかけ合う。
混乱が、少しずつ秩序に変わっていく。
それは勇者の光ではなかった。
ただ、誰かが声を出し、誰かが選び、誰かが手を伸ばしただけだ。
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ここはレイアノーティア。
正解が竜を止めるなら。
別解は、街を守る。
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第77話 了




