表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第7章 正しき正解の外側

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/113

第73話 余計なこと

 ここはレイアノーティア。

 正解が提示されると、別解は煙たがられる。


 悪意があるわけではない。

 誰かを傷つけたいわけでもない。


 ただ、すでに頼れるものがあるなら、

 それ以外は少しだけ、余計に見える。



 アークレイド近郊。


 ギルドの掲示板に残っていたのは、商人の護衛依頼だった。


 討伐ではない。

 魔物退治でもない。


 中規模商会の荷馬車を、隣町まで送るだけの依頼。


 以前なら、駆け出し冒険者が取り合うような内容だった。

 だが今は、掲示板の隅で、何日も貼られたままになっていたらしい。


「こういう依頼、今は受ける人が少ないんです」


 受付嬢は困ったように笑った。


「危険な討伐依頼が減ったぶん、冒険者そのものも減ってしまって」


「冒険者が減ると、護衛も減るわけか」


 トンヌラが言う。


「はい。勇者様のおかげで街道はかなり安全になりましたけど、商人さんたちにとっては、やっぱり誰かがついてくれる方が安心なので」


 勇者が大きな危険を取り除く。

 街道は安全になる。

 危険が減れば、冒険者の仕事も減る。


 それでも、完全に誰もいらなくなるわけではない。


 残った隙間を、誰かが埋める。


 クラウスは掲示板を見上げながら言った。


「では、受けましょう」


 トンヌラは横目で見る。


「いいのか」


「ええ。今はこういう仕事の方が見えます」


「何がだ」


「正解の外側です」


 そう言って、クラウスは依頼票を剥がした。


 ぽめは足元で丸くなっていた。


「……くぁ」


「お前も来るのか」


 返事はない。


 来る気だけは、なぜかあるらしい。



 依頼主は、ふくよかな商人だった。


 年の頃は四十前後。

 よく笑う男で、荷馬車の数は三台。


 積み荷は布地と簡単な薬草類や、ドライフルーツなどの日用品だった。


「いやあ、助かります」


 商人は何度も頭を下げた。


「最近は冒険者も減りましてね。こういう簡単な護衛依頼でも、なかなか受けてくれる方がいないんですよ」


「簡単なのか」


 トンヌラが聞く。


「ええ、まあ」


 商人は照れたように笑った。


「勇者様が大きな魔物を掃討してくれていますから。正直、何かあるとはあまり思っていません」


 悪気はなかった。


「でも、荷を運ぶ側としては、やっぱり誰かいてくれた方が安心ですからね」


「保険ですね」


 クラウスが言う。


「そうですそうです。まさに保険です」


 商人は明るく頷いた。


 トンヌラは何も言わなかった。


 保険。


 それは必要なものだ。

 ただし、何も起きなければ、必要だったことは忘れられる。



 街道は静かだった。


 空は薄く曇っている。

 風は弱い。

 荷馬車の車輪が、乾いた土を踏む音だけが続く。


 魔物の気配は、ほとんどない。


 少なくとも、商人たちにはそう見えているはずだった。


 だがクラウスは、何度か足を止めた。


「この先の橋は避けましょう」


 商人が目を丸くする。


「え? 橋ですか? あそこを通るのが一番早いんですが」


「今日は落ちます」


「落ちる?」


「正確には、落ちかけている」


 クラウスは淡々と言った。


「荷馬車三台が連続して渡れば、二台目の後輪で崩れるでしょう」


 商人は半信半疑の顔をしたが、結局は迂回した。


 少し遠回りになった。


 だが、丘を越えたところで、遠くの橋から鈍い音が響いた。


 木材が折れ、片側の欄干が崩れる。


 商人の顔色が変わった。


「……本当に落ちた」


「落ちかけていたものが、落ちただけです」


 クラウスは平然と言う。


 トンヌラは橋の方を見た。


 何かを倒したわけではない。

 何かと戦ったわけでもない。


 ただ、危うい場所を避けた。


 それだけだった。



 次にクラウスは、休憩の時間をずらした。


「この先の木陰では止まらない方がいい」


「どうしてです?」


「蜂がいます」


「蜂?」


「大きいです」


 商人たちは顔を見合わせる。


 結局、少し手前の岩場で休むことになった。


 しばらくして、先ほど止まる予定だった木陰のあたりから、低い羽音が聞こえた。


 黒い群れが、木々の間を流れていく。


 商人のひとりが青ざめる。


「あんなのに刺されたら、馬が暴れますよ」


「荷も崩れますね」


 クラウスは紅茶でも飲むように、さわやかな声で言った。


 トンヌラは、ぽめを見る。


 ぽめは寝ていた。


「……危機感がないな」


「……すぴ」


 危機が来ていないのだから、当然だと言いたげだった。



 最後にクラウスは、荷馬車の順番を入れ替えた。


「薬草の荷を二台目へ。ドライフルーツを先頭へ」


「何か意味があるんですか?」


 商人が尋ねる。


「あります」


「どういう?」


「匂いです」


 クラウスは短く答えた。


 それ以上は説明しない。


 商人は首を傾げながらも従った。


 しばらく進むと、街道脇の茂みが一度だけ揺れた。


 何かがいた。


 小型の魔物か、獣か。

 姿は見えなかった。


 だが、先頭のドライフルーツの匂いに気を取られたのか、こちらへは近づいてこなかった。


 茂みの音は、すぐ遠ざかっていく。


「……今の、何です?」


 商人の声が震える。


「確認する必要はありません」


 クラウスが答える。


「通り過ぎました」


 トンヌラは、茂みを見ていた。


 何も起こらなかった。


 だが、何も起こらなかったのは、何かが最初からなかったからではない。


 起きる前に、少しずつずらしたからだ。


 橋。

 休憩。

 荷の順番。


 ほんの小さな違いが、結果を変えている。


 それは戦いではない。


 ただ、無事に目的地へ着くための調整だった。



 依頼は、拍子抜けするほど静かに終わった。


 魔物は出なかった。

 荷車は壊れなかった。

 商人たちの誰一人として、怪我をしなかった。


 隣町の門が見えたところで、依頼主の商人は大きく息を吐いた。


「いやあ、助かりました」


 心からの声だった。


「最近は冒険者も減ったので、こんな簡単な依頼も受けてくれる人が少ないんですよ」


 商人は荷馬車を振り返る。


「しかしすごいですね。本当に何も遭遇しなかった」


 トンヌラは何も答えなかった。


 何も遭遇しなかった。


 その通りだった。


 何かが起きる前に、クラウスがずらした。

 危うい場所を避けた。

 悪い流れが重なる前に、荷車の位置を変えた。


 だから、何も起きなかった。


 けれど、何も起きなかった仕事は、何をしたのかが見えにくい。


 クラウスが、いつもの調子で薄く笑う。


「フィーさんがいれば、もっとうまくやりますよ」


 それから、わざとらしくトンヌラを見る。


「ねえ、団長」


「団長ではない」


 反射のように返す。


 商人は笑った。


「ああ、フィーさん。噂は聞いています。獣や魔物の気配にすごく鋭い方だとか」


「ええ」


 クラウスは頷く。


「彼女なら、我々よりずっと早く異変に気づくでしょう」


「それは頼もしい」


 商人は感心したように頷いたあと、少し照れたように笑う。


「まあ、勇者様がいてくれるから、何もないとは思ってますが」


 その言葉は、あまりにも自然だった。


 信頼。

 安心。

 そして、少しの油断。


 悪意はない。


 商人は本気でそう思っているだけだった。


「勇者様が大きな魔物を片付けてくれている。だから、私たちはこうして商売を続けられる」


 商人は荷車を見やる。


「ありがたい時代ですよ」


 トンヌラは、その言葉を否定しなかった。


 実際、ありがたいのだろう。


 魔物が減る。

 道が安全になる。

 商人が荷を運べる。

 街に物が届く。

 人が安心して暮らせる。


 それは正しい。


 クラウスだけが、ほんの少し目を細めていた。


「そうですね」


 静かに答える。


「勇者がいる。だから、何も起こらない」


 その言い方に、トンヌラはわずかに引っかかった。


 何も起こらないことは、良いことだ。


 だが、何も起こらないように誰かが何かをずらしていたとしても、それは見えない。


 見えないものは、なかったことにされる。


 トンヌラは荷車の轍を見下ろした。


 そこには、ただ平和に通り過ぎた跡だけが残っていた。



 報告を終えた帰り道。


 空は夕方の色に傾いていた。


 ぽめは、相変わらず丸く歩いている。

 どういう仕組みで歩いているのかは分からない。


 トンヌラは、しばらく黙っていた。


「余計なこと、か」


 ぽつりと呟く。


 クラウスが横を見る。


「まだ言われていませんよ」


「そのうち言われる気がした」


「勘が良くなりましたね」


「嫌な褒め方だ」


 クラウスは薄く笑う。


「勇者が“中央処理”を担う世界で、局所の違和感を拾う仕事は見えにくい」


「見えない仕事は、評価されにくい」


「そして評価されないものは、やがて余計なものに見えてくる」


 トンヌラは答えなかった。


 確かに、今日の依頼は無事に終わった。


 だが、誰の記憶に残るのか。


 商人は、勇者がいるから安全だと思うだろう。

 フィーがいればもっと頼もしいとも思うだろう。

 クラウスが何をずらしたかも、すぐに薄れていくだろう。


 そして自分は、やはり何もしていないように見える。


「あなたは、ノイズです」


 クラウスが言った。


 静かな声だった。


「正解が提示された世界において、あなたは分かりにくい」


「誰かを倒すわけでもない」

「誰かを癒やすわけでもない」

「誰かの前に立って守るわけでもない」


 トンヌラは鼻で笑う。


「ひどい言い方だな」


「事実です」


「褒めてるのか」


「まあ少しだけ」


 ぽめが、足元で小さく鳴いた。


「くぁ」


 トンヌラは空を見る。


 勇者という正解がある。

 人々はそれを信じている。

 それで救われている者も、間違いなくいる。


 ならば、その外側に立つ者は何をすればいい。


 調停機構に歪められた個の可能性を、その者自身の形へ返す。


 山で掴みかけた言葉が、胸の奥に残っている。


 だが、それはまだ誰にも見えない。


 見えないものは、簡単に余計なものになる。



 ここはレイアノーティア。


 正解が提示された世界で、

 別解は、すぐには理解されない。


 たとえそれが、

 誰かが本来持っていた可能性へ続く道だったとしても。



 第73話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ