第71話 立っている理由
ここはレイアノーティア。
守る者は、縛られる。
誰かの前に立つことは、美しい。
誰かを守ることは、正しい。
けれど正しさは、ときどき鎖になる。
守れてしまう者ほど、そこから動けなくなる。
必要とされる者ほど、必要とされる場所に縛られていく。
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アンタイトルの門前には、赤い気配が薄く漂っていた。
城門は補修されている。
新しい石と古い石が混ざり、傷を隠しきれないまま、それでも街として立っている。
その前に、ガルドがいた。
盾を持ち、足を開き、ただ立っている。
槍を振るうわけでもない。
叫ぶわけでもない。
魔物へ向かって踏み込むわけでもない。
ただ、立つ。
だが、門の外へ近づこうとした小型の魔物が、見えない壁に触れたように弾けた。
遅れて、赤い残光が走る。
それは剣の形をしているようにも見えた。
糸の束のようにも見えた。
まだ形は荒い。
だが、確かに効いている。
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トンヌラは数歩手前で止まった。
クラウスも、ぽめも止まる。
周囲の視線が、ゆっくりこちらへ向いた。
「……あれ」
門番のひとりが小声で言う。
「まだ冒険者いたんだ」
別の声が続く。
「勇者がいれば十分だろ」
「赤い守護者もいるしな」
悪意はない。
ただ、区分しているだけだ。
必要なもの。
必要ではないもの。
守る者。
見ているだけの者。
その線引きが、あまりにも自然に街の中へ溶け込んでいた。
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ガルドが、こちらを見た。
一瞬、目が大きく開く。
「……団長」
声が震えた。
その一言で、周囲の視線が変わる。
「あいつの知り合いか?」
「赤い守護者の仲間?」
「まだいたのか、仲間」
ざわめきが広がる。
ガルドは一歩、こちらへ動きかけた。
だが、すぐに止まる。
門の外で、また小さな魔物が弾かれた。
赤い因果が、背中でわずかに脈打つ。
ガルドは歯を食いしばり、足を元の位置へ戻した。
「……戻ったんですね」
トンヌラは腕を組まなかった。
ただ、立つ。
「半年だ」
「はい」
ガルドの口元が、ほんのわずかに緩んだ。
だが、すぐに引き締まる。
「すみません」
「何がだ」
「今、動けません」
即答だった。
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ガルドは門の外へ視線を向けた。
「勇者が遠征中です」
「北方の魔窟に向かっています」
「その間、この地区の魔物発生率が上がるんです」
クラウスの瞳が細まる。
「……上がる?」
ガルドは小さく頷いた。
「勇者がいない時だけ、増えます」
沈黙。
風が、門の間を抜ける。
「偶然か?」
トンヌラが聞いた。
ガルドは少しだけ目を伏せる。
「最初は、そう思いました」
「ですが、三度続きました」
赤が、微かに揺れる。
「俺がここを離れると、侵入率が跳ねる」
「俺が立つと、下がる」
門の外で、また空気が歪んだ。
小型の魔物が飛びかかる。
ガルドは動かない。
だが、魔物は門へ届かない。
赤い膜のようなものに触れ、弾き返され、地面へ転がった。
「だから」
ガルドは、真っ直ぐトンヌラを見る。
「今は、ここを離れられません」
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周囲の冒険者たちが、小さく囁く。
「赤い守護者は責任感あるな」
「勇者いない時の保険みたいなもんだ」
「ちゃんと役目わかってる」
役目。
その言葉が、トンヌラの胸をわずかに軋ませた。
ガルドは、少しだけ声を落とす。
「正直に嬉しいです。帰ってきてくれて」
だが、その直後。
「でも、今は俺の場所がここなんです」
赤が、わずかに濃くなる。
制御できていない。
完全に扱えているわけでもない。
それでも、逃げてはいない。
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クラウスが静かに言った。
「……縛られていますね」
ガルドは否定しなかった。
「かもしれません。でも」
視線は逸らさない。
「守れている実感はあります」
門の内側。
子どもが走っている。
商人が荷を運んでいる。
老婆が店先で野菜を並べている。
人々は、不安を抱えながらも生活している。
その背後に、ガルドが立っている。
それは確かに成果だった。
誰かが安心して歩ける理由。
誰かが店を開けられる理由。
誰かが今日を続けられる理由。
それを否定することは、トンヌラにはできなかった。
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トンヌラは、ゆっくり息を吐く。
「勇者がいないと困る。お前がいないと困る」
一瞬の沈黙。
「都合が良すぎるな」
ガルドの眉が、わずかに動いた。
クラウスが補足する。
「調整の匂いがします」
「勇者という中心を保つための、補助的均衡」
「勇者が不在の間、不安を広げすぎず、かといって完全には安定させない」
「そのために、あなたが使われている可能性が高い」
ガルドは短く息を吸った。
「俺が、使われてるってことですか」
「可能性は高いです」
クラウスの声は淡々としている。
優しくはない。
だが、嘘を混ぜない声だった。
ガルドは、少しだけ笑った。
「それでも、守れているなら」
トンヌラの目が、鋭くなる。
「それでいいのか」
沈黙。
赤が、ゆっくり脈打つ。
ガルドは、しばらく答えなかった。
門の外では、また魔物の影が揺れている。
門の内側では、人々がこちらを見ている。
期待。
安心。
依存。
そのすべてが、ガルドの背中へ乗っていた。
やがて、ガルドは答えた。
「今は」
その言葉は、迷いではなかった。
覚悟でもなかった。
途中だった。
まだ完成していない。
まだ答えになっていない。
それでも今の自分が立つ理由としては、十分すぎるほど重いものだった。
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トンヌラは、一歩だけ近づいた。
だが、それ以上は踏み込まない。
ガルドの山は、ガルドが越えるしかない。
それを、トンヌラはもう知っている。
「わかった」
短く言う。
ガルドは視線を上げる。
「終わらせに行く」
「どこへ」
「勇者のいる場所だ」
空気が、わずかに張った。
クラウスが静かに頷く。
「構造の中心を見に行く、ということですね」
まだ何も分かっていない。
勇者が何を背負っているのかも。
調停機構がどこまで仕組んでいるのかも。
この世界が、何を守ろうとしているのかも。
だが、確かめるべき場所は見えた。
必要とされる者。
役目に縛られる者。
そして、その外に置かれる者。
その三つが交わる場所へ行かなければ、きっと何も見えない。
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トンヌラは背を向ける。
「お前は立っていろ」
ガルドの声が、背中に届いた。
「……必ず戻ってきてください」
トンヌラは振り向かない。
「戻る」
門の外で、また魔物が弾かれる。
赤が揺れる。
その赤は、まだ不安定だった。
だが、消えてはいない。
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歩き出す直前、トンヌラは一度だけ立ち止まった。
「ガルド」
「はい」
「受けたものを、全部自分だけで抱えるな」
ガルドの目が、わずかに揺れた。
トンヌラは続ける。
「それは、お前だけの戒めじゃない」
「……はい」
ガルドは短く答える。
まだ意味をすべて掴んだ顔ではなかった。
だが、言葉は届いた。
それで今は十分だった。
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ここはレイアノーティア。
守る者は、称えられる。
だが――
守る者もまた、構造に組み込まれる。
トンヌラとクラウス、そしてぽめは再び歩き出す。
向かう先は、勇者の影。
必要とされる者の中心へ。
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第71話 了




