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ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第7章 正しき正解の外側

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第71話 立っている理由

 ここはレイアノーティア。

 守る者は、縛られる。


 誰かの前に立つことは、美しい。

 誰かを守ることは、正しい。


 けれど正しさは、ときどき鎖になる。


 守れてしまう者ほど、そこから動けなくなる。

 必要とされる者ほど、必要とされる場所に縛られていく。



 アンタイトルの門前には、赤い気配が薄く漂っていた。


 城門は補修されている。

 新しい石と古い石が混ざり、傷を隠しきれないまま、それでも街として立っている。


 その前に、ガルドがいた。


 盾を持ち、足を開き、ただ立っている。


 槍を振るうわけでもない。

 叫ぶわけでもない。

 魔物へ向かって踏み込むわけでもない。


 ただ、立つ。


 だが、門の外へ近づこうとした小型の魔物が、見えない壁に触れたように弾けた。


 遅れて、赤い残光が走る。


 それは剣の形をしているようにも見えた。

 糸の束のようにも見えた。

 まだ形は荒い。


 だが、確かに効いている。



 トンヌラは数歩手前で止まった。


 クラウスも、ぽめも止まる。


 周囲の視線が、ゆっくりこちらへ向いた。


「……あれ」


 門番のひとりが小声で言う。


「まだ冒険者いたんだ」


 別の声が続く。


「勇者がいれば十分だろ」


「赤い守護者もいるしな」


 悪意はない。


 ただ、区分しているだけだ。


 必要なもの。

 必要ではないもの。


 守る者。

 見ているだけの者。


 その線引きが、あまりにも自然に街の中へ溶け込んでいた。



 ガルドが、こちらを見た。


 一瞬、目が大きく開く。


「……団長」


 声が震えた。


 その一言で、周囲の視線が変わる。


「あいつの知り合いか?」


「赤い守護者の仲間?」


「まだいたのか、仲間」


 ざわめきが広がる。


 ガルドは一歩、こちらへ動きかけた。


 だが、すぐに止まる。


 門の外で、また小さな魔物が弾かれた。

 赤い因果が、背中でわずかに脈打つ。


 ガルドは歯を食いしばり、足を元の位置へ戻した。


「……戻ったんですね」


 トンヌラは腕を組まなかった。


 ただ、立つ。


「半年だ」


「はい」


 ガルドの口元が、ほんのわずかに緩んだ。

 だが、すぐに引き締まる。


「すみません」


「何がだ」


「今、動けません」


 即答だった。



 ガルドは門の外へ視線を向けた。


「勇者が遠征中です」


「北方の魔窟に向かっています」


「その間、この地区の魔物発生率が上がるんです」


 クラウスの瞳が細まる。


「……上がる?」


 ガルドは小さく頷いた。


「勇者がいない時だけ、増えます」


 沈黙。


 風が、門の間を抜ける。


「偶然か?」


 トンヌラが聞いた。


 ガルドは少しだけ目を伏せる。


「最初は、そう思いました」


「ですが、三度続きました」


 赤が、微かに揺れる。


「俺がここを離れると、侵入率が跳ねる」


「俺が立つと、下がる」


 門の外で、また空気が歪んだ。


 小型の魔物が飛びかかる。

 ガルドは動かない。


 だが、魔物は門へ届かない。


 赤い膜のようなものに触れ、弾き返され、地面へ転がった。


「だから」


 ガルドは、真っ直ぐトンヌラを見る。


「今は、ここを離れられません」



 周囲の冒険者たちが、小さく囁く。


「赤い守護者は責任感あるな」


「勇者いない時の保険みたいなもんだ」


「ちゃんと役目わかってる」


 役目。


 その言葉が、トンヌラの胸をわずかに軋ませた。


 ガルドは、少しだけ声を落とす。


「正直に嬉しいです。帰ってきてくれて」


 だが、その直後。


「でも、今は俺の場所がここなんです」


 赤が、わずかに濃くなる。


 制御できていない。

 完全に扱えているわけでもない。


 それでも、逃げてはいない。



 クラウスが静かに言った。


「……縛られていますね」


 ガルドは否定しなかった。


「かもしれません。でも」


 視線は逸らさない。


「守れている実感はあります」


 門の内側。


 子どもが走っている。

 商人が荷を運んでいる。

 老婆が店先で野菜を並べている。


 人々は、不安を抱えながらも生活している。


 その背後に、ガルドが立っている。


 それは確かに成果だった。


 誰かが安心して歩ける理由。

 誰かが店を開けられる理由。

 誰かが今日を続けられる理由。


 それを否定することは、トンヌラにはできなかった。



 トンヌラは、ゆっくり息を吐く。


「勇者がいないと困る。お前がいないと困る」


 一瞬の沈黙。


「都合が良すぎるな」


 ガルドの眉が、わずかに動いた。


 クラウスが補足する。


「調整の匂いがします」


「勇者という中心を保つための、補助的均衡」


「勇者が不在の間、不安を広げすぎず、かといって完全には安定させない」


「そのために、あなたが使われている可能性が高い」


 ガルドは短く息を吸った。


「俺が、使われてるってことですか」


「可能性は高いです」


 クラウスの声は淡々としている。


 優しくはない。

 だが、嘘を混ぜない声だった。


 ガルドは、少しだけ笑った。


「それでも、守れているなら」


 トンヌラの目が、鋭くなる。


「それでいいのか」


 沈黙。


 赤が、ゆっくり脈打つ。


 ガルドは、しばらく答えなかった。


 門の外では、また魔物の影が揺れている。

 門の内側では、人々がこちらを見ている。


 期待。

 安心。

 依存。


 そのすべてが、ガルドの背中へ乗っていた。


 やがて、ガルドは答えた。


「今は」


 その言葉は、迷いではなかった。


 覚悟でもなかった。


 途中だった。


 まだ完成していない。

 まだ答えになっていない。

 それでも今の自分が立つ理由としては、十分すぎるほど重いものだった。



 トンヌラは、一歩だけ近づいた。


 だが、それ以上は踏み込まない。


 ガルドの山は、ガルドが越えるしかない。

 それを、トンヌラはもう知っている。


「わかった」


 短く言う。


 ガルドは視線を上げる。


「終わらせに行く」


「どこへ」


「勇者のいる場所だ」


 空気が、わずかに張った。


 クラウスが静かに頷く。


「構造の中心を見に行く、ということですね」


 まだ何も分かっていない。

 勇者が何を背負っているのかも。

 調停機構がどこまで仕組んでいるのかも。

 この世界が、何を守ろうとしているのかも。


 だが、確かめるべき場所は見えた。


 必要とされる者。

 役目に縛られる者。

 そして、その外に置かれる者。


 その三つが交わる場所へ行かなければ、きっと何も見えない。



 トンヌラは背を向ける。


「お前は立っていろ」


 ガルドの声が、背中に届いた。


「……必ず戻ってきてください」


 トンヌラは振り向かない。


「戻る」


 門の外で、また魔物が弾かれる。


 赤が揺れる。


 その赤は、まだ不安定だった。

 だが、消えてはいない。



 歩き出す直前、トンヌラは一度だけ立ち止まった。


「ガルド」


「はい」


「受けたものを、全部自分だけで抱えるな」


 ガルドの目が、わずかに揺れた。


 トンヌラは続ける。


「それは、お前だけの戒めじゃない」


「……はい」


 ガルドは短く答える。


 まだ意味をすべて掴んだ顔ではなかった。

 だが、言葉は届いた。


 それで今は十分だった。



 ここはレイアノーティア。


 守る者は、称えられる。


 だが――

 守る者もまた、構造に組み込まれる。


 トンヌラとクラウス、そしてぽめは再び歩き出す。


 向かう先は、勇者の影。


 必要とされる者の中心へ。



 第71話 了

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