第70話 立っているだけの護衛
ここはレイアノーティア。
噂は、歩くよりも早い。
人は、目立つものから先に語る。
強いもの。
分かりやすく役に立つもの。
近くにいるだけで安心できるもの。
だから、ときどき噂は本質より先に正しくなる。
本人が何を抱えているかも知らないまま、「あれがいれば大丈夫だ」と形だけが先に広がっていく。
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アークレイドを出る朝は、少し曇っていた。
街門の外を、荷馬車がゆっくりと進んでいく。
商人は忙しそうに帳簿を見て、兵は以前より少ない緊張で周囲を見ていた。
整っている。
それが第一印象だった。
だが、その整い方が少しだけ気持ち悪い。
必要な場所に必要なものが置かれすぎている。
余白がないわけではない。
ただ、余白の使い方まで先に決められているような空気があった。
クラウスが隣を歩く。
「次はアンタイトルです」
トンヌラは頷いた。
「ガルドと、コムギと、フィー」
声に出すと、少しだけ現実味が増す。
「合流する」
即答だった。
迷いはない。
山を降りた以上、見るべきものは自分の目で見に行くしかない。
まずは、今もその場に立ち続けている者からだった。
ぽめは、いつも通り丸い。
歩いているのに、なぜか丸い。
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街道は穏やかだった。
魔物の気配は薄い。
以前なら、道端の茂みひとつにも警戒が走ったはずだ。
今は、商人たちの会話の方がずっと大きい。
勇者の影響は、確実に広がっている。
途中、荷を多く積んだ商人の一団とすれ違った。
「アンタイトルに向かうのかい?」
初老の男が、気安く声をかけてくる。
「最近は安全だぞ」
クラウスが軽く問い返す。
「勇者がいるからか?」
「いや」
男は笑った。
「立ってるだけの護衛がいるんだよ」
トンヌラの足が、ほんのわずかに止まる。
「立ってるだけ?」
「そうだ」
男は楽しそうに頷く。
「街門に立ってるだけで、魔物が寄らない」
「いや、正確には寄ってくるんだが」
「全部弾き返す」
別の商人が口を挟む。
「赤い剣だよ」
「でっかいのが見える時がある」
「振らなくても、いるだけで違うんだ」
トンヌラは何も言わない。
だが、口元がほんの少しだけ上がった。
男はさらに続ける。
「勇者ほど派手じゃない」
「でも、近くにいると安心する」
「名前は……確か、ガルドだったか」
静かな風が吹いた。
ぽめが小さく「くぁ」と鳴く。
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また歩き出す。
しばらく進むと、今度は若い冒険者が二人、道端に座って話していた。
「アンタイトル、今は面白いぞ」
「赤い守護者と勇者の二枚看板」
「贅沢な時代だよな」
もう一人が、気楽そうに笑う。
「それに最近、各地を回ってるバンドがいるらしい」
「派手な女で、魔物も揺らすとか」
クラウスが視線を横へ流した。
トンヌラも、同じタイミングでそちらを見る。
「名前は?」
「ミラ、だったかな」
「ライブやると、その周辺の空気が変わるって」
「勇者とは違うけど、なんか熱いらしい」
トンヌラは一瞬だけ空を見た。
(あいつらしい)
派手で。
うるさくて。
腹が立つくらい、自分の拍で立つやつだ。
「会うか?」
クラウスが問う。
「いずれ」
即答だった。
「今はガルドだ」
ぽめが、ぴょこんと一歩だけ跳ねた。
珍しい。
だが、すぐにまた丸く戻る。
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アンタイトルが近づくにつれ、空気が変わった。
城壁は新しい。
補修の跡が多い。
石の色がまだ揃っていない場所もある。
ここはアークレイドの隣接地区。
守られてはいる。
だが同時に、最前線でもある。
そのせいか、街そのものにまだ傷の気配が残っていた。
だが、そこへ妙な安心が被さっている。
誰かが立っているから、大丈夫。
そう思い込める種類の安心だ。
遠く、門の前に影がひとつ立っていた。
動かない。
槍も構えていない。
威嚇もしない。
ただ、立っている。
だが。
近づこうとした小型の魔物が、門の手前で弾かれた。
目に見えない圧。
遅れて、赤い残光だけが薄く走る。
トンヌラの呼吸が、わずかに深くなった。
「……制御、できていませんね」
クラウスが静かに言う。
「ですが、止めていない」
赤い糸が、薄く漂っている。
まだ荒い。
まだ不完全だ。
だが、確実に強い。
門番が、こちらに気づいて笑った。
「ああ、あいつがいる限り、この街は落ちないよ」
「勇者は遠征中だが、心配いらん」
トンヌラは歩みを止めない。
(必要とされている)
(立っているだけで)
胸の奥が、ほんのわずかに軋んだ。
羨望ではない。
嫉妬でもない。
だが、重さがある。
クラウスが静かに言う。
「比較されますね」
「されるだろうな」
「嫌ですか?」
トンヌラは少しだけ考えた。
「……今は、まだ」
正直だった。
門が近づく。
赤い守護者の背中が、はっきり見える。
一年半ぶりの、再会だった。
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ここはレイアノーティア。
必要とされる者は、立っているだけで意味を持つ。
では――
何者でもない者は、どう立つのか。
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第70話 了




