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ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第7章 正しき正解の外側

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第69話 再会は静かに

 ここはレイアノーティア。

 再会は、劇的である必要はない。


 分かりやすい形がなくても、人はちゃんと「戻った」と分かる。


 むしろ、信頼する相手との最初の一言は、静かなものだ。



 アークレイドの門は、以前より静かだった。


 人はいる。

 物流も動いている。

 荷車は行き交い、商人の声も聞こえる。


 だが、どこか余白がある。


 活気がないわけではない。

 荒れているわけでもない。

 むしろ街としては、前より整っていた。


 だからこそ、その整い方が少しだけ気にかかる。


 門脇の掲示板に並ぶ依頼も、護衛、復旧補助、運搬、雑務が大半だった。

 討伐系はほとんど見当たらない。


 代わりに、大きく貼られた紙が風に揺れている。


《勇者サトウ、南方魔窟鎮圧》


 トンヌラは、しばらくその文字を眺めていた。


(整っている)


 魔物被害は減っている。

 それ自体は、良いことのはずだった。


 だが――


 活気を感じられない。


 何かが前へ進む前のざわめきや焦り。一攫千金を求めて、ギラギラした眼。

 そういう人間臭い揺れが、この街から少しずつ消えているように見えた。



 宿屋の前に、見慣れた背中があった。


 整えられた服装と、無駄のない立ち姿。

 柔らかく見えて、その実かなり鋭い視線。


 クラウスは振り向きもせずに言う。


「おかえりなさい」


 トンヌラは足を止めた。


「……待っていたのか」


「ええ。半年、きっちり」


 ぽめが、当然のようにクラウスの足元へ寄っていく。


 クラウスは一瞬だけ視線を落とした。


「おや、あなたは同行でしたか」


 撫でない。

 触れない。

 だが、その目がほんのわずかに細まる。


 それだけで、十分だった。



「どうだ、街は」


 トンヌラが聞く。


 クラウスはすぐ答えた。


「調整が進みました」


 言い方は淡々としている。

 だが、その中身は軽くない。


「勇者の台頭により、魔物発生率は下方修正」

「冒険者の活動数は約三割減」

「ギルドの予算も縮小傾向」


 トンヌラは小さく鼻で笑う。


「今どき、冒険者なんて流行らないそうだ」


 クラウスも笑った。


「ええ。そういう空気です。勇者は、希望ですから」


 一瞬の沈黙。


 トンヌラは視線を上げた。

 空は高い。

 山の上から見ていた時と同じ空なのに、街の下で見ると少しだけ狭く感じた。



「会いましたか」


 クラウスが言う。


「ああ、街道で」


「どうでした」


 トンヌラは少しだけ考えた。


「……正しい顔をしていた」


 それがいちばん近かった。


 強そうだった、でもない。

 冷たかった、でもない。

 嫌なやつだった、でもない。


 必要とされる場所に、自分をぴたりと合わせている顔だった。


 クラウスは頷く。


「彼は忠実です。必要とされる場所へ行き、必要とされる敵を倒す」


「必要、か。」


「構造にとって、理想的な存在です」


 トンヌラは小さく頷いた。



 半年の山籠り。


 岩を見た。

 風を見た。

 自分の中に浮かぶ迷いも見た。


 だが、劇的に強くなった実感はない。


 特別な力を得たわけでもない。

 答えを持ったわけでもない。


 見えたのは、せいぜい輪郭だけだった。


 人の可能性。

 調停機構によって歪められるもの。

 戒めとして固定される後悔。

 そして、それを別の形へ返せるかもしれないという、まだ曖昧な感触。


(足りない)


(まだ、足りない)


 その実感だけは、はっきりしていた。



「顔つきは変わりましたね」


 クラウスが言う。


「何も掴めなかった顔から、何かを諦めていない顔に」


 トンヌラは眉を寄せた。


「……褒めているのか?」


「事実です」


 相変わらずだった。


 その言い方に、トンヌラは少しだけ肩の力を抜いた。



 宿へ入る。


 以前と同じ卓。

 以前と同じ椅子。

 以前と同じ、少しだけ軋む床板。


 だが、人数だけが違う。


 ぽめが先に丸くなる。


「コムギとフィーは?」


「ギルドへ戻りました」


「ガルドは?」


 その問いに、クラウスの視線が一瞬だけ揺れた。


「護衛任務を単独で」


 その言い方に、少しだけ含みがあった。


 トンヌラは椅子に腰を下ろす。


「俺たちは」


 静かに言う。


「何をする」


 クラウスは迷わなかった。


「静観です」


 即答だった。


「今は、動くと弾かれます」


「弾かれる?」


「勇者という“正解”が提示された世界で、別解は疎まれる」


 トンヌラは、わずかに笑った。


「上等だ」


 そう言いながら、その笑みは少しだけ硬い。


 山を降りて、早々に答えを突きつけられた気分だった。


 必要とされる中心がある。

 そこに寄りかかる世界がある。

 その外に立つ者は、まだ何者でもない。


 なら、何を見るべきか。

 どこから確かめるべきか。


 考えるまでもなく、最初の相手は決まっていた。



 その夜。


 街を歩くと、視線を感じた。


「……あれ、まだ冒険者?」

「勇者いるのに?」


 ヒソヒソと、小さな声。


 敵意ではない。

 否定でもない。

 もっと薄い、無関心に近い区分だ。


 勇者がいる。

 それ以外は前ほど必要ではないからこそ自然と浮かび上がる疑問。


 その単純な現実が、街の空気に染み込んでいる。


 トンヌラは歩みを止めない。


 だが、胸の奥はわずかに疼いた。


(必要とされていない)


 その事実自体は、別に初めてではない。

 何者でもなかった頃から、ずっとそうだった。


 だが今は、以前より少しだけ違う。


 仲間たちの顔を知った。

 救うべきものを知ってしまったからだ。

 もう無かったことには出来ない。



 宿へ戻る途中、遠くで歓声が上がった。


 広場の方だ。


 サトウが帰還したらしい。


 人が集まる。

 光が集まる。

 安心が、目に見える形で中心へ寄っていく。


 トンヌラは立ち止まった。


 クラウスは何も言わない。


 しばらく、その光景を遠くから眺める。


(俺は、何を定義する)


 勇者が、必要とされる形をもう引き受けているのなら。

 世界が、そこへ綺麗に収まろうとしているのなら。

 自分が見るべきものは、もっと別のところにあるはずだった。


 その瞬間。


 空気が、ほんのわずかに歪んだ。


 本当に一瞬だけ。


 勇者を囲む歓声の中心に、見えない糸が絡まるような違和感。


 クラウスの瞳が細まる。


(……調整されている)


 トンヌラは、その意味までは掴めない。

 だが、妙な引っかかりだけは残る。


 綺麗すぎる。

 整いすぎている。

 必要とされる形が、少しだけ出来すぎている。



「二人で動きますか」


 クラウスが言った。


 トンヌラはすぐに頷く。


「いいだろう」


 即答だった。


 今の自分は、まだ何者でもない。

 だが、何者でもないままで見に行くことはできる。


 ネームレスは、役割を与えられていない。

 それどころか、ようやく自分にできることの輪郭だけが見え始めていた。


 調停機構に歪められた個の可能性を、その者自身の形へ返すこと。


 まだ確信はない。


 だからこそ、確かめる必要がある。



 ここはレイアノーティア。


 必要とされる者が、光を浴びる。

 中心に立つ者が、正しさを背負う。


 光の外に立つ者は、誰にも道を開かれない。


 だから、自分で火を灯すしかない。



 第69話 了

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