第69話 再会は静かに
ここはレイアノーティア。
再会は、劇的である必要はない。
分かりやすい形がなくても、人はちゃんと「戻った」と分かる。
むしろ、信頼する相手との最初の一言は、静かなものだ。
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アークレイドの門は、以前より静かだった。
人はいる。
物流も動いている。
荷車は行き交い、商人の声も聞こえる。
だが、どこか余白がある。
活気がないわけではない。
荒れているわけでもない。
むしろ街としては、前より整っていた。
だからこそ、その整い方が少しだけ気にかかる。
門脇の掲示板に並ぶ依頼も、護衛、復旧補助、運搬、雑務が大半だった。
討伐系はほとんど見当たらない。
代わりに、大きく貼られた紙が風に揺れている。
《勇者サトウ、南方魔窟鎮圧》
トンヌラは、しばらくその文字を眺めていた。
(整っている)
魔物被害は減っている。
それ自体は、良いことのはずだった。
だが――
活気を感じられない。
何かが前へ進む前のざわめきや焦り。一攫千金を求めて、ギラギラした眼。
そういう人間臭い揺れが、この街から少しずつ消えているように見えた。
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宿屋の前に、見慣れた背中があった。
整えられた服装と、無駄のない立ち姿。
柔らかく見えて、その実かなり鋭い視線。
クラウスは振り向きもせずに言う。
「おかえりなさい」
トンヌラは足を止めた。
「……待っていたのか」
「ええ。半年、きっちり」
ぽめが、当然のようにクラウスの足元へ寄っていく。
クラウスは一瞬だけ視線を落とした。
「おや、あなたは同行でしたか」
撫でない。
触れない。
だが、その目がほんのわずかに細まる。
それだけで、十分だった。
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「どうだ、街は」
トンヌラが聞く。
クラウスはすぐ答えた。
「調整が進みました」
言い方は淡々としている。
だが、その中身は軽くない。
「勇者の台頭により、魔物発生率は下方修正」
「冒険者の活動数は約三割減」
「ギルドの予算も縮小傾向」
トンヌラは小さく鼻で笑う。
「今どき、冒険者なんて流行らないそうだ」
クラウスも笑った。
「ええ。そういう空気です。勇者は、希望ですから」
一瞬の沈黙。
トンヌラは視線を上げた。
空は高い。
山の上から見ていた時と同じ空なのに、街の下で見ると少しだけ狭く感じた。
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「会いましたか」
クラウスが言う。
「ああ、街道で」
「どうでした」
トンヌラは少しだけ考えた。
「……正しい顔をしていた」
それがいちばん近かった。
強そうだった、でもない。
冷たかった、でもない。
嫌なやつだった、でもない。
必要とされる場所に、自分をぴたりと合わせている顔だった。
クラウスは頷く。
「彼は忠実です。必要とされる場所へ行き、必要とされる敵を倒す」
「必要、か。」
「構造にとって、理想的な存在です」
トンヌラは小さく頷いた。
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半年の山籠り。
岩を見た。
風を見た。
自分の中に浮かぶ迷いも見た。
だが、劇的に強くなった実感はない。
特別な力を得たわけでもない。
答えを持ったわけでもない。
見えたのは、せいぜい輪郭だけだった。
人の可能性。
調停機構によって歪められるもの。
戒めとして固定される後悔。
そして、それを別の形へ返せるかもしれないという、まだ曖昧な感触。
(足りない)
(まだ、足りない)
その実感だけは、はっきりしていた。
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「顔つきは変わりましたね」
クラウスが言う。
「何も掴めなかった顔から、何かを諦めていない顔に」
トンヌラは眉を寄せた。
「……褒めているのか?」
「事実です」
相変わらずだった。
その言い方に、トンヌラは少しだけ肩の力を抜いた。
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宿へ入る。
以前と同じ卓。
以前と同じ椅子。
以前と同じ、少しだけ軋む床板。
だが、人数だけが違う。
ぽめが先に丸くなる。
「コムギとフィーは?」
「ギルドへ戻りました」
「ガルドは?」
その問いに、クラウスの視線が一瞬だけ揺れた。
「護衛任務を単独で」
その言い方に、少しだけ含みがあった。
トンヌラは椅子に腰を下ろす。
「俺たちは」
静かに言う。
「何をする」
クラウスは迷わなかった。
「静観です」
即答だった。
「今は、動くと弾かれます」
「弾かれる?」
「勇者という“正解”が提示された世界で、別解は疎まれる」
トンヌラは、わずかに笑った。
「上等だ」
そう言いながら、その笑みは少しだけ硬い。
山を降りて、早々に答えを突きつけられた気分だった。
必要とされる中心がある。
そこに寄りかかる世界がある。
その外に立つ者は、まだ何者でもない。
なら、何を見るべきか。
どこから確かめるべきか。
考えるまでもなく、最初の相手は決まっていた。
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その夜。
街を歩くと、視線を感じた。
「……あれ、まだ冒険者?」
「勇者いるのに?」
ヒソヒソと、小さな声。
敵意ではない。
否定でもない。
もっと薄い、無関心に近い区分だ。
勇者がいる。
それ以外は前ほど必要ではないからこそ自然と浮かび上がる疑問。
その単純な現実が、街の空気に染み込んでいる。
トンヌラは歩みを止めない。
だが、胸の奥はわずかに疼いた。
(必要とされていない)
その事実自体は、別に初めてではない。
何者でもなかった頃から、ずっとそうだった。
だが今は、以前より少しだけ違う。
仲間たちの顔を知った。
救うべきものを知ってしまったからだ。
もう無かったことには出来ない。
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宿へ戻る途中、遠くで歓声が上がった。
広場の方だ。
サトウが帰還したらしい。
人が集まる。
光が集まる。
安心が、目に見える形で中心へ寄っていく。
トンヌラは立ち止まった。
クラウスは何も言わない。
しばらく、その光景を遠くから眺める。
(俺は、何を定義する)
勇者が、必要とされる形をもう引き受けているのなら。
世界が、そこへ綺麗に収まろうとしているのなら。
自分が見るべきものは、もっと別のところにあるはずだった。
その瞬間。
空気が、ほんのわずかに歪んだ。
本当に一瞬だけ。
勇者を囲む歓声の中心に、見えない糸が絡まるような違和感。
クラウスの瞳が細まる。
(……調整されている)
トンヌラは、その意味までは掴めない。
だが、妙な引っかかりだけは残る。
綺麗すぎる。
整いすぎている。
必要とされる形が、少しだけ出来すぎている。
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「二人で動きますか」
クラウスが言った。
トンヌラはすぐに頷く。
「いいだろう」
即答だった。
今の自分は、まだ何者でもない。
だが、何者でもないままで見に行くことはできる。
ネームレスは、役割を与えられていない。
それどころか、ようやく自分にできることの輪郭だけが見え始めていた。
調停機構に歪められた個の可能性を、その者自身の形へ返すこと。
まだ確信はない。
だからこそ、確かめる必要がある。
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ここはレイアノーティア。
必要とされる者が、光を浴びる。
中心に立つ者が、正しさを背負う。
光の外に立つ者は、誰にも道を開かれない。
だから、自分で火を灯すしかない。
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第69話 了




