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ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第7章 正しき正解の外側

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第67話 光の外で

 ここはレイアノーティア。

 光は、中心へ集まる。


 人は明るい方を見る。

 安心できる方を信じる。

 分かりやすく救ってくれるものへ、自然と寄っていく。


 だから、陰に立つものは見えにくい。

 見えにくいまま、役目だけを失っていくこともある。



 トンヌラが山へ戻ってから、半年が過ぎた。


 アークレイドの朝は静かだった。


 物流は動いている。

 露店も開く。

 街道には馬車が通る。

 人々の表情も、以前ほど強張ってはいない。


 平穏だった。



 クラウスは、ギルド前の掲示板を眺めていた。


 依頼が少ない。


 討伐依頼は、ほとんどない。

 残っているのは護衛、補修、物資運搬、復旧補助。

 人が暮らしを戻すための仕事ばかりだった。


 それ自体は悪いことではない。


 むしろ、正しい。


 魔物が減り、街が落ち着き、人が普通の生活へ戻っていく。

 それを望まぬ者はいないだろう。


 だが、その正しさの中で、削られていくものもある。


「……綺麗すぎますね」


 誰に言うでもなく、クラウスは呟いた。



 近くで、若い冒険者たちが話している。


「もう討伐系ほとんど残ってないな」

「いいことじゃん」

「まあな。危ない仕事、減るし」


 そこまでは普通の会話だった。


 だが、次の一言にクラウスは目を細める。


「今どき、冒険者ってそんなに必要か?」

「護衛と復興手伝いで十分だろ」

「派手なやつは、もう勇者がやるしな」


 笑い声。


 悪意は薄い。

 むしろ、安心している声だ。


 世界に正解が提示された時、人はそこへ寄りかかる。

 自分で選ばなくて済むからだ。


 クラウスは、その自然さが嫌だった。



 ギルドの受付嬢が、書類を抱えて小さく頭を下げてくる。


「クラウスさん」

「おはようございます」

「おはようございます」


 彼女は少し困ったように笑った。


「最近、本当に依頼が減りまして」

「冒険者さんたちも、動き方を変えないと厳しいかもしれません」

「そうでしょうね」

 クラウスは淡々と答える。

「街にとっては良い傾向です」

「はい。もちろん」

 受付嬢は頷く。

「でも……」

「でも?」

「なんだか、前より静かすぎる気もして」

 彼女は、そこで自分の言葉を少し恥ずかしそうに引っ込めた。

「変なこと言ってますよね」

「いえ」

 クラウスは首を振る。

「正常な感覚です」



 その日の昼過ぎ。


 クラウスは街外れの高台へ出た。


 アークレイドを見下ろせる場所だ。


 整っている。

 以前よりもずっと。


 だが、人の流れが綺麗すぎた。

 恐怖も希望も、一つの方向へ揃えられている感じがある。


 それは自然発生の秩序ではない。


 もっと、上から撫でつけられたような均衡だった。


(調整が進んでいる)


 確信に近かった。


 半年という時間は、世界を変えるには十分だった。

 勇者を中心に、分かりやすく整理された世界。

 必要なもの。

 不要なもの。

 守るべきもの。

 後回しにされるもの。


 それらが少しずつ、見えない手で仕分けられている。


 クラウスは、細く息を吐いた。


「だからこそ、あなたは山へ戻ったのですね」


 返事はない。


 ぽめもいない。

 丸い白い気配がないだけで、妙に風景が静かだった。



 その夜、宿に戻ると、テーブルの上に簡素な食事が置かれていた。


 宿の主人が気を利かせたのだろう。

 クラウスは礼だけ言って席につく。


 一人分の椅子。

 一人分の皿。

 前はそこに、もっと雑な座り方をする誰かがいた。


「……静かですね」


 口に出してから、自分で少しだけ可笑しくなった。


 静かなのは前からだ。

 自分は元々、こういう方が得意なはずだった。


 だが今は、少し違う。彼と過ごした時間はそこまで多くない。だが、クラウスはすっかり変わってしまった。


 沈黙が得意であることと、沈黙が平気であることは同じではない。


 半年も経てば慣れるかと思っていた。

 だが、慣れたのは不在そのものではなく、不在を抱えたまま生活する手順だけだった。



 窓の外から、歓声が聞こえた。


 広場の方だ。


 誰かが何かを告げているらしい。

 おそらく、また勇者の戦果か、遠征先での進展だろう。


 人はそういう話を好む。

 中心が強く、正しく、頼れると確認できるからだ。


 クラウスは窓辺に立ち、その音を聞いた。


 羨ましいとは思わない。

 だが、危ういとは思う。


 光が一つに集まりすぎる時、その外側は暗くなる。

 暗くなった場所に何が押し込められるのかを、クラウスは知っている。



「見ていますか、トンヌラ」


 小さく呟く。


 山の方角は、夜の闇に沈んでいた。


 あの男は今頃、山の静けさの中で何を見ているのだろう。

 自分の弱さか。

 世界の形か。

 あるいは、何者でもないまま立つ方法か。


 どれでもいい。

 ただ、戻ってくる時には、今より少しだけ別の目で世界を見ていてほしいと思った。


 今の世界は、あまりにも“正しい”からだ。


 その正しさに、別の言葉で触れられる者が必要だった。



 ここはレイアノーティア。

 光は、中心へ集まる。


 だが、光の外に残ったものまで消えたわけではない。

 まだ見えにくいだけで、そこにも確かに人の暮らしと選択がある。


 そして、その見えにくい側を見ようとする者がいる限り。

 世界はまだ、一つの正解だけでは閉じない。



 第67話 了

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