第67話 光の外で
ここはレイアノーティア。
光は、中心へ集まる。
人は明るい方を見る。
安心できる方を信じる。
分かりやすく救ってくれるものへ、自然と寄っていく。
だから、陰に立つものは見えにくい。
見えにくいまま、役目だけを失っていくこともある。
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トンヌラが山へ戻ってから、半年が過ぎた。
アークレイドの朝は静かだった。
物流は動いている。
露店も開く。
街道には馬車が通る。
人々の表情も、以前ほど強張ってはいない。
平穏だった。
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クラウスは、ギルド前の掲示板を眺めていた。
依頼が少ない。
討伐依頼は、ほとんどない。
残っているのは護衛、補修、物資運搬、復旧補助。
人が暮らしを戻すための仕事ばかりだった。
それ自体は悪いことではない。
むしろ、正しい。
魔物が減り、街が落ち着き、人が普通の生活へ戻っていく。
それを望まぬ者はいないだろう。
だが、その正しさの中で、削られていくものもある。
「……綺麗すぎますね」
誰に言うでもなく、クラウスは呟いた。
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近くで、若い冒険者たちが話している。
「もう討伐系ほとんど残ってないな」
「いいことじゃん」
「まあな。危ない仕事、減るし」
そこまでは普通の会話だった。
だが、次の一言にクラウスは目を細める。
「今どき、冒険者ってそんなに必要か?」
「護衛と復興手伝いで十分だろ」
「派手なやつは、もう勇者がやるしな」
笑い声。
悪意は薄い。
むしろ、安心している声だ。
世界に正解が提示された時、人はそこへ寄りかかる。
自分で選ばなくて済むからだ。
クラウスは、その自然さが嫌だった。
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ギルドの受付嬢が、書類を抱えて小さく頭を下げてくる。
「クラウスさん」
「おはようございます」
「おはようございます」
彼女は少し困ったように笑った。
「最近、本当に依頼が減りまして」
「冒険者さんたちも、動き方を変えないと厳しいかもしれません」
「そうでしょうね」
クラウスは淡々と答える。
「街にとっては良い傾向です」
「はい。もちろん」
受付嬢は頷く。
「でも……」
「でも?」
「なんだか、前より静かすぎる気もして」
彼女は、そこで自分の言葉を少し恥ずかしそうに引っ込めた。
「変なこと言ってますよね」
「いえ」
クラウスは首を振る。
「正常な感覚です」
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その日の昼過ぎ。
クラウスは街外れの高台へ出た。
アークレイドを見下ろせる場所だ。
整っている。
以前よりもずっと。
だが、人の流れが綺麗すぎた。
恐怖も希望も、一つの方向へ揃えられている感じがある。
それは自然発生の秩序ではない。
もっと、上から撫でつけられたような均衡だった。
(調整が進んでいる)
確信に近かった。
半年という時間は、世界を変えるには十分だった。
勇者を中心に、分かりやすく整理された世界。
必要なもの。
不要なもの。
守るべきもの。
後回しにされるもの。
それらが少しずつ、見えない手で仕分けられている。
クラウスは、細く息を吐いた。
「だからこそ、あなたは山へ戻ったのですね」
返事はない。
ぽめもいない。
丸い白い気配がないだけで、妙に風景が静かだった。
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その夜、宿に戻ると、テーブルの上に簡素な食事が置かれていた。
宿の主人が気を利かせたのだろう。
クラウスは礼だけ言って席につく。
一人分の椅子。
一人分の皿。
前はそこに、もっと雑な座り方をする誰かがいた。
「……静かですね」
口に出してから、自分で少しだけ可笑しくなった。
静かなのは前からだ。
自分は元々、こういう方が得意なはずだった。
だが今は、少し違う。彼と過ごした時間はそこまで多くない。だが、クラウスはすっかり変わってしまった。
沈黙が得意であることと、沈黙が平気であることは同じではない。
半年も経てば慣れるかと思っていた。
だが、慣れたのは不在そのものではなく、不在を抱えたまま生活する手順だけだった。
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窓の外から、歓声が聞こえた。
広場の方だ。
誰かが何かを告げているらしい。
おそらく、また勇者の戦果か、遠征先での進展だろう。
人はそういう話を好む。
中心が強く、正しく、頼れると確認できるからだ。
クラウスは窓辺に立ち、その音を聞いた。
羨ましいとは思わない。
だが、危ういとは思う。
光が一つに集まりすぎる時、その外側は暗くなる。
暗くなった場所に何が押し込められるのかを、クラウスは知っている。
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「見ていますか、トンヌラ」
小さく呟く。
山の方角は、夜の闇に沈んでいた。
あの男は今頃、山の静けさの中で何を見ているのだろう。
自分の弱さか。
世界の形か。
あるいは、何者でもないまま立つ方法か。
どれでもいい。
ただ、戻ってくる時には、今より少しだけ別の目で世界を見ていてほしいと思った。
今の世界は、あまりにも“正しい”からだ。
その正しさに、別の言葉で触れられる者が必要だった。
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ここはレイアノーティア。
光は、中心へ集まる。
だが、光の外に残ったものまで消えたわけではない。
まだ見えにくいだけで、そこにも確かに人の暮らしと選択がある。
そして、その見えにくい側を見ようとする者がいる限り。
世界はまだ、一つの正解だけでは閉じない。
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第67話 了




