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ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第13章 何度でも、朝へ

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第138話 光の向こうへ

 ここはレイアノーティア。


 別れは、


 終わりではない。


 選んだ道が、


 違うだけだ。



 砂漠を吹いていた風は、


 もう穏やかだった。


 ドミニオンの姿はない。


 統合されていた五戒の記録も、


 世界の深い場所へ還っていった。


 エヴァンは、


 砂に汚れた白い外套のまま立っている。


 傍らの水晶には、


 封鎖を解かれた調整記録が流れ続けていた。


 表情は、


 まだ柔らかくない。


 自分がしてきたことは、


 何一つ消えていない。


 それでも。


 もう未来から目を逸らしてはいなかった。



 誰も勝利を叫ばない。


 歓声も。


 拍手もない。


 失ったものが、


 戻ったわけではない。


 傷も。


 後悔も。


 奪われた時間も、


 そのまま残っている。


 ただ。


 誰かに決められた静けさが終わったことだけを、


 全員が静かに受け止めていた。



 数日後。



 アークレイド。


 古い召喚陣。


 長く光を失っていた線が、


 淡く輝いている。


 強制調整が止まり、


 閉じられていた道が、


 もう一度だけ開こうとしていた。



 召喚陣の前に、


 サトウが立っている。


 勇者の鎧はない。


 軽い旅装。


 腰には一本の剣。


 それだけだった。


 けれど。


 勇者だった頃よりも、


 その立ち姿は軽く見えた。


 重さを失ったからではない。


 自分で持つものを、


 自分で選んだからだ。


少し離れた場所には、


 かつて勇者パーティと呼ばれた三人も立っていた。


 賢者バル・サン。


 聖女リディア。


 ホーリーガード・レオン。


 もう、


 勇者を中心に守るための隊列ではない。


 ただ。


 共に歩いた者を見送るために、


 それぞれの場所へ立っていた。



 バル・サンが、


 杖を肩へ預けた。


「向こうには、魔法はないのでしょうな」


「たぶんな」


「では、少しは頭を使って生きてください」


 サトウは苦笑した。


「最後までそれか」


「最後だからです」



 リディアは、


 両手を胸の前で重ねた。


「どうか、お元気で」


「ああ」


「怪我をしても、今度は私を呼べませんからね」


「それは困るな」


「困らないように生きてください」


 そう言って笑った。


 けれど。


 その目には、


 涙が滲んでいた。



 レオンは、


 しばらく黙っていた。


 それから、


 右手を差し出す。


「あなたを守る役目は、ここで終わります」


 サトウは、


 その手を握った。


「長かったな」


「はい」


 レオンは力を込める。


「ですが、次は自分で守ってください」


「やってみる」


「それで十分です」



 三人は、


 もう勇者とは呼ばなかった。


 サトウも、


 彼らへ命令はしなかった。


 役割を終えた四人は、


 最後に一度だけ、


 同じ場所へ並んでいた。



「帰るんだな」


 トンヌラが言った。


 サトウは頷く。


「帰る。向こうに、途中のまま置いてきた人生がある。今度は、自分で続きを選ぶ」



 フィーが俯く。


 何かを言いかけて、


 やめた。


 残ってほしいとは言わない。


 それは、


 自分が決めることではない。



 ミラが笑った。


「帰っても、また迷うんでしょ?」


「ああ。たぶん、何度も迷う。でも今度は、迷ったまま自分で道を作る」



 ガルドが静かに頷く。


「道は、自分で作るものですから」


 サトウが吹き出した。


「それ、俺より先に言うなよ」



 全員が、


 少しだけ笑った。


 別れの前なのに。


 だからこそ。


 笑えた。



 召喚陣の中央に埋め込まれた水晶が、


 静かに明滅する。


 サトウは、


 その前へ歩いた。


 手を置く。


 淡い橙色の光が、


 指先から広がった。



《Path Maker》


選択者パス・メーカー


真名──サトウ



 表示は、


 もう変わらない。


 誰かに与えられた勇者ではない。


 自分で道を作ると決めた者の名。



 サトウは、


 浮かんだ文字を見つめる。


「これでいい」



 召喚陣の光が、


 足元からゆっくり立ち上がる。


 その前に。


 サトウはフィーを見た。



「……元気で」


 フィーが小さく言った。


 それだけだった。


 サトウも、


 静かに頷く。


「お前もな」



 短い言葉。


 それ以上は言わない。


 言葉にしなかったものまで、


 消えたわけではなかった。



 サトウは、


 最後にトンヌラを見る。


「なあ」


「なんだ」


「ありがとう」



 トンヌラは苦笑した。


「俺、何もしてないぞ」


「いや」


 サトウは首を振る。


「名前を呼んでくれた」



 勇者ではなく。


 世界を救う役割でもなく。


 ただの自分を。



「それで、十分だった」



 トンヌラは、


 照れくさそうに頭をかいた。


「そうか」



 召喚陣の光が強くなる。


 サトウの輪郭が、


 少しずつ光の中へ溶けていく。


 それでも、


 最後まで表情は見えていた。


 勇者として召喚された日の顔ではない。


 自分で帰ると決めた者の顔だった。



「じゃあな」


 サトウが右手を上げる。


「お前も、選べよ」



 トンヌラは笑った。


「ああ。負けなきゃいい」



 サトウが吹き出す。


「最後まで、それか」


「変わらんよ」



 光が収束する。


 サトウの姿が、


 向こう側へ遠ざかっていく。


 消えたのではない。


 自分で選んだ場所へ、


 歩いていった。



 召喚陣の光が消える。


 古い石の線だけが残った。



 フィーは、


 しばらく動かなかった。


 ミラが隣へ立つ。


 何も言わない。


 肩へ触れることもしない。


 ただ、


 同じ場所に立っていた。


 それで十分だった。



 クラウスが、


 光の消えた先を見る。


「道は、向こう側にも続いているのでしょうね」


 ガルドが頷く。


「はい」


 コムギも微笑んだ。


「見えなくなっただけです」



 トンヌラは、


 空を見上げる。


 雲は流れている。


 風は読めない。


 未来も読めない。


 誰がどこへ辿り着くのかも、


 まだ分からない。



「それでいい」


 少しだけ笑った。



 足元で、


 ぽめが大きく欠伸をする。


「くぁ……」


 珍しく、


 ほんの少しだけ目を開けた。


 深い黒。


 終わりの色だったはずの瞳は、


 今はただ静かだった。


 次の瞬間には、


 また閉じる。


 ぽめは丸くなり、


 何事もなかったように眠り始めた。



 ここはレイアノーティア。


 役割を終えた者は、


 帰る。


 選ぶ者は、


 歩き出す。


 道が光の向こうへ消えても、


 選んだことまでは消えない。


 そして。


 ここに残った者たちもまた、


 次の道を選び始める。



 第138話 了

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