第138話 光の向こうへ
ここはレイアノーティア。
別れは、
終わりではない。
選んだ道が、
違うだけだ。
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砂漠を吹いていた風は、
もう穏やかだった。
ドミニオンの姿はない。
統合されていた五戒の記録も、
世界の深い場所へ還っていった。
エヴァンは、
砂に汚れた白い外套のまま立っている。
傍らの水晶には、
封鎖を解かれた調整記録が流れ続けていた。
表情は、
まだ柔らかくない。
自分がしてきたことは、
何一つ消えていない。
それでも。
もう未来から目を逸らしてはいなかった。
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誰も勝利を叫ばない。
歓声も。
拍手もない。
失ったものが、
戻ったわけではない。
傷も。
後悔も。
奪われた時間も、
そのまま残っている。
ただ。
誰かに決められた静けさが終わったことだけを、
全員が静かに受け止めていた。
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数日後。
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アークレイド。
古い召喚陣。
長く光を失っていた線が、
淡く輝いている。
強制調整が止まり、
閉じられていた道が、
もう一度だけ開こうとしていた。
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召喚陣の前に、
サトウが立っている。
勇者の鎧はない。
軽い旅装。
腰には一本の剣。
それだけだった。
けれど。
勇者だった頃よりも、
その立ち姿は軽く見えた。
重さを失ったからではない。
自分で持つものを、
自分で選んだからだ。
少し離れた場所には、
かつて勇者パーティと呼ばれた三人も立っていた。
賢者バル・サン。
聖女リディア。
ホーリーガード・レオン。
もう、
勇者を中心に守るための隊列ではない。
ただ。
共に歩いた者を見送るために、
それぞれの場所へ立っていた。
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バル・サンが、
杖を肩へ預けた。
「向こうには、魔法はないのでしょうな」
「たぶんな」
「では、少しは頭を使って生きてください」
サトウは苦笑した。
「最後までそれか」
「最後だからです」
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リディアは、
両手を胸の前で重ねた。
「どうか、お元気で」
「ああ」
「怪我をしても、今度は私を呼べませんからね」
「それは困るな」
「困らないように生きてください」
そう言って笑った。
けれど。
その目には、
涙が滲んでいた。
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レオンは、
しばらく黙っていた。
それから、
右手を差し出す。
「あなたを守る役目は、ここで終わります」
サトウは、
その手を握った。
「長かったな」
「はい」
レオンは力を込める。
「ですが、次は自分で守ってください」
「やってみる」
「それで十分です」
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三人は、
もう勇者とは呼ばなかった。
サトウも、
彼らへ命令はしなかった。
役割を終えた四人は、
最後に一度だけ、
同じ場所へ並んでいた。
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「帰るんだな」
トンヌラが言った。
サトウは頷く。
「帰る。向こうに、途中のまま置いてきた人生がある。今度は、自分で続きを選ぶ」
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フィーが俯く。
何かを言いかけて、
やめた。
残ってほしいとは言わない。
それは、
自分が決めることではない。
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ミラが笑った。
「帰っても、また迷うんでしょ?」
「ああ。たぶん、何度も迷う。でも今度は、迷ったまま自分で道を作る」
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ガルドが静かに頷く。
「道は、自分で作るものですから」
サトウが吹き出した。
「それ、俺より先に言うなよ」
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全員が、
少しだけ笑った。
別れの前なのに。
だからこそ。
笑えた。
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召喚陣の中央に埋め込まれた水晶が、
静かに明滅する。
サトウは、
その前へ歩いた。
手を置く。
淡い橙色の光が、
指先から広がった。
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《Path Maker》
選択者
真名──サトウ
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表示は、
もう変わらない。
誰かに与えられた勇者ではない。
自分で道を作ると決めた者の名。
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サトウは、
浮かんだ文字を見つめる。
「これでいい」
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召喚陣の光が、
足元からゆっくり立ち上がる。
その前に。
サトウはフィーを見た。
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「……元気で」
フィーが小さく言った。
それだけだった。
サトウも、
静かに頷く。
「お前もな」
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短い言葉。
それ以上は言わない。
言葉にしなかったものまで、
消えたわけではなかった。
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サトウは、
最後にトンヌラを見る。
「なあ」
「なんだ」
「ありがとう」
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トンヌラは苦笑した。
「俺、何もしてないぞ」
「いや」
サトウは首を振る。
「名前を呼んでくれた」
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勇者ではなく。
世界を救う役割でもなく。
ただの自分を。
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「それで、十分だった」
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トンヌラは、
照れくさそうに頭をかいた。
「そうか」
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召喚陣の光が強くなる。
サトウの輪郭が、
少しずつ光の中へ溶けていく。
それでも、
最後まで表情は見えていた。
勇者として召喚された日の顔ではない。
自分で帰ると決めた者の顔だった。
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「じゃあな」
サトウが右手を上げる。
「お前も、選べよ」
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トンヌラは笑った。
「ああ。負けなきゃいい」
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サトウが吹き出す。
「最後まで、それか」
「変わらんよ」
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光が収束する。
サトウの姿が、
向こう側へ遠ざかっていく。
消えたのではない。
自分で選んだ場所へ、
歩いていった。
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召喚陣の光が消える。
古い石の線だけが残った。
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フィーは、
しばらく動かなかった。
ミラが隣へ立つ。
何も言わない。
肩へ触れることもしない。
ただ、
同じ場所に立っていた。
それで十分だった。
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クラウスが、
光の消えた先を見る。
「道は、向こう側にも続いているのでしょうね」
ガルドが頷く。
「はい」
コムギも微笑んだ。
「見えなくなっただけです」
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トンヌラは、
空を見上げる。
雲は流れている。
風は読めない。
未来も読めない。
誰がどこへ辿り着くのかも、
まだ分からない。
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「それでいい」
少しだけ笑った。
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足元で、
ぽめが大きく欠伸をする。
「くぁ……」
珍しく、
ほんの少しだけ目を開けた。
深い黒。
終わりの色だったはずの瞳は、
今はただ静かだった。
次の瞬間には、
また閉じる。
ぽめは丸くなり、
何事もなかったように眠り始めた。
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ここはレイアノーティア。
役割を終えた者は、
帰る。
選ぶ者は、
歩き出す。
道が光の向こうへ消えても、
選んだことまでは消えない。
そして。
ここに残った者たちもまた、
次の道を選び始める。
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第138話 了




