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ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第13章 何度でも、朝へ

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第136話 解放、完了… 自由解放者(フリーマン)

 ここはレイアノーティア。


 終わりとは、


 何かを失うことではない。


 もう一度、


 自分で選べるようになることだ。



 白だけが広がっていた。


 上下もない。


 時間もない。


 どこまで続いているのかも分からない。


 ただ、


 果てのない白。



 その中に、


 トンヌラは一人で立っていた。


 世界の始まり。


 世界の終わり。


 均衡。


 終焉。


 創造。


 名前のない景色と、


 意味の分からない情報が、


 言葉になる前の速さで流れ込んでくる。


 理解できない。


 理解しようとしても、


 指の間から砂が零れるように消えていく。


 何一つ、


 掴めない。


 何一つ、


 持ち帰れない。



 それでも。


 最後に一つだけ、


 声が残った。



「続けるか」



 誰の声かは分からない。


 男でもない。


 女でもない。


 どこから聞こえたのかも分からない。


 世界そのものが、


 問いかけているようにも聞こえた。


 けれど。


 答えるために、


 声の名前を知る必要はなかった。



 トンヌラは、


 少しだけ笑った。


「当たり前だろ」



 その瞬間。


 白い世界へ、


 一筋の亀裂が走った。


 ぱき。


 小さな音。


 けれど、


 亀裂は止まらない。


 一本が二本へ。


 二本が無数へ。


 果てのない白を、


 どこまでも割っていく。



 亀裂の向こうに、


 色が見えた。


 灰色ではない。


 決められた一色でもない。


 赤。


 金。


 緑。


 藍。


 紫。


 橙。


 六つの色が、


 それぞれ別の光を保ったまま揺れている。



 白が砕けた。



 砂漠。


 風が戻る。


 砂が落ちる。


 音が戻る。


 鼓動が戻る。


 止まっていた世界が、


 もう一度動き始める。



 ドミニオンが目を見開いた。


 エヴァンの傍らでは、


 観測水晶が激しく震えている。


 トンヌラは、


 ゆっくりと目を開いた。



「解放」


 静かな声。


 風が、


 六人の間を通り抜ける。


「完了」



 その瞬間。


 一本へ整えられていた未来が、


 音もなく枝分かれした。


 一本道だった因果が、


 無数の可能性へ広がっていく。


 立つ未来。


 立たない未来。


 進む未来。


 引き返す未来。


 間違える未来。


 もう一度、


 選び直す未来。


 失われていた余白が、


 世界へ戻っていく。



 エヴァンが息を呑んだ。


 水晶を見る。


 ルック・アヘッド《演奏の先読み》。


 未来は見えている。


 けれど。


 一本ではない。


 誰かが考えるたび。


 迷うたび。


 自分で決めるたび。


 未来が増えていく。


 譜面の上へ収まらないほどに。



「未来が……増えている……」


 エヴァンの声が震えた。


 読めないのではない。


 読み終える前に、


 次の未来が生まれている。


 それでも。


 世界は壊れていなかった。



 ドミニオンも動けない。


 紫の瞳が、


 無数に分かれていく因果を追っている。


 均衡は揺れている。


 未来は定まらない。


 選択は、


 再び世界へ広がっている。


 なのに。


 終焉判定領域ダークマターは、


 もう現れなかった。



 トンヌラは空を見上げた。


「そうか」


 小さく笑う。


「不完全だから終わるんじゃない。選ばなくなったら、終わるんだな」



 誰かに教えられた答えではない。


 白い世界のすべてを、


 理解したわけでもない。


 ただ。


 何も選ばなかった日々と、


 それでも山を降りた日のことを思い出した。


 それだけで、


 十分だった。



 その時。


 エヴァンの傍らに浮かぶ水晶が、


 小さく音を立てた。


 先ほどまでの激しい振動とは違う。


 何かを確かめるような、


 静かな震えだった。



 誰も触れていない。


 それなのに、


 水晶の奥へ淡い光が灯る。


 同じ瞬間。


 遠く離れたメルグラフの職業水晶も。


 各地で名と役割を記録する水晶も。


 一斉に光を放った。



 エヴァンが振り向く。


「……まさか」



 水晶から、


 細い光が砂漠へ伸びる。


 トンヌラの前で止まり、


 文字を形作っていく。


 円環は現れない。


 何かへ閉じ込める枠もない。


 ただ。


 一文字ずつ、


 空中へ名だけが刻まれていく。



《Freeman》


自由解放者フリーマン


真名──トンヌラ



 静寂。



 エヴァンの顔から、


 血の気が引いた。


「そんな職業は……存在しない」



 クラウスが、


 浮かんだ文字を見つめる。


 それから、


 穏やかに微笑んだ。


「新しく与えられたものではありません。最初からあったものへ、世界の言葉がようやく追いついたのでしょう」



 ガルドが笑った。


「団長らしいですね」



 コムギも、


 目元を拭いながら笑う。


「最後まで前例なしです」



 ミラが肩をすくめた。


「フリーマンって、そのまんまじゃん」


 けれど。


 その右目には、


 涙が滲んでいた。



 フィーは、


 両手で口元を押さえた。


 ずっと届かなかったものが、


 ようやく戻ってきたような顔だった。


「……よかった」


 それだけだった。



 トンヌラは、


 浮かんだ文字を見なかった。


 確認しようともしない。


 空を見上げたまま、


 少しだけ笑う。


「ようやく世界が追いついたか」



 ぽめが、


 足元で大きな欠伸をした。


「くぁ……」


 何事もなかったように丸くなり、


 また静かな寝息を立て始める。



 ドミニオンだけが、


 トンヌラを見つめていた。


 名を奪われても。


 役割を失っても。


 何者でもない時間を過ごしても。


 自分で選び、


 ここまで歩いてきた者。


 役割から解かれたまま、


 なお世界の中に立つ存在。


 統戒の魔王は、


 初めてそれを理解できずにいた。



 ここはレイアノーティア。


 名を失った者は、


 自由になった。


 そして世界は、


 初めてその名を呼んだ。



 第136話 了

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