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ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第13章 何度でも、朝へ

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第134話 終焉判定領域《ダークマター》

 ここはレイアノーティア。


 整いすぎた世界は、


 時に、


 世界そのものを終わらせる。



 ドミニオンの両翼が、


 ゆっくりと開ききった。


 漆黒の翼が空を覆うたび、


 世界が重くなる。


 風が止まる。


 舞い上がっていた砂が、


 空中で動きを失う。


 時間さえも、


 見えない力に押し潰されていく。



「強制統合――開始」



 紫の光が、


 砂漠の空を覆った。


 あらゆるものが、


 一点へ引かれていく。


 身体ではない。


 意志が。


 思考が。


 選択が。


 世界が、


 たった一つの答えへ収束を始める。



 迷いが薄れる。


 怒りが薄れる。


 躊躇が薄れる。


 悲しみが薄れる。


 やがて、


 喜びまでもが輪郭を失っていく。


 選ばなくていい。


 考えなくていい。


 世界が決めた通りに動けばいい。


 その方が正しい。


 その方が、


 苦しくない。



 ガルドの腕が下がる。


 盾が重い。


 守る相手も。


 守る場所も。


 すでに決められている。


 ならば、


 自分で盾を構える必要はない。



 コムギの思考が白くなる。


 水の量。


 食料の配分。


 救う順番。


 すべてに、


 正解が与えられていく。


 迷わなくていい。


 彼女が、


 自分で決める必要もない。



 フィーが息を呑む。


 命の波が、


 すべて同じ形へ整えられていく。


 強い者も。


 弱い者も。


 苦しむ者も。


 生きたいと願う者も。


 全部、


 同じ鼓動へ揃えられていく。



 ミラの指が止まる。


 弦はある。


 音も出せる。


 けれど。


 ずれがない。


 呼吸も。


 心音も。


 感情も。


 すべてが、


 同じ速さで流れている。


 揺れない音は、


 歌にならない。



 クラウスの視界から、


 糸が消えた。


 因果が失われたのではない。


 すべてが、


 一本へまとめられている。


 分岐がない。


 矛盾もない。


 縫い直す場所が、


 どこにも残っていない。



 サトウも。


 バル・サンも。


 リディアも。


 レオンも。


 冒険者たちも。


 誰も動けない。


 剣を握る理由が薄れる。


 立つ場所は、


 すでに世界によって決められている。



 トンヌラの足も止まった。


 文句を言いに来た。


 そのはずだった。


 けれど。


 何が気に入らなかったのか。


 なぜここまで歩いてきたのか。


 その理由まで、


 正しい答えの中へ溶けていく。



 世界が、


 一本になる。



 その瞬間だった。


 音が消えた。


 空から、


 色が抜け落ちる。


 砂が灰色になる。


 影が灰色になる。


 人も。


 魔物も。


 ドミニオンも。


 エヴァンも。


 すべてが、


 濃淡だけの世界へ沈んでいく。



 ドミニオンの瞳が、


 大きく見開かれた。


「……まさか」


 漆黒の翼が震える。


 信じられないものを見た声が、


 低く漏れた。


終焉判定領域ダークマター……」



 エヴァンが振り向く。


「ダーク……マター?」


 知らない。


 世界調停機構の記録にも存在しない。


 ルック・アヘッド《演奏の先読み》にも、


 その先が映らない。


 未来が、


 消えている。



 ドミニオンは、


 灰色に沈んだ世界を見渡した。


「世界存続可否、最終判定機構。あり得ない。まだ、その段階ではない」


 紫の瞳に、


 初めて明確な恐怖が浮かんでいた。



 フィーの腕の中。


 眠っていたぽめが、


 ゆっくりと身を起こした。


 短い足を伸ばし、


 灰色の砂へ降りる。


 誰も動けない世界を、


 ぽめだけが歩いていく。


 そして。


 トンヌラの足元で、


 静かに立ち止まった。



 丸い身体。


 短い足。


 白い毛。


 いつもと、


 何も変わらない。


 それなのに。


 誰も近づけなかった。



 毛並みが逆立つ。


 紫の粒子が、


 小さな身体を静かに包んでいく。


 熱はない。


 怒りもない。


 殺気すらない。


 ただ。


 決定だけが、


 そこにあった。



 ぽめが目を開く。


 そこに光はなかった。


 深い黒。


 何も映さない。


 底の見えない、


 終わりの色。



 その瞳が、


 ドミニオンを見る。


 世界が、


 さらに静まった。



 トンヌラの背筋に、


 冷たいものが走る。


(違う)


(これは、戦いじゃない)


 勝てるとか。


 負けるとか。


 そんな場所ではない。


(判定だ)



 クラウスが息を失う。


「糸が……」


 ない。


 一本も。


 切られたのではない。


 一本へ収束したのでもない。


 この先そのものが、


 消えている。



 フィーには、


 命が見えない。


 生きているのか。


 死んでいるのか。


 それすら、


 まだ決められていない。



 ガルドの盾が、


 砂へ落ちた。


 ミラの弦は、


 音を忘れた。


 コムギの手から、


 おたまが滑り落ちる。



 サトウが、


 かすれた声を漏らす。


「なんだ……これ……」


 選択者パス・メーカーであるはずの彼にも、


 道が見えない。


 道を作るための余白そのものが、


 消えていた。



 エヴァンの傍らで、


 観測円環が灰色に侵食されていく。


 回転が止まる。


 数値が消える。


 観測線が途切れる。


 未来予測が、


 完全な空白になる。



 水晶に、


 文字だけが浮かんだ。


【世界自律性:判定中】


【終焉判定:実行準備】



 エヴァンの顔から、


 血の気が引いた。


「待て。そんな機構は知らない。私は、何も――」


 通信水晶の向こうで、


 ノインも動きを止めている。


 いつもの平坦な声が、


 わずかに崩れた。


「長官。これは、記録にありません」



 ドミニオンの翼が、


 重く沈む。


「我は世界維持機構。破棄対象ではない」



 ぽめは答えない。


 紫の粒子だけが、


 静かに濃くなっていく。



 水晶の表示が変わった。


【世界自律性:喪失】


【終焉判定:実行】


 さらに。


 その下へ、


 一つの理由が刻まれる。


【理由:選択不能】



 エヴァンが膝をついた。


 灰色の砂へ、


 片手をつく。


「違う。私は守ろうとした。誰も間違えないように、誰も傷つかないように、世界を――」


 言葉が続かない。


 守ろうとした世界から、


 終わりを告げられている。



 トンヌラは、


 ぽめを見た。


 怖い。


 本能が、


 逃げろと叫んでいる。


 けれど。


 逃げる場所はない。


 世界そのものが、


 終わろうとしている。



「まだ……」


 かすれた声が漏れた。


 ぽめの耳が動く。



 トンヌラは、


 周囲を見た。


 動けない仲間たち。


 砂へ落ちた盾。


 音を失ったギター。


 何も見えないクラウス。


 剣を下ろしたサトウ。



「まだ、終わってないだろ」



 命令ではなかった。


 根拠もない。


 ただ。


 そう思った。



 灰色の世界で、


 小さな音がした。


 剣の柄を、


 握り直す音。



 サトウだった。


 腕は動かない。


 呼吸も苦しい。


 それでも。


 自分で指を曲げた。


 誰にも決められず。


 自分で。



 ガルドが、


 落ちた盾へ手を伸ばす。


 守れと言われたからではない。


 自分が、


 守ると決めたから。



 コムギが、


 砂の上のおたまへ指を伸ばす。


 何を配るのかは分からない。


 誰へ渡すのかも分からない。


 それでも。


 支えることをやめない。



 フィーが両手を握る。


 命は見えない。


 届くかどうかも分からない。


 それでも。


 見捨てない。



 ミラの指が、


 動かない弦へ触れる。


 音は出ない。


 それでも。


 鳴らそうとする。



 クラウスが、


 何もない空間へ手を伸ばす。


 糸は見えない。


 それでも。


 トンヌラの隣へ並ぼうとする。



 後方では、


 冒険者たちも武器を握り直していた。


 誰も、


 まだ動けない。


 それでも。


 動こうとしている。



 水晶の文字が揺れた。


【世界自律性:微弱反応】


 灰色の空へ、


 細い亀裂が走る。


【世界自律性:残存】


【終焉判定:保留】



 ぽめが、


 ゆっくりと目を閉じた。


 紫の粒子が消える。


 灰色が薄れていく。


 空へ色が戻る。


 砂へ色が戻る。


 風が戻る。


 音が戻る。


 呼吸が戻る。



 ぽめは、


 何事もなかったように丸くなった。


「……すぴ」



 誰も、


 しばらく動けなかった。


 戻ってきた色が、


 ひどく眩しい。



 ドミニオンが、


 眠るぽめを見つめていた。


「過剰統合は、世界破棄条件……」


 静かに翼を閉じる。


 その声から、


 確信が消えていた。



 エヴァンは、


 震えながらぽめを見る。


 初めて理解した。


 自分たちが、


 世界を見ていたのではない。


 世界の方もまた、


 自分たちを見ていたのだと。



 トンヌラは、


 足元で眠るぽめを見下ろした。


「……お前、そこまでだったか」



 ぽめは返事をしない。


 静かな寝息だけが聞こえる。



 ここはレイアノーティア。


 完璧にしすぎれば、


 世界は終わる。


 けれど。


 まだ選ぼうとする者がいた。


 だから世界は、


 保留された。



 第134話 了

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