第134話 終焉判定領域《ダークマター》
ここはレイアノーティア。
整いすぎた世界は、
時に、
世界そのものを終わらせる。
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ドミニオンの両翼が、
ゆっくりと開ききった。
漆黒の翼が空を覆うたび、
世界が重くなる。
風が止まる。
舞い上がっていた砂が、
空中で動きを失う。
時間さえも、
見えない力に押し潰されていく。
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「強制統合――開始」
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紫の光が、
砂漠の空を覆った。
あらゆるものが、
一点へ引かれていく。
身体ではない。
意志が。
思考が。
選択が。
世界が、
たった一つの答えへ収束を始める。
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迷いが薄れる。
怒りが薄れる。
躊躇が薄れる。
悲しみが薄れる。
やがて、
喜びまでもが輪郭を失っていく。
選ばなくていい。
考えなくていい。
世界が決めた通りに動けばいい。
その方が正しい。
その方が、
苦しくない。
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ガルドの腕が下がる。
盾が重い。
守る相手も。
守る場所も。
すでに決められている。
ならば、
自分で盾を構える必要はない。
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コムギの思考が白くなる。
水の量。
食料の配分。
救う順番。
すべてに、
正解が与えられていく。
迷わなくていい。
彼女が、
自分で決める必要もない。
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フィーが息を呑む。
命の波が、
すべて同じ形へ整えられていく。
強い者も。
弱い者も。
苦しむ者も。
生きたいと願う者も。
全部、
同じ鼓動へ揃えられていく。
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ミラの指が止まる。
弦はある。
音も出せる。
けれど。
ずれがない。
呼吸も。
心音も。
感情も。
すべてが、
同じ速さで流れている。
揺れない音は、
歌にならない。
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クラウスの視界から、
糸が消えた。
因果が失われたのではない。
すべてが、
一本へまとめられている。
分岐がない。
矛盾もない。
縫い直す場所が、
どこにも残っていない。
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サトウも。
バル・サンも。
リディアも。
レオンも。
冒険者たちも。
誰も動けない。
剣を握る理由が薄れる。
立つ場所は、
すでに世界によって決められている。
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トンヌラの足も止まった。
文句を言いに来た。
そのはずだった。
けれど。
何が気に入らなかったのか。
なぜここまで歩いてきたのか。
その理由まで、
正しい答えの中へ溶けていく。
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世界が、
一本になる。
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その瞬間だった。
音が消えた。
空から、
色が抜け落ちる。
砂が灰色になる。
影が灰色になる。
人も。
魔物も。
ドミニオンも。
エヴァンも。
すべてが、
濃淡だけの世界へ沈んでいく。
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ドミニオンの瞳が、
大きく見開かれた。
「……まさか」
漆黒の翼が震える。
信じられないものを見た声が、
低く漏れた。
「終焉判定領域……」
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エヴァンが振り向く。
「ダーク……マター?」
知らない。
世界調停機構の記録にも存在しない。
ルック・アヘッド《演奏の先読み》にも、
その先が映らない。
未来が、
消えている。
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ドミニオンは、
灰色に沈んだ世界を見渡した。
「世界存続可否、最終判定機構。あり得ない。まだ、その段階ではない」
紫の瞳に、
初めて明確な恐怖が浮かんでいた。
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フィーの腕の中。
眠っていたぽめが、
ゆっくりと身を起こした。
短い足を伸ばし、
灰色の砂へ降りる。
誰も動けない世界を、
ぽめだけが歩いていく。
そして。
トンヌラの足元で、
静かに立ち止まった。
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丸い身体。
短い足。
白い毛。
いつもと、
何も変わらない。
それなのに。
誰も近づけなかった。
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毛並みが逆立つ。
紫の粒子が、
小さな身体を静かに包んでいく。
熱はない。
怒りもない。
殺気すらない。
ただ。
決定だけが、
そこにあった。
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ぽめが目を開く。
そこに光はなかった。
深い黒。
何も映さない。
底の見えない、
終わりの色。
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その瞳が、
ドミニオンを見る。
世界が、
さらに静まった。
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トンヌラの背筋に、
冷たいものが走る。
(違う)
(これは、戦いじゃない)
勝てるとか。
負けるとか。
そんな場所ではない。
(判定だ)
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クラウスが息を失う。
「糸が……」
ない。
一本も。
切られたのではない。
一本へ収束したのでもない。
この先そのものが、
消えている。
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フィーには、
命が見えない。
生きているのか。
死んでいるのか。
それすら、
まだ決められていない。
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ガルドの盾が、
砂へ落ちた。
ミラの弦は、
音を忘れた。
コムギの手から、
おたまが滑り落ちる。
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サトウが、
かすれた声を漏らす。
「なんだ……これ……」
選択者であるはずの彼にも、
道が見えない。
道を作るための余白そのものが、
消えていた。
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エヴァンの傍らで、
観測円環が灰色に侵食されていく。
回転が止まる。
数値が消える。
観測線が途切れる。
未来予測が、
完全な空白になる。
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水晶に、
文字だけが浮かんだ。
【世界自律性:判定中】
【終焉判定:実行準備】
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エヴァンの顔から、
血の気が引いた。
「待て。そんな機構は知らない。私は、何も――」
通信水晶の向こうで、
ノインも動きを止めている。
いつもの平坦な声が、
わずかに崩れた。
「長官。これは、記録にありません」
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ドミニオンの翼が、
重く沈む。
「我は世界維持機構。破棄対象ではない」
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ぽめは答えない。
紫の粒子だけが、
静かに濃くなっていく。
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水晶の表示が変わった。
【世界自律性:喪失】
【終焉判定:実行】
さらに。
その下へ、
一つの理由が刻まれる。
【理由:選択不能】
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エヴァンが膝をついた。
灰色の砂へ、
片手をつく。
「違う。私は守ろうとした。誰も間違えないように、誰も傷つかないように、世界を――」
言葉が続かない。
守ろうとした世界から、
終わりを告げられている。
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トンヌラは、
ぽめを見た。
怖い。
本能が、
逃げろと叫んでいる。
けれど。
逃げる場所はない。
世界そのものが、
終わろうとしている。
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「まだ……」
かすれた声が漏れた。
ぽめの耳が動く。
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トンヌラは、
周囲を見た。
動けない仲間たち。
砂へ落ちた盾。
音を失ったギター。
何も見えないクラウス。
剣を下ろしたサトウ。
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「まだ、終わってないだろ」
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命令ではなかった。
根拠もない。
ただ。
そう思った。
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灰色の世界で、
小さな音がした。
剣の柄を、
握り直す音。
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サトウだった。
腕は動かない。
呼吸も苦しい。
それでも。
自分で指を曲げた。
誰にも決められず。
自分で。
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ガルドが、
落ちた盾へ手を伸ばす。
守れと言われたからではない。
自分が、
守ると決めたから。
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コムギが、
砂の上のおたまへ指を伸ばす。
何を配るのかは分からない。
誰へ渡すのかも分からない。
それでも。
支えることをやめない。
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フィーが両手を握る。
命は見えない。
届くかどうかも分からない。
それでも。
見捨てない。
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ミラの指が、
動かない弦へ触れる。
音は出ない。
それでも。
鳴らそうとする。
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クラウスが、
何もない空間へ手を伸ばす。
糸は見えない。
それでも。
トンヌラの隣へ並ぼうとする。
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後方では、
冒険者たちも武器を握り直していた。
誰も、
まだ動けない。
それでも。
動こうとしている。
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水晶の文字が揺れた。
【世界自律性:微弱反応】
灰色の空へ、
細い亀裂が走る。
【世界自律性:残存】
【終焉判定:保留】
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ぽめが、
ゆっくりと目を閉じた。
紫の粒子が消える。
灰色が薄れていく。
空へ色が戻る。
砂へ色が戻る。
風が戻る。
音が戻る。
呼吸が戻る。
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ぽめは、
何事もなかったように丸くなった。
「……すぴ」
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誰も、
しばらく動けなかった。
戻ってきた色が、
ひどく眩しい。
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ドミニオンが、
眠るぽめを見つめていた。
「過剰統合は、世界破棄条件……」
静かに翼を閉じる。
その声から、
確信が消えていた。
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エヴァンは、
震えながらぽめを見る。
初めて理解した。
自分たちが、
世界を見ていたのではない。
世界の方もまた、
自分たちを見ていたのだと。
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トンヌラは、
足元で眠るぽめを見下ろした。
「……お前、そこまでだったか」
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ぽめは返事をしない。
静かな寝息だけが聞こえる。
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ここはレイアノーティア。
完璧にしすぎれば、
世界は終わる。
けれど。
まだ選ぼうとする者がいた。
だから世界は、
保留された。
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第134話 了




