第133話 想定外という名の恐怖
ここはレイアノーティア。
未来は、
見えるほど安心できる。
けれど。
見えすぎる未来は、
人から選ぶ理由を奪うことがある。
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砂漠の中央。
四体の擬似魔王は、
灰色の砂へ還った。
風だけが吹いている。
後方では、
サトウたちが魔物の群れを押し返していた。
剣戟。
魔法。
咆哮。
戦場の音は続いている。
けれど、
今いる場所からはひどく遠く聞こえた。
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統戒の魔王ドミニオン。
その隣に立つ、
白い外套の男。
世界調停機構長官――エヴァン。
トンヌラは、
まっすぐその男を見た。
「まだやるか?」
静かな問いだった。
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「当然です」
エヴァンは答える。
迷いはない。
少なくとも、
そう聞こえる声だった。
「均衡は維持されなければならない。世界は、壊れてはならない」
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トンヌラは首を傾げた。
「壊れたこと、あるのか?」
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その一言で、
エヴァンの呼吸が止まった。
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白い部屋。
冷たい机。
整然と並べられた資料。
勇者。
魔王。
人口。
英雄値。
食料不足。
均衡崩壊。
そして。
失望を隠そうともしない視線。
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『なぜ予測できなかった』
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胸の奥で、
昔の声が鳴った。
「……あります」
絞り出すような声だった。
「勇者が勝ちすぎた。魔王が消えた。世界は傾き、人口が増え、食料が足りなくなった。人間同士の争いも増えた」
エヴァンの手が、
わずかに震える。
「私は、それを止められなかった」
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トンヌラは何も言わない。
急かさない。
ただ、
続きを待っている。
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「だから、次は止めます」
エヴァンは拳を握った。
「起こる前に。広がる前に。誰かが傷つく前に」
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「全部か?」
トンヌラが尋ねた。
「全部です。事故も、争いも、災害も、誤差も――選択も」
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声が止まった。
エヴァン自身が、
最後の言葉を聞いていた。
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選択。
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今。
自分は、
人が選ぶことまで止めると言った。
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トンヌラは苦笑した。
「やりすぎだ」
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「違う!」
エヴァンが、
初めて声を荒らげた。
「私は守っている! 誰も泣かなくていい世界を!」
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トンヌラは首を振る。
「泣かない世界じゃない」
少しだけ間を置く。
「泣けない世界だ」
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静寂。
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エヴァンは、
言葉を失った。
泣けない。
その考えは、
今まで一度もなかった。
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悲しみが生まれないように。
怒りが広がらないように。
誰かが間違えないように。
人が泣く理由を、
一つずつ消してきた。
その先で。
泣くこと自体まで、
世界から薄れていた。
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「私は……世界を守って……」
言葉が続かない。
何かが違う。
けれど、
どこが違うのか分からない。
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トンヌラは、
ゆっくりと言った。
「怖かったんだな」
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その言葉が、
砂漠へ静かに落ちた。
「……恐怖ではありません」
エヴァンは否定しようとした。
「これは責任です。私は二度と、同じ失敗を――」
声が続かなかった。
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怖かった。
また失敗することが。
予測できない未来が。
誰かが想定外の道を選ぶことが。
世界が壊れることが。
そして。
もう一度、
なぜ止められなかったと問われることが。
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「……ああ」
初めて。
長官としてではなく。
調停機構の一員としてでもなく。
一人の人間として、
声が漏れた。
「怖かった」
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トンヌラは責めなかった。
笑わなかった。
正しい答えを教えようともしなかった。
ただ。
「大変だったな」
それだけを言った。
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エヴァンの瞳が揺れた。
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ルック・アヘッド《演奏の先読み》は、
数え切れない返答を予測していた。
非難。
嘲笑。
怒り。
断罪。
けれど。
その言葉だけは、
どの未来にもなかった。
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完璧でいろ。
失敗するな。
先を読め。
止めろ。
そう言われ続けてきた。
大変だったな、と。
ただ苦しさを認める言葉を、
誰かから向けられたことはなかった。
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涙は出なかった。
まだ、
泣き方を思い出せなかった。
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その時。
ドミニオンの翼が広がった。
砂漠が震える。
空気が沈む。
「対話は不要」
低い声が響く。
「均衡は、維持される」
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紫の光が、
空を覆い始めた。
重力が変わる。
風が地面へ押しつけられる。
人の呼吸さえ、
一つの速さへ揃えられていく。
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エヴァンが顔を上げた。
「ドミニオン、待て」
だが。
統戒の魔王は止まらない。
紫の瞳には、
迷いも恐怖もなかった。
「強制統合を開始する」
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ここはレイアノーティア。
恐怖は、
人を管理へ向かわせる。
けれど。
管理の外で生まれたものが、
まだここにある。
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第133話 了




