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ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第13章 何度でも、朝へ

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133/140

第133話 想定外という名の恐怖

 ここはレイアノーティア。


 未来は、


 見えるほど安心できる。


 けれど。


 見えすぎる未来は、


 人から選ぶ理由を奪うことがある。



 砂漠の中央。


 四体の擬似魔王は、


 灰色の砂へ還った。


 風だけが吹いている。


 後方では、


 サトウたちが魔物の群れを押し返していた。


 剣戟。


 魔法。


 咆哮。


 戦場の音は続いている。


 けれど、


 今いる場所からはひどく遠く聞こえた。



 統戒の魔王ドミニオン。


 その隣に立つ、


 白い外套の男。


 世界調停機構長官――エヴァン。


 トンヌラは、


 まっすぐその男を見た。


「まだやるか?」


 静かな問いだった。



「当然です」


 エヴァンは答える。


 迷いはない。


 少なくとも、


 そう聞こえる声だった。


「均衡は維持されなければならない。世界は、壊れてはならない」



 トンヌラは首を傾げた。


「壊れたこと、あるのか?」



 その一言で、


 エヴァンの呼吸が止まった。



 白い部屋。


 冷たい机。


 整然と並べられた資料。


 勇者。


 魔王。


 人口。


 英雄値。


 食料不足。


 均衡崩壊。


 そして。


 失望を隠そうともしない視線。



『なぜ予測できなかった』



 胸の奥で、


 昔の声が鳴った。


「……あります」


 絞り出すような声だった。


「勇者が勝ちすぎた。魔王が消えた。世界は傾き、人口が増え、食料が足りなくなった。人間同士の争いも増えた」


 エヴァンの手が、


 わずかに震える。


「私は、それを止められなかった」



 トンヌラは何も言わない。


 急かさない。


 ただ、


 続きを待っている。



「だから、次は止めます」


 エヴァンは拳を握った。


「起こる前に。広がる前に。誰かが傷つく前に」



「全部か?」


 トンヌラが尋ねた。


「全部です。事故も、争いも、災害も、誤差も――選択も」



 声が止まった。


 エヴァン自身が、


 最後の言葉を聞いていた。



 選択。



 今。


 自分は、


 人が選ぶことまで止めると言った。



 トンヌラは苦笑した。


「やりすぎだ」



「違う!」


 エヴァンが、


 初めて声を荒らげた。


「私は守っている! 誰も泣かなくていい世界を!」



 トンヌラは首を振る。


「泣かない世界じゃない」


 少しだけ間を置く。


「泣けない世界だ」



 静寂。



 エヴァンは、


 言葉を失った。


 泣けない。


 その考えは、


 今まで一度もなかった。



 悲しみが生まれないように。


 怒りが広がらないように。


 誰かが間違えないように。


 人が泣く理由を、


 一つずつ消してきた。


 その先で。


 泣くこと自体まで、


 世界から薄れていた。



「私は……世界を守って……」


 言葉が続かない。


 何かが違う。


 けれど、


 どこが違うのか分からない。



 トンヌラは、


 ゆっくりと言った。


「怖かったんだな」



 その言葉が、


 砂漠へ静かに落ちた。


「……恐怖ではありません」


 エヴァンは否定しようとした。


「これは責任です。私は二度と、同じ失敗を――」


 声が続かなかった。



 怖かった。


 また失敗することが。


 予測できない未来が。


 誰かが想定外の道を選ぶことが。


 世界が壊れることが。


 そして。


 もう一度、


 なぜ止められなかったと問われることが。



「……ああ」


 初めて。


 長官としてではなく。


 調停機構の一員としてでもなく。


 一人の人間として、


 声が漏れた。


「怖かった」



 トンヌラは責めなかった。


 笑わなかった。


 正しい答えを教えようともしなかった。


 ただ。


「大変だったな」


 それだけを言った。



 エヴァンの瞳が揺れた。



 ルック・アヘッド《演奏の先読み》は、


 数え切れない返答を予測していた。


 非難。


 嘲笑。


 怒り。


 断罪。


 けれど。


 その言葉だけは、


 どの未来にもなかった。



 完璧でいろ。


 失敗するな。


 先を読め。


 止めろ。


 そう言われ続けてきた。


 大変だったな、と。


 ただ苦しさを認める言葉を、


 誰かから向けられたことはなかった。



 涙は出なかった。


 まだ、


 泣き方を思い出せなかった。



 その時。


 ドミニオンの翼が広がった。


 砂漠が震える。


 空気が沈む。


「対話は不要」


 低い声が響く。


「均衡は、維持される」



 紫の光が、


 空を覆い始めた。


 重力が変わる。


 風が地面へ押しつけられる。


 人の呼吸さえ、


 一つの速さへ揃えられていく。



 エヴァンが顔を上げた。


「ドミニオン、待て」


 だが。


 統戒の魔王は止まらない。


 紫の瞳には、


 迷いも恐怖もなかった。


「強制統合を開始する」



 ここはレイアノーティア。


 恐怖は、


 人を管理へ向かわせる。


 けれど。


 管理の外で生まれたものが、


 まだここにある。



 第133話 了

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