第130話 文句を言いに来た
ここはレイアノーティア。
世界は、
ときどき正しすぎる。
正しい道。
正しい答え。
正しい未来。
そのどれもが間違っていなくても。
自分で選んだものでなければ、
少しだけ寂しい。
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灰色の砂が、
乾いた風に流れていた。
空は濁り、
遠くの景色は輪郭を失っている。
グレイフィールド。
世界の均衡が、
最も濃く現れる場所。
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砂漠の中央に、
一人の魔王が立っていた。
漆黒の翼。
長い黒髪。
紫の瞳。
統戒の魔王――ドミニオン。
その背後には、
白い外套をまとったエヴァンがいる。
風が吹いても、
その裾はほとんど揺れなかった。
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トンヌラは、
歩みを止めなかった。
仲間たちは、
半歩後ろで足を止める。
ぽめは、
フィーの腕の中で眠っている。
相変わらず、
ぴくりとも動かない。
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ドミニオンが口を開いた。
「来たか」
低い声。
怒りもない。
歓迎もない。
ただ、
予測された結果を確認するような響きだった。
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トンヌラは肩をすくめた。
「ああ。文句を言いにな」
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沈黙。
灰色の砂だけが流れていく。
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エヴァンが静かに目を細めた。
「文句?」
「そうだ」
トンヌラは、
ドミニオンを見上げた。
「勝手に名前を奪った。勝手に世界を整えた。勝手に仲間が選べる場所を減らした」
少しだけ笑う。
「気に入らねえ」
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ドミニオンの表情は動かない。
「均衡は保たれている。争いは減少した。災害は抑制され、死者も減少した」
紫の瞳が、
静かに光った。
「何が不満だ」
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コムギが、
一歩前へ出た。
「選ばせてもらえないことです。正解だけを渡されるのは、少し苦しいです」
静かな声だった。
けれど、
迷いはなかった。
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ミラがギターを抱え直す。
「揺れない世界じゃ、音は鳴らない」
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ガルドは盾へ手を添えた。
「何を守るのかまで、誰かに決められたくありません」
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フィーは、
眠るぽめを抱いたまま言った。
「痛みがなくなることは、嬉しいです。でも、痛いと感じることまで奪われる世界は違います」
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最後に、
クラウスが口を開く。
「揺らぎを消し続ければ、選択そのものが痩せていきます」
まっすぐ、
ドミニオンを見た。
「最後に残るのは、選ぶ必要さえない世界です」
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ドミニオンは静かに答えた。
「揺らぎは破綻の種である。削ることは合理だ」
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トンヌラは苦笑した。
「合理だけじゃ、人間は生きてねえよ」
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その言葉に、
エヴァンが一歩前へ出る。
白い外套だけが、
灰色の世界から切り取られたように浮いていた。
「合理だからこそ、世界は続くのです。予測不能は事故を生み、事故は悲しみを生みます。その悲しみは次の悲しみへ連鎖する」
静かな声だった。
「だから私は、起こる前に止める」
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トンヌラは、
わずかに首を傾げた。
「怖いのか?」
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風が止まった。
砂漠から、
すべての音が消えたように感じた。
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エヴァンは答えない。
答えられない。
その沈黙だけで、
十分だった。
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「俺も怖いぞ。毎回だ。何が起きるかなんて分からないし、だいたい失敗する」
トンヌラが笑った。
仲間たちからも、
小さな笑いが漏れる。
エヴァンだけは、
笑わなかった。
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「でも、失敗するかもしれないから選ぶんだろ」
トンヌラは続ける。
「正解が分からないから、自分で決めるんだ」
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エヴァンの瞳が、
わずかに揺れた。
「私は、世界を守っている」
「違う」
トンヌラは首を振った。
「守ってるのは、お前の安心だ」
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エヴァンの表情が、
初めて崩れた。
怒りではない。
否定でもない。
触れられたくなかった場所を、
正確に指された者の揺れだった。
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「違う」
小さく呟く。
「私は、世界を……」
その先が続かない。
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ドミニオンが翼を広げた。
空気が沈む。
灰色の砂が、
地面へ押しつけられた。
「十分だ。対話を終了する」
紫の瞳が、
トンヌラの仲間たちを順番に見た。
「揺らぎを望むなら、証明せよ」
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灰色の大地が割れた。
亀裂の奥から、
無数の魔物が這い出してくる。
牙。
爪。
歪められた輪郭。
砂漠を埋め尽くすほどの群れ。
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その奥で、
四つの影がゆっくり立ち上がった。
不協和を写した影。
災衡を写した影。
衰退を写した影。
虚無を写した影。
かつての魔王そのものではない。
それでも、
五戒の魔王の記録を再現した存在だった。
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五つ目は現れない。
破滅のドラグノフ。
その記録だけは、
勇者サトウの《アポカリプス・オブ・ドラグニール》によって断ち切られている。
再現不能。
世界がそう判定したものだけが、
空席として残っていた。
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「私と話したければ、ここまで来い」
ドミニオンの声が、
砂漠全体へ響き渡った。
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魔の気配が満ちる。
空気が重くなる。
足元の砂さえ、
こちらを拒むように沈んでいく。
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トンヌラは振り返らない。
仲間の顔を確かめることもしない。
ただ、
ドミニオンを見たまま言った。
「だってよ」
少しだけ笑う。
「文句、言いに来たんだろ?」
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ガルドが盾を構える。
コムギが荷物を背負い直す。
フィーがぽめを抱き直す。
ミラが弦へ指を置く。
クラウスが、
静かに目を閉じた。
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ガルドが低く言う。
「負けなきゃいい」
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トンヌラは笑った。
「ああ。それだけだ」
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ここはレイアノーティア。
正しさを証明しに来たのではない。
勝つためでもない。
ただ。
自分で選ぶ場所を返せと、
文句を言いに来た。
第130話 了




