表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第13章 何度でも、朝へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
130/140

第130話 文句を言いに来た

 ここはレイアノーティア。


 世界は、


 ときどき正しすぎる。


 正しい道。


 正しい答え。


 正しい未来。


 そのどれもが間違っていなくても。


 自分で選んだものでなければ、


 少しだけ寂しい。



 灰色の砂が、


 乾いた風に流れていた。


 空は濁り、


 遠くの景色は輪郭を失っている。


 グレイフィールド。


 世界の均衡が、


 最も濃く現れる場所。



 砂漠の中央に、


 一人の魔王が立っていた。


 漆黒の翼。


 長い黒髪。


 紫の瞳。


 統戒の魔王――ドミニオン。


 その背後には、


 白い外套をまとったエヴァンがいる。


 風が吹いても、


 その裾はほとんど揺れなかった。



 トンヌラは、


 歩みを止めなかった。


 仲間たちは、


 半歩後ろで足を止める。


 ぽめは、


 フィーの腕の中で眠っている。


 相変わらず、


 ぴくりとも動かない。



 ドミニオンが口を開いた。


「来たか」


 低い声。


 怒りもない。


 歓迎もない。


 ただ、


 予測された結果を確認するような響きだった。



 トンヌラは肩をすくめた。


「ああ。文句を言いにな」



 沈黙。


 灰色の砂だけが流れていく。



 エヴァンが静かに目を細めた。


「文句?」


「そうだ」


 トンヌラは、


 ドミニオンを見上げた。


「勝手に名前を奪った。勝手に世界を整えた。勝手に仲間が選べる場所を減らした」


 少しだけ笑う。


「気に入らねえ」



 ドミニオンの表情は動かない。


「均衡は保たれている。争いは減少した。災害は抑制され、死者も減少した」


 紫の瞳が、


 静かに光った。


「何が不満だ」



 コムギが、


 一歩前へ出た。


「選ばせてもらえないことです。正解だけを渡されるのは、少し苦しいです」


 静かな声だった。


 けれど、


 迷いはなかった。



 ミラがギターを抱え直す。


「揺れない世界じゃ、音は鳴らない」



 ガルドは盾へ手を添えた。


「何を守るのかまで、誰かに決められたくありません」



 フィーは、


 眠るぽめを抱いたまま言った。


「痛みがなくなることは、嬉しいです。でも、痛いと感じることまで奪われる世界は違います」



 最後に、


 クラウスが口を開く。


「揺らぎを消し続ければ、選択そのものが痩せていきます」


 まっすぐ、


 ドミニオンを見た。


「最後に残るのは、選ぶ必要さえない世界です」



 ドミニオンは静かに答えた。


「揺らぎは破綻の種である。削ることは合理だ」



 トンヌラは苦笑した。


「合理だけじゃ、人間は生きてねえよ」



 その言葉に、


 エヴァンが一歩前へ出る。


 白い外套だけが、


 灰色の世界から切り取られたように浮いていた。


「合理だからこそ、世界は続くのです。予測不能は事故を生み、事故は悲しみを生みます。その悲しみは次の悲しみへ連鎖する」


 静かな声だった。


「だから私は、起こる前に止める」



 トンヌラは、


 わずかに首を傾げた。


「怖いのか?」



 風が止まった。


 砂漠から、


 すべての音が消えたように感じた。



 エヴァンは答えない。


 答えられない。


 その沈黙だけで、


 十分だった。



「俺も怖いぞ。毎回だ。何が起きるかなんて分からないし、だいたい失敗する」


 トンヌラが笑った。


 仲間たちからも、


 小さな笑いが漏れる。


 エヴァンだけは、


 笑わなかった。



「でも、失敗するかもしれないから選ぶんだろ」


 トンヌラは続ける。


「正解が分からないから、自分で決めるんだ」



 エヴァンの瞳が、


 わずかに揺れた。


「私は、世界を守っている」


「違う」


 トンヌラは首を振った。


「守ってるのは、お前の安心だ」



 エヴァンの表情が、


 初めて崩れた。


 怒りではない。


 否定でもない。


 触れられたくなかった場所を、


 正確に指された者の揺れだった。



「違う」


 小さく呟く。


「私は、世界を……」


 その先が続かない。



 ドミニオンが翼を広げた。


 空気が沈む。


 灰色の砂が、


 地面へ押しつけられた。


「十分だ。対話を終了する」


 紫の瞳が、


 トンヌラの仲間たちを順番に見た。


「揺らぎを望むなら、証明せよ」



 灰色の大地が割れた。


 亀裂の奥から、


 無数の魔物が這い出してくる。


 牙。


 爪。


 歪められた輪郭。


 砂漠を埋め尽くすほどの群れ。



 その奥で、


 四つの影がゆっくり立ち上がった。


 不協和を写した影。


 災衡を写した影。


 衰退を写した影。


 虚無を写した影。


 かつての魔王そのものではない。


 それでも、


 五戒の魔王の記録を再現した存在だった。



 五つ目は現れない。


 破滅のドラグノフ。


 その記録だけは、


 勇者サトウの《アポカリプス・オブ・ドラグニール》によって断ち切られている。


 再現不能。


 世界がそう判定したものだけが、


 空席として残っていた。



「私と話したければ、ここまで来い」


 ドミニオンの声が、


 砂漠全体へ響き渡った。



 魔の気配が満ちる。


 空気が重くなる。


 足元の砂さえ、


 こちらを拒むように沈んでいく。



 トンヌラは振り返らない。


 仲間の顔を確かめることもしない。


 ただ、


 ドミニオンを見たまま言った。


「だってよ」


 少しだけ笑う。


「文句、言いに来たんだろ?」



 ガルドが盾を構える。


 コムギが荷物を背負い直す。


 フィーがぽめを抱き直す。


 ミラが弦へ指を置く。


 クラウスが、


 静かに目を閉じた。



 ガルドが低く言う。


「負けなきゃいい」



 トンヌラは笑った。


「ああ。それだけだ」



 ここはレイアノーティア。


 正しさを証明しに来たのではない。


 勝つためでもない。


 ただ。


 自分で選ぶ場所を返せと、


 文句を言いに来た。


 第130話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ