第128話 最初からあったもの
ここはレイアノーティア。
名前は、
人を強くする。
けれど。
名前がなくても、
歩ける者はいる。
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メルグラフ冒険者ギルド。
昼だというのに、
人は少なかった。
依頼板には、
空白が目立っている。
魔物は減った。
事件も減った。
争いも起きない。
静かだった。
静かすぎるほどに。
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扉が開く。
トンヌラたちが入ってきた。
室内の視線が、
一度だけ集まる。
けれど、
誰も大きな声を上げない。
驚きも。
懐かしさも。
形になる前に静まっていく。
それが、
この三か月の世界だった。
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受付の女性が立ち上がる。
「職業確認ですね」
コムギが頷いた。
「お願いします」
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案内された部屋の中央に、
透明な職業水晶が置かれていた。
形も。
色も。
以前と変わらない。
変わったのは、
その前へ立つ者たちだけだった。
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「団長。最初にお願いします」
ガルドが静かに促した。
「ああ。俺は先に済ませる」
トンヌラは水晶の前へ進み、
少しだけ笑った。
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水晶へ手を置く。
冷たい。
昔と同じ感触だった。
しばらく待つ。
何も起きない。
光らない。
文字も浮かばない。
円環も現れない。
水晶は、
ただ透明なままだった。
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受付の女性が、
戸惑ったように覗き込む。
「反応が……ありません」
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トンヌラは手を離した。
透明な水晶を、
しばらく見つめる。
「そうか」
それだけだった。
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悔しそうには見えない。
怒ってもいない。
驚きさえしなかった。
ただ、
分かっていた事実を、
もう一度確かめただけの顔だった。
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「次は俺が」
ガルドが前へ出る。
大きな手を、
水晶へ置いた。
瞬間。
赤い光が、
部屋いっぱいに広がった。
以前より深い。
以前より強い。
燃え上がるのではなく、
静かな熱を宿した赤だった。
水晶の中へ、
文字が刻まれていく。
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《Battle Warden》
戦場守護者
真名──ガルド
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受付の女性が息を呑んだ。
「真名まで……」
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続いて、
コムギが手を置く。
金色の光が、
柔らかく広がった。
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《Military Sustainer》
戦線維持者
真名──コムギ
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優しい光だった。
けれど、
その中心には揺らがない芯がある。
誰かに決められた配分ではない。
自分で選び、
自分で支えると決めた者の光だった。
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フィーが前へ出る。
水晶へ触れると、
緑の光がゆっくりと脈を打った。
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《Bio Tuner》
生命調律者
真名──フィー
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命の波が、
静かに部屋を満たしていく。
治せなかったものがある。
それでも。
命へ触れる手まで、
失われたわけではない。
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次はミラだった。
黒い眼帯。
音を拾わない左耳。
それでも迷わず、
水晶へ手を置いた。
藍色の波が、
水晶全体を包み込む。
光は一度大きく揺れ、
水晶そのものが、
低く震えた。
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《Rhythm Dominator》
拍動支配者
真名──ミラ
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傷とは関係なく、
以前よりも深い光だった。
欠けたから弱くなったのではない。
欠けた音まで、
自分の旋律として鳴らし始めた者の光だった。
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最後に、
クラウスが手を置く。
紫の光が、
鋭く水晶を走る。
以前と同じ色。
けれど、
以前ほど冷たくはない。
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《Paradox Tailor》
因果縫合者
真名──クラウス
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紫の光は、
静かに消えていった。
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受付の女性は、
言葉を失っていた。
「皆さん……以前より、ずっと……」
その先が続かない。
出力が違う。
光の深さが違う。
何より。
立っている者たちの存在そのものが、
以前とは違っていた。
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自然と全員の視線が、
トンヌラへ向いた。
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コムギが笑う。
「団長。見てください。ちゃんと残ってました」
トンヌラは頷いた。
「知ってる。最初から、お前らのものだからな」
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ガルドが頷いた。
「最初は、団長から与えられた力だと思っていました。ですが、違いました」
盾へ手を置く。
「これは、俺が守ると決めたから残ったものです」
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フィーも頷く。
「力をもらったんじゃありません。自分の中にあるものへ、気づかせてもらったんです」
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ミラが笑った。
「名前をつけてもらったからじゃない。自分で選んだから、まだ鳴ってる」
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クラウスが、
静かに口を開く。
「あなたは、鍵だったのだと思います」
トンヌラが眉を上げる。
「鍵?」
「扉を開く鍵です。ですが、その先を歩いたのは私たちでした」
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トンヌラは、
五人の顔を見た。
ガルド。
コムギ。
フィー。
ミラ。
クラウス。
以前なら、
何もしていないことを、
大げさな言葉で誤魔化したかもしれない。
今は、
ただ少しだけ笑った。
「じゃあ、俺、本当に何もしてないな」
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全員が吹き出した。
久しぶりの笑いだった。
無理に明るくした声ではない。
誰かを励ますためでもない。
ただ、
おかしくて笑った。
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その時。
ぽめが、
のそのそと水晶へ近づいてきた。
受付の女性が目を丸くする。
「えっ。この子も確認するんですか?」
ぽめは水晶の前で止まり、
透明な表面をじっと見つめた。
鼻先を近づける。
水晶は、
何も映さない。
光らない。
文字も出ない。
ぽめはすぐに興味を失い、
その場で丸くなった。
「……すぴ」
受付の女性が苦笑する。
「反応……なしですね」
「寝に来ただけだな」
トンヌラが言う。
ぽめは答えず、
もう寝息を立てていた。
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トンヌラは、
もう一度水晶を見る。
そこには、
五人の名前が残っていた。
赤。
金。
緑。
藍。
紫。
自分が立っていた場所には、
何もない。
表示されない。
空白ですらない。
まるで最初から、
そこへ誰も触れていなかったように。
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トンヌラは、
透明な水晶を見つめたまま言った。
「まあ」
少しだけ笑う。
「空いてるなら、それでいい」
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ギルドを出る。
外には、
静かな風が吹いていた。
ガルドが隣へ並ぶ。
「どこへ向かいますか」
トンヌラは空を見上げた。
「決まってる」
口元が、
わずかに上がる。
「グレイフィールドだ。文句、言いに行こう」
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ここはレイアノーティア。
名がなくても。
光らなくても。
選んだ足までは、
消えない。
第128話 了




