表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第13章 何度でも、朝へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
128/136

第128話 最初からあったもの

 ここはレイアノーティア。


 名前は、


 人を強くする。


 けれど。


 名前がなくても、


 歩ける者はいる。



 メルグラフ冒険者ギルド。


 昼だというのに、


 人は少なかった。


 依頼板には、


 空白が目立っている。


 魔物は減った。


 事件も減った。


 争いも起きない。


 静かだった。


 静かすぎるほどに。



 扉が開く。


 トンヌラたちが入ってきた。


 室内の視線が、


 一度だけ集まる。


 けれど、


 誰も大きな声を上げない。


 驚きも。


 懐かしさも。


 形になる前に静まっていく。


 それが、


 この三か月の世界だった。



 受付の女性が立ち上がる。


「職業確認ですね」


 コムギが頷いた。


「お願いします」



 案内された部屋の中央に、


 透明な職業水晶が置かれていた。


 形も。


 色も。


 以前と変わらない。


 変わったのは、


 その前へ立つ者たちだけだった。



「団長。最初にお願いします」


 ガルドが静かに促した。


「ああ。俺は先に済ませる」


 トンヌラは水晶の前へ進み、


 少しだけ笑った。



 水晶へ手を置く。


 冷たい。


 昔と同じ感触だった。


 しばらく待つ。


 何も起きない。


 光らない。


 文字も浮かばない。


 円環も現れない。


 水晶は、


 ただ透明なままだった。



 受付の女性が、


 戸惑ったように覗き込む。


「反応が……ありません」



 トンヌラは手を離した。


 透明な水晶を、


 しばらく見つめる。


「そうか」


 それだけだった。



 悔しそうには見えない。


 怒ってもいない。


 驚きさえしなかった。


 ただ、


 分かっていた事実を、


 もう一度確かめただけの顔だった。



「次は俺が」


 ガルドが前へ出る。


 大きな手を、


 水晶へ置いた。


 瞬間。


 赤い光が、


 部屋いっぱいに広がった。


 以前より深い。


 以前より強い。


 燃え上がるのではなく、


 静かな熱を宿した赤だった。


 水晶の中へ、


 文字が刻まれていく。



《Battle Warden》


戦場守護者バトル・ウォーデン


真名──ガルド



 受付の女性が息を呑んだ。


「真名まで……」



 続いて、


 コムギが手を置く。


 金色の光が、


 柔らかく広がった。



《Military Sustainer》


戦線維持者ミリタリー・サスティナー


真名──コムギ



 優しい光だった。


 けれど、


 その中心には揺らがない芯がある。


 誰かに決められた配分ではない。


 自分で選び、


 自分で支えると決めた者の光だった。



 フィーが前へ出る。


 水晶へ触れると、


 緑の光がゆっくりと脈を打った。



《Bio Tuner》


生命調律者バイオ・チューナー


真名──フィー



 命の波が、


 静かに部屋を満たしていく。


 治せなかったものがある。


 それでも。


 命へ触れる手まで、


 失われたわけではない。



 次はミラだった。


 黒い眼帯。


 音を拾わない左耳。


 それでも迷わず、


 水晶へ手を置いた。


 藍色の波が、


 水晶全体を包み込む。


 光は一度大きく揺れ、


 水晶そのものが、


 低く震えた。



《Rhythm Dominator》


拍動支配者リズム・ドミネーター


真名──ミラ



 傷とは関係なく、


 以前よりも深い光だった。


 欠けたから弱くなったのではない。


 欠けた音まで、


 自分の旋律として鳴らし始めた者の光だった。



 最後に、


 クラウスが手を置く。


 紫の光が、


 鋭く水晶を走る。


 以前と同じ色。


 けれど、


 以前ほど冷たくはない。



《Paradox Tailor》


因果縫合者パラドックス・テイラー


真名──クラウス



 紫の光は、


 静かに消えていった。



 受付の女性は、


 言葉を失っていた。


「皆さん……以前より、ずっと……」


 その先が続かない。


 出力が違う。


 光の深さが違う。


 何より。


 立っている者たちの存在そのものが、


 以前とは違っていた。



 自然と全員の視線が、


 トンヌラへ向いた。



 コムギが笑う。


「団長。見てください。ちゃんと残ってました」


 トンヌラは頷いた。


「知ってる。最初から、お前らのものだからな」



 ガルドが頷いた。


「最初は、団長から与えられた力だと思っていました。ですが、違いました」


 盾へ手を置く。


「これは、俺が守ると決めたから残ったものです」



 フィーも頷く。


「力をもらったんじゃありません。自分の中にあるものへ、気づかせてもらったんです」



 ミラが笑った。


「名前をつけてもらったからじゃない。自分で選んだから、まだ鳴ってる」



 クラウスが、


 静かに口を開く。


「あなたは、鍵だったのだと思います」


 トンヌラが眉を上げる。


「鍵?」


「扉を開く鍵です。ですが、その先を歩いたのは私たちでした」



 トンヌラは、


 五人の顔を見た。


 ガルド。


 コムギ。


 フィー。


 ミラ。


 クラウス。


 以前なら、


 何もしていないことを、


 大げさな言葉で誤魔化したかもしれない。


 今は、


 ただ少しだけ笑った。


「じゃあ、俺、本当に何もしてないな」



 全員が吹き出した。


 久しぶりの笑いだった。


 無理に明るくした声ではない。


 誰かを励ますためでもない。


 ただ、


 おかしくて笑った。



 その時。


 ぽめが、


 のそのそと水晶へ近づいてきた。


 受付の女性が目を丸くする。


「えっ。この子も確認するんですか?」


 ぽめは水晶の前で止まり、


 透明な表面をじっと見つめた。


 鼻先を近づける。


 水晶は、


 何も映さない。


 光らない。


 文字も出ない。


 ぽめはすぐに興味を失い、


 その場で丸くなった。


「……すぴ」


 受付の女性が苦笑する。


「反応……なしですね」


「寝に来ただけだな」


 トンヌラが言う。


 ぽめは答えず、


 もう寝息を立てていた。



 トンヌラは、


 もう一度水晶を見る。


 そこには、


 五人の名前が残っていた。


 赤。


 金。


 緑。


 藍。


 紫。


 自分が立っていた場所には、


 何もない。


 表示されない。


 空白ですらない。


 まるで最初から、


 そこへ誰も触れていなかったように。



 トンヌラは、


 透明な水晶を見つめたまま言った。


「まあ」


 少しだけ笑う。


「空いてるなら、それでいい」



 ギルドを出る。


 外には、


 静かな風が吹いていた。


 ガルドが隣へ並ぶ。


「どこへ向かいますか」


 トンヌラは空を見上げた。


「決まってる」


 口元が、


 わずかに上がる。


「グレイフィールドだ。文句、言いに行こう」



 ここはレイアノーティア。


 名がなくても。


 光らなくても。


 選んだ足までは、


 消えない。


 第128話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ