第127話 再び、降りる
ここはレイアノーティア。
立ち止まることと、
歩かないことは、
少しだけ違う。
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丘の上の家。
朝は、
いつもと同じだった。
窓から風が入る。
古い床が小さく鳴る。
鍋には、
昨夜の残りが少しだけ残っている。
何も変わらない。
変わらなさすぎる朝だった。
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トンヌラは、
ゆっくり立ち上がった。
三か月。
毎日、
同じ景色を見ていた。
同じ場所へ座り、
同じ空を見上げていた。
何もしない。
いや。
何もできない。
そう思っていた。
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「……行くか」
誰に聞かせるでもない。
独り言だった。
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縁側で丸くなっていたぽめが、
片目だけを開いた。
「くぁ……」
大きな欠伸。
それから、
当然のように立ち上がる。
「お前も来るのか」
ぽめは返事をしない。
尻尾だけが、
一度揺れた。
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坂道を下る。
砂利を踏む音。
一歩。
また一歩。
重くはない。
軽くもない。
ただ、
歩幅だけは自分で決めた。
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木陰から声がした。
「やはり、降りましたね」
クラウスだった。
以前と同じ服。
以前と同じ笑み。
けれど。
立ち方が違っていた。
観測する者の立ち方ではない。
同じ地面へ足を置く、
一人の人間の立ち方だった。
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「待ってたのか」
「ええ。ずっと」
短い返事。
トンヌラは、
少しだけ笑った。
「暇だな」
「はい」
即答だった。
その返事が少しおかしくて、
二人とも笑った。
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街が近づく。
風の匂いが変わる。
人の匂い。
焼きたてのパン。
鍛冶場の鉄。
市場に並ぶ野菜。
以前と同じように、
すべてがそこにある。
けれど。
どこか静かだった。
静かすぎる。
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門の前に、
ガルドが立っていた。
盾を背負い、
腕を組み、
以前と同じ場所にいる。
「団長」
短い声。
トンヌラは、
反射のように答えた。
「団長ではない」
「知っています。それでも、そう呼びたいだけです」
ガルドは、
少しだけ笑った。
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少し離れたところに、
フィーが立っていた。
以前より痩せている。
目の下にも、
薄い影が残っていた。
それでも。
目だけは、
まっすぐ前を向いている。
「……来ましたね」
「来た」
それだけだった。
それだけで、
十分だった。
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その時。
遠くから、
大きな声が響いた。
「団長ーーー!!」
コムギが、
全力で走ってくる。
息を切らしながら、
トンヌラの前で止まる。
「全部、置いてきました!」
「何をだ」
「今日は、私が決めませんって言ってきました!」
トンヌラが眉を上げる。
「怒られたか?」
「困ってました!」
満面の笑み。
それから、
少しだけ照れながら続ける。
「でも最後は、みんなで決めますって」
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トンヌラは、
小さく頷いた。
「そうか」
短い返事。
けれど。
その声は、
少しだけ嬉しそうだった。
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また足音がした。
今度は軽い。
一定の速さ。
「遅い」
ミラだった。
黒い眼帯。
背中のギター。
片耳だけで風を聞きながら、
ゆっくりこちらへ歩いてくる。
「三か月待った」
トンヌラは苦笑した。
「そんなにか」
「長かった」
ミラは笑う。
「団長」
「団長ではない」
「知ってる。でも、団長」
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全員が揃った。
誰も、
これからどうするとは聞かなかった。
まだ決まっていないことは多い。
何ができるのかも、
分からない。
けれど。
向かう場所だけは、
全員が知っていた。
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ぽめが、
フィーの足元へ歩いていく。
そこで丸くなる。
そして眠る。
いつも通りだった。
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トンヌラは、
静かな街を見渡した。
市場。
子どもたち。
働く職人。
笑っている人々。
何も壊れてはいない。
誰も苦しそうには見えない。
それでも。
少しだけ、
静かすぎた。
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「なあ」
トンヌラが言った。
「今までも、俺は何もしてない」
誰も否定しなかった。
ガルドも。
コムギも。
フィーも。
ミラも。
クラウスも。
ただ、
続きを待っていた。
「今回も同じだ」
トンヌラは、
少しだけ笑った。
「世界を、ちょっと誤解させるだけだ」
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風が吹いた。
街の鐘が鳴る。
予定された時刻に。
予定された音で。
少しのずれもなく。
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トンヌラが歩き出す。
「文句、言いに行くぞ」
ガルドが並ぶ。
コムギが続く。
フィーが歩く。
ミラがギターを背負い直す。
クラウスも、
静かに同じ列へ加わる。
ぽめだけが少し遅れて立ち上がり、
眠そうな足取りで後を追った。
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ここはレイアノーティア。
役割はなくなった。
力も、
名も、
以前と同じではない。
それでも。
選ぶ足は、
まだ動く。
第127話 了




