表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴカイ無双―五つの戒めは、世界を自由にする―  作者: フラグメント水沢
第13章 何度でも、朝へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
127/134

第127話 再び、降りる

 ここはレイアノーティア。


 立ち止まることと、


 歩かないことは、


 少しだけ違う。



 丘の上の家。


 朝は、


 いつもと同じだった。


 窓から風が入る。


 古い床が小さく鳴る。


 鍋には、


 昨夜の残りが少しだけ残っている。


 何も変わらない。


 変わらなさすぎる朝だった。



 トンヌラは、


 ゆっくり立ち上がった。


 三か月。


 毎日、


 同じ景色を見ていた。


 同じ場所へ座り、


 同じ空を見上げていた。


 何もしない。


 いや。


 何もできない。


 そう思っていた。



「……行くか」


 誰に聞かせるでもない。


 独り言だった。



 縁側で丸くなっていたぽめが、


 片目だけを開いた。


「くぁ……」


 大きな欠伸。


 それから、


 当然のように立ち上がる。


「お前も来るのか」


 ぽめは返事をしない。


 尻尾だけが、


 一度揺れた。



 坂道を下る。


 砂利を踏む音。


 一歩。


 また一歩。


 重くはない。


 軽くもない。


 ただ、


 歩幅だけは自分で決めた。



 木陰から声がした。


「やはり、降りましたね」


 クラウスだった。


 以前と同じ服。


 以前と同じ笑み。


 けれど。


 立ち方が違っていた。


 観測する者の立ち方ではない。


 同じ地面へ足を置く、


 一人の人間の立ち方だった。



「待ってたのか」


「ええ。ずっと」


 短い返事。


 トンヌラは、


 少しだけ笑った。


「暇だな」


「はい」


 即答だった。


 その返事が少しおかしくて、


 二人とも笑った。



 街が近づく。


 風の匂いが変わる。


 人の匂い。


 焼きたてのパン。


 鍛冶場の鉄。


 市場に並ぶ野菜。


 以前と同じように、


 すべてがそこにある。


 けれど。


 どこか静かだった。


 静かすぎる。



 門の前に、


 ガルドが立っていた。


 盾を背負い、


 腕を組み、


 以前と同じ場所にいる。


「団長」


 短い声。


 トンヌラは、


 反射のように答えた。


「団長ではない」


「知っています。それでも、そう呼びたいだけです」


 ガルドは、


 少しだけ笑った。



 少し離れたところに、


 フィーが立っていた。


 以前より痩せている。


 目の下にも、


 薄い影が残っていた。


 それでも。


 目だけは、


 まっすぐ前を向いている。


「……来ましたね」


「来た」


 それだけだった。


 それだけで、


 十分だった。



 その時。


 遠くから、


 大きな声が響いた。


「団長ーーー!!」


 コムギが、


 全力で走ってくる。


 息を切らしながら、


 トンヌラの前で止まる。


「全部、置いてきました!」


「何をだ」


「今日は、私が決めませんって言ってきました!」


 トンヌラが眉を上げる。


「怒られたか?」


「困ってました!」


 満面の笑み。


 それから、


 少しだけ照れながら続ける。


「でも最後は、みんなで決めますって」



 トンヌラは、


 小さく頷いた。


「そうか」


 短い返事。


 けれど。


 その声は、


 少しだけ嬉しそうだった。



 また足音がした。


 今度は軽い。


 一定の速さ。


「遅い」


 ミラだった。


 黒い眼帯。


 背中のギター。


 片耳だけで風を聞きながら、


 ゆっくりこちらへ歩いてくる。


「三か月待った」


 トンヌラは苦笑した。


「そんなにか」


「長かった」


 ミラは笑う。


「団長」


「団長ではない」


「知ってる。でも、団長」



 全員が揃った。


 誰も、


 これからどうするとは聞かなかった。


 まだ決まっていないことは多い。


 何ができるのかも、


 分からない。


 けれど。


 向かう場所だけは、


 全員が知っていた。



 ぽめが、


 フィーの足元へ歩いていく。


 そこで丸くなる。


 そして眠る。


 いつも通りだった。



 トンヌラは、


 静かな街を見渡した。


 市場。


 子どもたち。


 働く職人。


 笑っている人々。


 何も壊れてはいない。


 誰も苦しそうには見えない。


 それでも。


 少しだけ、


 静かすぎた。



「なあ」


 トンヌラが言った。


「今までも、俺は何もしてない」


 誰も否定しなかった。


 ガルドも。


 コムギも。


 フィーも。


 ミラも。


 クラウスも。


 ただ、


 続きを待っていた。


「今回も同じだ」


 トンヌラは、


 少しだけ笑った。


「世界を、ちょっと誤解させるだけだ」



 風が吹いた。


 街の鐘が鳴る。


 予定された時刻に。


 予定された音で。


 少しのずれもなく。



 トンヌラが歩き出す。


「文句、言いに行くぞ」


 ガルドが並ぶ。


 コムギが続く。


 フィーが歩く。


 ミラがギターを背負い直す。


 クラウスも、


 静かに同じ列へ加わる。


 ぽめだけが少し遅れて立ち上がり、


 眠そうな足取りで後を追った。



 ここはレイアノーティア。


 役割はなくなった。


 力も、


 名も、


 以前と同じではない。


 それでも。


 選ぶ足は、


 まだ動く。


 第127話 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ