第122話 伝えに来た
ここはレイアノーティア。
届かない声がある。
それでも。
誰かが、次の誰かへ繋いでいく。
消えないものを、
もう一度、届けるために。
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ギルドの廊下。
フィーは、閉じられた診療室の扉の前に立っていた。
中では、ミラが眠っている。
片側だけになった世界で。
ギターのそばで。
フィーは壁へ背中を預け、ゆっくり息を吐いた。
廊下の隅では、ぽめが丸くなって眠っている。
いつからそこにいたのか、誰も知らない。
呼んでも起きない。
身体を揺らしても、目を開けない。
ただ静かに、
深い眠りの中にいた。
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(団長は、まだ知らない)
アンタイトルの外れにある丘の家で、
何もせずに暮らしている。
ぽめがいないことにも、
きっと少し遅れて気づく。
知らせるべきなのか。
知らせない方がいいのか。
あの人は今、
何も持っていない。
怒る力も。
世界へ言い返す力も。
誰かの名を呼ぶ力も。
ミラの怪我を知ったら、
何が残るのか分からない。
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でも。
黙っているのは違う。
ミラは生きている。
傷ついている。
悔しいと泣いた。
それでも、
まだ鳴ると言った。
その言葉を、
あの人へ届けないのは違う。
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数日後。
アンタイトルの外れにある丘。
古びた空き家の縁側に、
トンヌラは座っていた。
何もしていない。
ただ、空を見ている。
その隣では、ぽめが丸くなって眠っていた。
いつ戻ってきたのか、誰も知らない。
気づけば、
いつもの場所にいた。
⸻
フィーは家の前で足を止めた。
足が重い。
胸が苦しい。
それでも、
縁側の前まで進んだ。
「団長」
トンヌラが顔を上げる。
「団長ではない」
いつもの訂正。
けれど、
声はひどく薄かった。
「……トンヌラさん」
「おう」
普通の顔だった。
何も変わっていないように見える。
それが、
余計に苦しかった。
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フィーは言葉を選べなかった。
選んでしまえば、
言えなくなる気がした。
だから、
そのまま口にした。
「ミラが……怪我をしました」
風の音だけが残った。
トンヌラの目が、わずかに揺れる。
「……どれくらいだ」
「左目と、左耳です。視力と聴力を……失いました」
声が震えた。
それ以上は、
続けられなかった。
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トンヌラは空を見た。
怒らない。
叫ばない。
拳も握らない。
ただ、
静かに座っている。
「治るのか」
フィーは首を振った。
「時間が経ちすぎています。命は助かりました。でも、失われた機能を支える波は、もう残っていません。私では……戻せません」
最後の言葉が、
喉の奥で崩れた。
「治せません」
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トンヌラは、
しばらく何も言わなかった。
フィーは怒ってほしかった。
責めてほしかった。
なぜそこにいなかったのか。
なぜ助けられなかったのか。
そう言われた方が、
まだ前へ進める気がした。
けれど、
トンヌラは何も言わない。
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「……そうか」
それだけだった。
フィーの胸が締めつけられる。
「団長……」
「お前は悪くない。誰も悪くない。事故だったんだろ。仕方ない」
優しい声だった。
優しいはずだった。
けれど、
中には何もなかった。
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(何も感じていない……?)
違う。
感じていないわけではない。
目は揺れた。
声も、ほんの少しだけ沈んだ。
ミラのことを、
どうでもいいと思っているわけではない。
ただ。
感じたものを動かす場所がない。
怒りへ変える場所も。
言葉へ変える力も。
誰かへ手を伸ばす理由も。
そこだけが、
きれいに奪われている。
⸻
「違います」
フィーは首を振った。
「それで終わらせないでください。誰も悪くない、仕方なかったで終わったら、ミラが痛かったことまで、何もなかったみたいになってしまいます」
トンヌラがフィーを見る。
困ったような顔だった。
「でも、俺に何ができる」
静かな問いだった。
あまりにも弱い問いだった。
フィーは答えられない。
今のトンヌラへ、
何かをしろとは言えない。
立ち上がれとも。
戦えとも。
戻ってこいとも言えない。
それでも。
このまま静かに終わらせるのは、
もっと違う。
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「ミラは、まだ鳴るって言いました」
フィーは涙を拭った。
「悔しいって泣いていました。音が半分しか返ってこないって。距離も分からないって。それでも、まだ鳴るって言ったんです」
トンヌラの目が、
わずかに動く。
「だから、私は伝えに来ました。治せないものがあります。戻せないものもあります。でも、なくなっていないものまで、終わったことにしたくありません」
フィーは、
眠るぽめへ視線を向けた。
ぽめは動かない。
呼吸だけを繰り返しながら、
深い眠りの中にいる。
「消えていないものも、あります」
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トンヌラはゆっくり視線を落とした。
自分の手を見る。
普通の手。
今は、
何もできない手。
それから、
遠くの空を見た。
「……まだ鳴る、か」
小さな声だった。
大きな力はない。
決意とも呼べない。
それでも、
完全な空洞ではなかった。
フィーは、
ようやく少しだけ息を吸った。
⸻
ここはレイアノーティア。
届かない声がある。
動かない心がある。
それでも、
誰かが伝えに来る。
消えていないものを、
もう一度、呼び戻すために。
第122話 了




