第60話 謎の連絡手段
商品の売れていない形跡、埃のない古いディスプレイ。目的は加護縫いを求める客を騙し、手先にすること。だから普通の刺繍の商品を仕入れる必要なんてない。
すべてが、偽りの舞台装置のように思えてくる。ランディー王子がつけてくれた護衛は外で待機している。合図を送ればすぐに突入してくれる。
まずは自分がエミリアさんの嘘を暴かなくてはとミリアムは思った。
「……この店は本当に商売として成り立っているんですか?」
魔法陣に手をかざさずに質問をすると、エミリアさんがピクリと反応する。
「どういうことでしょうか?」
「商品がまったく売れていない形跡があるのに、どうやって続けているのでしょう?」
エミリアさんが真顔になった。
「何をおっしゃっているのかわかりませんわ。もちろんお客様がいらっしゃるから続けられるのですよ。」
「そうでしょうか?ホコリこそ被っていないものの、商品の形にやけたディスプレイは、飾られた品々が長期間売れていないことを示していますわ。」
「……なにがおっしゃりたいのでしょう?」
「そう、まるで……この魔法陣に手をかざさせるのが、この店の目的かのようですね。」
「そんなわけはありません。せっかくお困りのようでしたので、特別な商品をお出ししようかと思いましたが、私の勘違いだったようで申し訳ありませんでした。」
エミリアさんがそう言って、魔法陣を片付けようとした時だった。嘘の糸が強くまばゆく輝く。
「ミリぽむ、今だッピ!嘘のほころびを引き抜くッピ!」
「そのほころび、見逃しません!」
ミリアムは糸を引き抜いた。
エミリアさんがハッとした表情を浮かべる。
「嘘です。あなたの目的は商売ではない。この店はカモフラージュでしょう?あなたはアンバスター王国の王家の影として、ここに潜入している。ルーパート王国を監視するためのスパイですね?」
エミリアさんの顔色が青ざめた。笑顔が完全に崩れ、代わりに獣のような鋭い視線がミリアムを射抜き、空気が凍りつく。
あれがいつも優しい笑顔だったエミリアさんなの?ミリアムは思わず恐怖で後ずさりそうになるが、なんとか踏みとどまった。
「何を馬鹿なことを……。私はただの店長ですよ。妄想はよしてください。」
「嘘のほころびの糸を引き抜いたのに、自白しない……!?」
「ミリぽむ、入れ墨だッピ!あれがなんか、抵抗してるみたいだッピ!」
「忠誠の強制が働いているのね!」
エミリアさんは苦しげにこちらを睨みながらも、本当のことを言わなかった。
「この店を維持するための資金はどこから来ているんですか?全員に王家の影にならせる為の魔法陣に触れさせることは出来ない筈。加護縫いを内緒で流通させた分だけじゃ、回せない筈だわ。つまり運営資金は他から出ているんですよね?」
新しい嘘の糸が、さらに太くエミリアさんに絡みつく。エミリアさんの目が危険に輝いた。カウンターの下から、何かを素早く取り──小さな短剣を手にした。
光が刃に反射し、ミリアムの心臓がドクンと音を立てた。ミリアムは合図の笛を無らした。エミリアさんが短剣を構え、ミリアムに向かって飛びかかろうとした瞬間、ドアが激しく蹴破られた。
ランディー王子手配の精鋭護衛たちが、雪崩れ込むように入ってくる。エミリアさんは一瞬の隙を突かれ、取り押さえられた。短剣が床に落ち、金属音が床に響く。
王太子妃たるミリアムの護衛は、当然見える場所にいる人だけではない。見えないようにしながら、何人も護衛についているのだ。
「離して!これは誤解よ!」
エミリアさんは叫んだが、ナイフを手に王太子妃であるミリアムを襲った事実は動かない。
護衛の一人がエミリアさんのポケットを探り、腕輪を発見した。アンバスター王国の王家の影が持つ刻印が押されたものだ。
ミリアムは息を吐いた。この店はアンバスター王国のスパイ拠点だった。エミリアさんは王家の影として、潜入していたのだ。
緊張がようやく解け、ミリアムの膝がわずかに震える。ミリアムはエミリアさんの背後で揺れる嘘のほころびの糸を引き抜いた。
「エミリアさん、あなたは王家の命令でここにいるんですね。商売はただの隠れ蓑。この腕輪の紋章はアンバスター王国の王家の影が持つ物です。もうごまかせないわ。」
エミリアさんは観念したように肩を落とした。護衛に押さえつけられたまま体を起こされて、吐き捨てるように言った。
「……ええ、そうよ。加護縫いを欲しがる人間を、アンバスター王国の王家の影として引きずりこむことと、情報収集が私の任務よ。」
嘘のほころびは、もう見えなかった。彼女の言葉は本当だ。ミリアムはため息をつき、空気を深く吸い込んだ。
緊張の余韻がまだ体を震わせているが、心はすでに次の謎に向かっていた。アンバスター王国からの指示の方法だ。エミリアさんは、どうやってそれを受け取っていたのか?
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