第59話 エミリアさんの正体
だからこの店ではまったく商品が売れた形跡がなくて、ミリアムを騙すためだけに用意された店なのだとしたら……?
「熱心にご覧いただいていますが、何か気に入られたものがありますか?」
エミリアさんが突然声をかけてきて、考え込んでいたミリアムはハッとした。
「え、ええ、ちょっと悩んでいて……。」
「どのようなものをお探しですか?」
「ええと……プレゼントを……。」
今のミリアムは王太子妃としてルーパート王国に来ているから、エミリアさんと絡む機会はない。
仮に彼女の店が、ミリアムの為ではなく、この国を監視する目的で作られていたのだとしたら、ミリアムが罪人としてルーパート王国にくる以前から、ここにあるのもうなずける。
エミリアさんは、アンバスター王国の王家の影なのかも知れない。ミリアムを殺したのも、加護縫いの聖女であるミリアムを殺す役目を、アンバスター王国の誰かから指示されたからなのだとしたら。
どうやってそれを暴いたらいいのだろうとミリアムは考えた。
気付かれないようにしなくてはならないのに、エミリアさんの優しい笑顔の裏側に、鋭い視線が潜んでいる気がして、背筋が冷たくなる。
ミリアムは、胸の鼓動が激しく鳴り響くのを抑えきれなかった。
「プレゼントをお探しですか?それでしたら、こちらのハンカチはいかがでしょう。特別な刺繍が施されていて、幸運を呼ぶと言われていますよ。年齡性別を問わず、どなたにでもプレゼント出来ます。」
エミリアさんは棚から一枚のハンカチを取り出し、ミリアムに差し出した。ミリアムは震える指でそれを受け取り、布地を撫でる。
刺繍は美しいが、加護縫いの気配はない、普通のものだ。それなのに「特別な」と強調する言葉に、なぜか背中がざわりとする。
息を潜め、ミリアムは探りを入れた。
「この刺繍、加護縫いですか?ルーパート王国では、加護縫いが人気ですよね。出来たらそれをお土産にしたいのですが。」
エミリアさんの目が一瞬、鋭く細くなる。笑顔は崩れないが、店内の空気が、重く張りつめたような気がした。
「ええ、そうですね。でもこれは普通の刺繍ですよ。加護縫いは許可がないと国外には持ち出せないものなのです。お求めになりたいお客様は多いのですけどね。」
「そうなのですか……。病気の父の為に、いくら支払ってでも加護縫いを手に入れたいと思って、ルーパート王国に来たので、とても残念です。どうにか手に入れる方法はないのでしょうか?許可を得るにはどうすれば?」
ミリアムは物知らずな金持ちの観光客のふりをして、困ったように尋ねる。
「王族に許可を得る必要があるそうですが、詳しくまでは……。こちらにあるものはこれだけですので、ご入用のものがあればお知らせください。」
その時、エミリアさんの背後から、嘘のほころびの糸が揺れる。
「ミリぽむ!嘘のほころびだッピ!きっとこの店には、他にも商品があるッピ!」
アリアドネが杖でエミリアさんをさす。
エミリアさんがカウンターの後ろに回り、何かを探すような仕草をする。その手が、わずかに震えている──いや、警戒しているのか?ミリアムは喉を鳴らし、決意を固めた。
「そうですか……。こちらなら手に入るとうかがったのですが、私の勘違いだったようですね。失礼いたします。」
ミリアムがそう言って店を出ようとした時だった。
「……では、特別なものを裏からお出ししましょうか?」
裏から……?ミリアムの心臓が早鐘のように鳴る。
「代わりにこちらに手をかざして下さい。ここで見聞きしたことを内緒にするための約束事……と言えばわかりますでしょうか。」
エミリアさんがカウンターの下から取り出したものは、魔法陣だった。
ミリアムはそれに見覚えがあった。
第三王子フィリップの王子教育で、何度も目にしたもの。王家の影を使う際、影となる人間に施される入れ墨。
それは魔法陣を使って刻まれる特別なもので、王家の影の中でも、実働部隊として働かされる者の証として「影の烙印」が押されるのだという。
魔法陣の力で肌に焼き付けられ、決して消えない。痛みを伴う儀式で、烙印は単なる識別符ではなく、魔力の回路として機能する。
烙印にはいくつかの効果がある。
まず、忠誠の強制。烙印を受けた者は、王家への裏切りを試みると、激痛が走り、場合によっては命を落とす。
まるで心臓を握りつぶされるような苦しみだという。
次に、追跡機能。王族は特別な魔道具を通じて、烙印の位置を把握できる。
さらに烙印は、王家の影の実働部隊の役割を示す。暗殺者なら剣の形、情報収集者なら目の形が入るらしい。
つまりエミリアさんは、この店で加護縫いを求める人たちに、加護縫いを売ると同時に王家の影の実働部隊を増やす役割を担っていたのだ。
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