第48話 知らない記憶
「え……なに?ここ、どこ……?」
ミリアムは突然、自分以外誰も観客のいないサーカスに放り込まれていた。
一輪車に乗りながら、ジャグリングをするアフロのピエロ。ライオンに火の輪くぐりをさせる猛獣使い。彼らがパフォーマンスをするステージの上には、鎖が巻かれ、大きな錠前のついた宝箱が置かれている。
しかもまるで生き物のように、ガタガタと動き出し、デカい南京錠が「あ、自分絶対守るんで宣言」してるレベルで、中からものが飛び出さないよう、頑丈に固定している。
サーカスの団長のような男が、ミリアムに向かってお辞儀をした。すると宝箱から、嘘のほころびの糸がとたんに揺らめき出した。
「え、なにこれ……呪いのアイテム?開けたら死ぬやつ?」
ミリアムは及び腰だが、どこかから「開けろ開けろ開けろ」って声がしてうるさい。
「ちょっと待って、私いま宝箱相手にスキル発動してんの?ひょっとしてあの中になにか閉じ込められてて、それにスキルが反応してるとか……?」
だが、いったいどんな嘘をついているというのか。それがわからなければ抜けないのではないか?とミリアムは首をかしげる。
それに、あんな小さな宝箱の中に閉じ込められているものが、なんだかわからなくて恐ろしい。
そう思って近付けないでいると、指先からピカピカ光る糸がビュンッと飛び出して、太い鎖の錆びた部分とか、鍵穴の微妙にズレたピンの位置とかを、なぜだかにほじくり返しだす。
「な……なによ、あけろっての?」
スキルが宝箱をあけることを促しているような気がした。
「わ、わかったわよ、ひきぬけばいいんでしょ!」
ミリアムは、揺れる糸を引き抜いた。
すると──カチャッ!と音がした途端、まるでびっくり箱のように、中に入っていたものが一気にあふれだした。
中から出てきたのは……光の粒子とともに、見覚えのない記憶の数々だった。
メイベリン侯爵家にたった1人で行かされて、行儀見習いをさせられるミリアム。
そこでランディー王子と出会い、親しくなるミリアム。
ランディー王子と別れたあとで、聖女として覚醒していることを告げられるミリアム。
フィリップ王子の婚約者となるが、フィリップ王子がアイリーンと浮気をし……だが誰もアイリーンを聖女と呼ばないこと。
ミリアムがアイリーンを虐げていると誰もがささやきながらも、聖女であるミリアムの機嫌を取ろうとしている姿。
どれも、記憶にないものばかりだった。
そして、一番おかしいのが、国外追放された後で、ルーパート王国に逃げてきたミリアムが、お忍びで町にいたランディー王子と再会し、密かに愛を育んでいた記憶。
あまりにもイチャイチャしていて、とてもじゃないが直視出来ない。
もともとフィリップ王子よりイケメンだと思ってはいたが、大人になったランディー王子の顔面の破壊力はエグかった。
しかもその顔が、甘く微笑んで自分に愛を囁いてくるのが恥ずかしくてたまらない。
ミリアムはルーパート王国でランディー王子を見たことはある。
だが遠くで見かけただけで、人生で一度も直接関わったことはない筈だった。なのにこれはいったいどういうことなのか?
最後に衝撃的だったのは、エミリアさんからもらったお菓子を口にしたら、そのまま血を吐いて死んでしまったことだった。
エミリアさんは、巻き戻るたびに自分の刺繍を買ってくれた、ルーパート王国の小物ショップのオーナーだ。
何度も巻き戻る為、その都度新人扱いになってしまうミリアムの刺繍を、いつも新人の相場よりも高く買い取ってくれた人だった。
何度も巻き戻っていたから忘れてしまっていたが、巻き戻るたびに腕はそのままだった2回目以降はいざしらず。
なぜ1回目のつたない刺繍を、あんなに高く買ってくれていたのだろうか?──それも10倍の価格で。
世間知らずのミリアムは、良心的な店なだけだと思っていた。貴族相手の店が、いつまでも安く買い叩いて来たから。
貴族相手の店が邪魔をしてきたから、1回目の人生ではエミリアさんの店に何度も買い取りをお願いする機会はなかった。
それでも自分を心配していつも声をかけてくれる優しい人だった。その人が、ミリアムに毒を盛って殺した。
存在しない筈の記憶。だけど、あの息苦しさをまだ覚えているような気がして、胸が苦しい。エミリアさんを疑ったことなんて、これまで一度もなかった。
だって記憶に怪しい点が存在しなかったから。だけどもし、記憶が本当じゃなかったら?この記憶こそが本物だったら?
このスキルは<嘘を見抜く>。だけどもし嘘をついているのが、自分の記憶のほうなのだとしたら。まだ他にも自分の知らない記憶が、そこにあるのかも知れなかった。
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2話に名前とエピソードだけ登場したエミリアさん、ここに来て登場。
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