後日談:星の夜道
夜になると本当に冷えるようになった。
風呂屋から帰る道すがら、そんな事を思う。
「寒くなりましたね」
リコリスも同じ事を思ったらしい。
半歩だけ前を歩くリコリスの、ライトの魔法が夜道を照らす。
「かと言って、家のシャワーじゃ物足りないからな。あれはあくまで予備というか仮というか」
あれは水量もあまり多くないし、汗を流す程度。
身体を拭くよりはマシ、といった程度だろう。
今日みたいにクエストをした日にはあまりにも物足りない。
便利ではあるのだが。
なので、やはり風呂屋にはこれからも世話になるだろう。
「もう一枚位、暖かいのを着てくればよかったです」
いつもの野暮ったいローブに身を包んだリコリスが、窮屈そうに手をさする。
本当に冷えるようになったな。湯冷めしそうだ。
「リコリス」
「はい?」
リコリスを呼ぶ。
一歩を少しだけ大きく踏む。
半歩という短い距離は、その振り返る短い間になくなった。
リコリスの横に並ぶ。
「これ着るか?」
そう言って、着込んだ上着をパタパタとめくる。
寒い。やらなきゃよかった。
「いえいえ、ジェイルさんも薄着ですし大丈夫ですよ」
ちょっと位は我慢するつもりだったけど、やっぱり断られたか。案の定だな。
繰り返しては聞かない。
カッコつけたようなことを言ったけど、俺だって寒いし。
リコリスが一歩だけこちらに寄る。
その距離はいつもより少しだけ近い。
「実はあんまり寒くないです」
「そうか」
わかりやす過ぎる嘘に少し笑いそうになってしまった。
今度からは松明でも用意しよう。
あまり明るくはないが、少しは暖かいだろう。
一人の頃はそうしていたし。
リコリスに頼むのもいいけど、夜道を照らす程の火の魔法は疲れるし、宝石の消耗も激しい。
ただでさえ今日は疲れているから。
靴だっていつもより重く感じる。
「それにしても、今日のクエストはまだ早かったな」
「今日っていうか、一昨日からのですよね」
そうとも言う。
3日掛けて行ったクエストは、ランクCの中でもかなり上位。
二人でやってきた中では今までで一番難しく、Bの少し手前といった難易度。
挑戦気味にやってみたが思った以上に悪い出来だった。
魔物がリコリスばかりを狙うから俺が遮るように前に立って。
その代わりとばかりにリコリスはうまく魔法が使えなくて。
こういう場合ってどうすればいいんだろうな。
狙われてるリコリスを危険にさらすわけにもいかないし。
今度ガルバンにでも聞いてみるか。
一年掛けて随分とこなれたと思ったが、まだまだ足りない部分があったらしい。
少し、余裕を持ってやりすぎたのかもしれない。
危険を伴うものだし、別に悪い事だとは思わないが。
とにかく、大変だったが大きな怪我がなくてよかった。
打ち身位はできたが。
「ヒール、覚えてよかったですね」
「そうだな。今度、礼のついでに教会に顔を出すか」
「そういえば、ジェイルさんもお知り合いなんでしたっけ?」
ぐうたらシスターのことか? 知り合いって程でもないけどな。
リコリスと同じようにクエストで手伝いに行ってそこで世話になったくらいだ。
いや? 手伝いに行くんだからこっちが世話をしたのか?
どっちでもいいか。
「やっぱり会いたく無くなってきたな」
「そんなこと言っちゃ可哀そうですよ」
そうかもしれないけど、俺はあのシスターが苦手なんだ。
ガルバンと悪巧みをしている時のミランダのような。
こちらをおちょくるのを生き甲斐にしてる感じの性格で。
とにかく苦手なんだ。
それからしばらくは、リコリスの教会での話を聞いた。
ぐうたらシスターの教えてくれた魔法の事とか、教会で出来た友達の事とか。
リコリスも随分とこの町に馴染んだと思う。
まだ一年と少しだが、俺よりも馴染んでいるように思うこともある。
店に顔を出せば名前を覚えてもらっているし、あれこれと雑談もする。
誰々さんがどうしたとか、この間買ったそれこれが美味しかったとか。
それを嬉しく思うし、どこか寂しくも思う。
やっぱり今日は寒いな。
普段よりも足取りは遅い。
寒いからなのか、疲れているからなのかはわからない。
「ジェイルさん、星が綺麗ですよ」
リコリスに言われて空を見上げる。
黒く塗りつぶした空に、小さな光とすごく小さな光が点々と転がっている。
ちょっと数が多すぎるが、確かに綺麗だと思った。
普段、目の前にあるものでも意外と見ないものは多い。
何かの本に書いてあったが、星を見る機会というのは何度でもあるのに、いざ生涯を通してみると40回とかその位しかなかったりするらしい。
こんなに綺麗なのに。
「ジェイルさんはどれがどの星か全然わかりますか?」
「俺にはそもそも星の名前がわからん」
そもそも名前なんてないのかもしれない。
これだけ星があるとどれがどの星かなんて区別なんてつかない。
しかも星っていうのは、少しずつ動いているらしいからなおさらだ。
「なんだか降ってきそうですね」
「ああ」
リコリスがそんなことを言った。
確かに空に浮いた星は支えがあるわけでもないので、ふとした拍子に落ちてきそうにも見える。
これだけ数も多ければ、流れ星の一つや二つあってもおかしくないだろう。
「落ちてきたら拾って帰るか」
それで、リコリスの部屋に飾ろう。
なんて馬鹿な事を言う。
「お星様は本当は大きいので拾えませんよ?」
……知ってるよ、そのくらい。
リコリスから言い始めたことなのに、なんだか裏切られた気分だ。
ちょっと気分を害したので、リコリスから杖を取り上げる。
「あっ」
杖が手から離れると、魔法が途切れて光が消えた。辺りが暗くなる。
しかし、真っ暗というわけでもない。
民家から漏れる朱に近い光に、白に近い星の光。
「リコリス、見ろ。星が綺麗だぞ」
「なんだか降ってきそうですね」
さっきの繰り返し。
リコリスが笑った。
俺は笑わなかった。
でも、悪くない気分だった。
リコリスが俺の顔を覗き込もうとしたのがわかったけど、星を見る振りをして顔を逸らした。
もしかしたら、実は俺も笑っていたのかもしれない。
杖を返し視線を戻すと、夜道の先に我が家が見えた。




