後日談:また明日
空の暖炉に薪を並べる。
空気の通るように隙間を作りながら、それなりに丁寧に。
薪にも色々種類があるのだが、家では火の粉が殆ど飛ばない種類の薪を使う。
この部屋には本があるので、火の粉が飛ぶと本が焼けてしまうから。
と、いうのは流石に大げさだとは思うけど念のため。
リコリスの実家ではとにかく暖かい薪を使うようだが、この家ではこの薪だ。
それに、この薪だって十分に暖かいし、リコリスも違いがよくわからないと言っている。
一通り並べ終わったら火炎草を適当に放り込む。
「火、頼む」
「あ、はーい」
リコリスが魔法を使うと、火炎草に点いた火が勢い良く燃え広がった。
一瞬だけど、薪が見えなくなるほどの勢い。
ちょっと火炎草の量が多かったようだ。
それにしても室内だというのに、夜は寒くて手がかじかむな。
煙突から冷たい空気でも入り込んでいるのかもしれない。
一部を石造りにしてあるからかもしれない
火かき棒を使って中を覗き、ちゃんと薪に火が点いたか確認する。
よし、大丈夫そうだ。
「点いたぞ」
「はい、ありがとうございます」
なんだか妙に丁寧なお礼だな。
そう思って視線を向けると、長椅子の一番いい場所を陣取るリコリスが居た。
俺が準備をしている間に一番いい場所を陣取っていた。
行儀よく椅子に座り、膝に手を置いて。背筋もピンと伸びている。
なるほど、妙に丁寧なお礼はそういうことか。
……まったく。
「……」
ニコニコと笑みを浮かべるリコリスの横を通り過ぎ、奥の本棚から一冊を選ぶ。
今日は、ちょっと重めの歴史ものでも読むか。
「リコリスはどういうのがいい?」
「いえ、私は」
読まないらしい。
本も読まずに何をして過ごすつもりなのだろう。
暖炉の前でぼーっとしてるつもりなのだろうか。
まあいいか。
とりあえずもう一冊。リコリスも読めそうな本を取り、暖炉の方へと戻る。
自分も長椅子の――リコリスの横に座ると、横にズリズリと身体をズラす。
途中でリコリスにぶつかったような気がするが、構わずズリズリと。
いつの間にか、俺が一番いい場所に座っていた。
「むう」
リコリスがむくれた。
口を曲げ、苦いものでも噛んでしまったような表情。
「お父さんの真似です」
知るか。
会ったこともない人間のモノマネをされても反応に困る。
いつもムッとしているリコリスの父の真似らしいが。
とりあえずむくれたのは真似だけで、怒ってはいないらしい。
リコリスも俺に習い身体をぶつけてきたが、俺とリコリスでは体重も体格も違う。
ようするに、びくともしなかった。
「ジェイルさん、ずるいです」
「リコリスもずるかったからおあいこだな」
「むう」
またリコリスがむくれた。
もしかしたらさっきのも一応怒っていたのかもしれない。
身体をぶつけてくる。
この遊びはどうやら、手を使ってはいけないという決まりがあるらしい。
何故か、俺に手が当たらないように注意しながらも、身体を押し付けてきた。
えいえいと小さく呟いているのが微笑ましい。
俺も本当に陣取るつもりはないので、根負けした振りをして半身をズラす。
いや、半身より気持ち多めにズラす。
「あっ」
急に身体を動かしたのでリコリスがつんのめっていた。
なんだか随分と仲良くなったものだ。
これが前にガルバンの言っていた、気安い関係という奴かもしれない。
ただ、意地悪な自分が顔を見せるようになったのはちょっと頂けない。
まさか自分がこんな人間だったとは。
「あ、コーヒー淹れましょうか?」
場所を空けると、思いついたようにリコリスが席を立った。
リコリスはこういう風に、たまに忙しない人間になる。
おおよそ誰かの世話をする時だ。
まあ、主に俺だ。
「大丈夫だから座ってていいぞ」
その為に場所を空けたんだから。
リコリスはもう一度座り、背もたれに寄りかかる。
今気づいたのだが、いつの間にかリコリスは寝巻きに一枚羽織っただけだった。
いつの間に着替えたんだ。
「本当に、本いいのか?」
「はい」
かといって、本の邪魔をするつもりもないらしい。
とりあえずリコリス用に取ってきた本を置いて、自分の本を読み始める。
前に買った本だが、まだ読んでいなかったので楽しみだ。
§
ふと、肩に重みを感じた。
横を見ると、リコリスがうとうとと寄りかかっていた。
どうやら様子からすると今ぶつかったわけではなく、前からこの状態だったようだ。
本に集中していて気付かなかったらしい。
「リコリス、眠いなら部屋に戻ったらどうだ?」
暖炉の火もそろそろ消えるだろう。
読んでいた本も、もう80ページを超えている。
もう夜もそれなりに深い。今寝てしまっても夜中に目が覚めることもないはず。
「……いえ、大丈夫です。……ジェイルさんが読み終わるまで待ってます」
すごくゆっくりとした返事が返ってきた。
なんとか、といった感じで寄りかかった身体を持ち上げるリコリス。
どこからどう見ても眠そうだ。
待つ。と言われたが、この本はまだ100ページ以上残っている。
こんなことなら重い歴史本なんてやめておけばよかったかな。なんて思う。
まあいいや。どうせ寝落ちするのだろうから、普通に読んでしまおう。
とりあえず火かき棒で中の様子を確かめ、暖炉に薪を追加する。
「眠くなったら先に戻ってていいぞ」
「……」
一応、口がもごもごと動いていたが、返事が声になってすらいない。
よく見ると身体もゆらゆらと揺れている。
早くもダメそうだ。
先ほど読んでいた所から1ページだけ戻り、そこから読み返す。
パチパチと薪の燃える音と、紙をめくる微かな音だけが聞こえた。
僅かも進まない内に、また肩に重みを感じた。
「ダメそうか?」
「……」
返事がない。
眠ってしまったようだ。
本を閉じ、長椅子の端に置く。
先ほどリコリスの為に用意した本も反対側に置いてあり、読んだ形跡はない。
結局リコリスはどうやって過ごしたのだろう。
リコリスの膝裏と背中に手を回し持ち上げると、思った以上に軽かった。
俺の半分も無いのではないだろうか。
そりゃあ、椅子の陣地取りで勝負になるわけがないな。と、少し笑う。
暖炉の火を頼りに廊下を歩く。すごく寒い。
もしかしたら、これが嫌でリコリスは部屋に戻りたくなかったのかもしれない。
いや、ただ単に寂しかっただけかもしれない。
リコリスは一人でも割と平気だが、誰かと一緒に居たがる人間だから。
リコリスの部屋は暗く、ここまで来ると暖炉の火程度じゃ、灯りとして役にたたなかった。
もちろん暖かさは欠片も届かない。
暗い部屋を慎重に歩く。灰色が揺れる。
微かに揺れる髪から、それなりに慎重に歩けてることがわかった。
布団をめくりリコリスを寝かすと、一度だけ小さく体を震わせていた。
まだ眠りが浅く、布団が冷たかったのだろう。
運んでくるまでに目を覚まさなくてよかった。
「おやすみリコリス。また明日」
布団を掛け、リコリスにとっての一日が終わる。
さて、俺は本の続きを読むとしようか。
このお話で終わりになります。
お付き合いありがとうございました。




