後日談:手紙の代筆
「ジェイルさん、今大丈夫ですか?」
「んー?」
ノックの音からほとんど間髪入れずに、リコリスの声が届いた。
振り返っていないのでわからないが、きっと顔だけを覗かせているのだろう。
「今は書き物をしてる最中だから、相手はできないぞ」
俺は返事をしながらも、インクを染みこませたペンを便箋へと走らせる。
机の端に置いた新しくもないインクはたいして減っていなくて、普段あまり使っていない事がそれだけでわかる。
「何書いてるんですか?」
「手紙。人の手紙だから見ないように」
なので、書く内容は決まっている。
こう書いて欲しいと聞いた内容を、文章が繋がるように注意しながら書けばいい。
深く考える必要もないので、淀むことなくペンが進む。
文字が左から右へと流れていく。
前から思っていたんだが、これ、左利きの人はどうしているんだろう。
書いたそばから自分の手で汚れることにならないか?
そんな、どうでもいい考えが浮かんでくる。
……そういえば、リコリスは左利きだったな。
「リコリスは、字をどの程度書ける?」
「えっと、字ですか?」
「そう」
「自分の名前と、簡単な言葉位です。読むのは出来るんですけど……」
出来ないというのが少し恥ずかしいのか、リコリスは妙に照れた声を出した。
別にそれくらいは普通なんだが。
例えば10人居れば7人位はそんなもんだろう。
つまり、リコリスと7人は遠くの誰かに何かを伝える場合、伝言を頼むか手紙を代筆してもらうしかないわけだ。
それで、偶然にも俺にそういう話が来たってだけ。
「まあ、そういうことだから」
相手はできない。なんて言いながらも相手をしてしまっていたことに気づいた。
しかも、今のは自分から話しかけていた。
そのことを棚に上げ、少しだけ静かにするように伝えると、またペンを走らせる。
§
「終わったぞ、何の用だったんだ?」
なんとか聞いた内容を覚えているうちに書き終わることが出来た。
一応、後で見せて確認をもらうのだが、きっと大丈夫だろう。
「あ、いえ、私も暇になってしまったので、ジェイルさんもお暇かなと」
「つまり急ぎの用じゃなかったんだな」
「そういうことです」
急ぎの用で無いのはリコリスの様子でわかっていたが、用事ですらなかったらしい。
とりあえず、ここだと手紙が汚れるかもしれないから居間にでも移動しようか。
「ジェイルさんが頼まれ事なんて珍しいですね」
「そうか?」
リコリスがコーヒーを淹れながらそんな事を言う。
確かに、俺が誰かに頼まれ事なんて珍しいけれど。
「ん? もしかして俺、他人と交流を持たない人間だと思われてる?」
リコリスの発した言葉の裏に、ふとそんな意味が隠されているような気がした。
「えっ、あっ、いや、いえっ……そんなことはありませんけど」
うろたえる様子に、俺の勘が当たっていたような気がした。
逆に、全然検討外れでうろたえさせてしまったような気もした。
つまりどっちかはわからなかった。
「……」
「……」
「……なんだよ」
「い、いえ……」
なんだかすごく変な空気になってしまった。
リコリスが目を逸らす。
俺も逸らそうかと思ったが、リコリスが逸らしたのでコーヒーを飲みながらリコリスを観察してみる。
今は伏目がちだが、丸い目に丸みを帯びた輪郭。灰色の髪。細い眉。小さな鼻と口。
体型は丸くないが、全体的に丸い顔をしていると思う。
居心地が悪いのか、陶器で出来た白いカップを手でいじっている。
中身は前に買った紅茶の余りだ。砂糖を多めの甘くした奴。
先ほど、俺のコーヒーのついでに淹れていた。
「あれ?」
俺に観察されていることに気づいたリコリスが不思議そうに声をあげた。
さっきまでの変な空気は既にない。
「どうした?」
「いえ……」
納得がいきません、って顔をしたままリコリスが紅茶を飲んだ。
「ジェイルさんの字って、やっぱりジェイルさんのお母さん譲りですか?」
俺が字を書けるのは母親のお蔭、ってことか?
少し言葉がわかりにくいが。
「まあな」
「確か学者様なんですよね?」
「別に、母親が学者だったわけじゃないぞ」
ただ、学者に育てようとしただけだ。
おかげで本が趣味になってしまったが。
「なんかいいですよね」
「そうか?」
「はい」
「そうか」
よくはわからないが、どうやらそういうことらしい。
「そういや、リコリスの親ってどうなんだ?」
ふと親の話になって少し気になった。
姉の話はちょくちょく聞くけれど、親の話はほとんど聞いたことがない気がする。
この前のガルバンとミランダが来た時に村の話が出たのに、その時も親がどうとかって話にはならなかった。
「どう、と言われましても。普通のお父さんにお母さんですよ」
「普通というのがちょっとわからんが」
「あんまり喋らないお父さんと、よく喋るお母さんです。お母さんは性格がミランダお姉さんにちょっと似てます」
ミランダが……普通?
なんとなくリコリスの親をするミランダを想像してしまって、嫌な気分になった。
これからはリコリスの母親の話を聞くたびに、ミランダの顔が浮かんできそうだ。
「お父さんはいつも怒ったような顔をしてます。私やお姉ちゃんやお母さんに怒ってるんじゃないんですけど、なんか怒ってるんです」
話を聞くと頑固な父親と陽気な母親のようだ。
何をどうすれば、その二人からリコリスのような性格が産まれるのか疑問に思ったが、リコリスの向こう見ずな所がある理由はわかった気がした。
「怖い父親だったんだな」
「いえ? そんなことないですよ。優しいお父さんです」
いつも怒った感じだけど、怖いわけじゃないのか。
相反してて、ちょっと上手くイメージが湧かないな。
「むすっとした顔しながら甘いものとかくれるんです。お姉ちゃんと半分こだぞって」
「……」
……それは単純に甘いものが好きじゃなかったんじゃないか?
とは言えなかった。
でも、優しさとは違うような。
「俺、リコリスはあまり親と仲がよくないのかと思ってたよ」
「え? どうしてですか?」
「あまり話題に上がらないからな」
でも、聞く限り仲が悪いわけでもなさそうだ。
少なくとも俺の所よりは仲がいいのだろう。
俺も、親と不仲なわけではないが。
「そういえばいつもお姉ちゃんの話ですね」
「姉の話はよく聞くな」
その所為で、会ったこともないのに軽い知り合い以上の事を知っている気がする。
「じゃあ今日は、お母さん達のお話しをしましょう」
「いや、それはまた今度聞こう」
「あれ?」
コーヒーも飲み終わったし丁度いいから、さっきの続きでもしようと思う。
良いことを思いついたんだ。
「手紙を書かないか?」
「お父さん達に、ですか?」
「そうだ」
俺も両親に書きたい事がある。
学者を目指した経験が趣味になったり、この手紙だったり。
騎士での経験が領主の所での剣術指南になったり。
意図した形ではないけれど、二人の教えが役に立っています。
と、まあ直接言えなさそうなことでも、手紙でなら書けそうだ。
「あ、でも私字が書けないのでジェイルさんに書いてもらうことになるんですよね」
「いや、俺が手本を書くからリコリスが清書するのはどうだ?」
代筆をどうこう言うつもりは無いが、やはり本人が書いたほうが受け取る方は喜ぶと思う。
「ジェイルさんが良いならやってみたいです」
簡単な言葉は書けるらしいし、読むのも出来るんだからきっと出来る。
最初はあまり長い文章にせずに、短い手紙の方がいいのかもしれない。
ちょっと位書き損じてもやり直せばいい。
新しくもないインクはまだまだ残っている。
それにしても、こういうのも代筆と言っても良いのだろうか。
少し内容の修正をしました。
前のは会話の雰囲気が微妙によくなかったので。




