後日談:見に来た二人
雨季も終わりを告げたある日、ガルバンとミランダが家に来た。
事前に聞いていたし、視察だとか様子見だとかなんとか言ってたけれど、おもしろ半分なんだろうなと思ってる。
「紅茶が入りました」
「わーい、リコちゃんありがとー」
リコリスが危なげのない手つきで紅茶を運ぶ。
普段からコーヒーを淹れてくれたりしてるから慣れているんだろう。
数がちょっと位増えても平気らしい。
「いい香りだな。フレーバーとかいうやつか?」
「リコリスが選んだ奴だからわからん」
「味も良い」
居間のテーブルを囲むように、4人が座る。
俺も何か手伝おうと思ったが、湯沸しから淹れるのまで特にやることはなかった。
茶請けも買ってきたものをそのまま出すだけだし。
それにしても、紅茶の香りや味を気にするガルバンは妙に上品ぶっていて、違和感があるな。
「銘柄は知らないが、たしかティピー・ゴールデンとかいう等級の物だった筈」
「ほう、いいものなんだな」
「わかるのか?」
「わからん」
知ったかぶりだった。
やっぱりガルバンはこうでないと。
ってたいがい失礼だな、俺も。
ガルバンに遅れて俺も紅茶に口をつける。
まあまあだな。普段飲むコーヒーの方が美味い。
そういえば、来客には紅茶って誰が決めたんだ?
味も香りもコーヒーの方が良いと思うんだが。
「椅子とかちゃんと用意してるですね。来客とか来るんです?」
ミランダが、椅子の感触を確かめるように聞いた。
「昨日、元々あったのと似たような椅子を探して用意したんだ」
お茶もその時に買ったものだ。
「だから昨日はギルドに来なかったんですね」
そういうわけでも無いが。
「クエストなんて毎日やるもんでもないだろう」
「ロックガードさんは、前にそれでガルバンさんに注意されてましたよね」
「ヌメロン・トードの時のか」
紅茶に茶菓子に口をつけながら、もの珍しそうに視線を這わすミランダ。
俺の横に座りニコニコと笑顔を晒すリコリス。
ガルバンはカップを持ちながらも、本棚一点を見ている。
やっぱり二人は家なのか、それとも部屋なのか。
どちらにしても此処に興味があるらしい。
「ジェイルお前、本当に本が好きなんだな。こんなところにまで置いてるのか」
別に本自体に興味があるとかいう話ではなかったらしい。
「それだけじゃないんですよ。ジェイルさんのお部屋にもありますし、本のお部屋もあるんです」
リコリスの言う本の部屋にはまだあまり無いけどな。
まだ宿から持ってきた物ばかりで、この家に住んでから増えた本はまだ少ない。
余裕が出来たからって一度に沢山の本を買うと、一冊に対する情熱が減る。
本のまとめ買いはダメな買い方だ。
「今に寒くなってくるから。暖炉のあるこの部屋で読むことも増えるかと思って」
「なるほどな。それにしても、本ってのはそんなに面白いもんかね」
「人それぞれだろう。俺は面白いと思って読んでいる」
「私も少しだけ読みますよ。ジェイルさんがオススメしてくれたのだけですけど」
「あたしはぜーんぜん。何が面白いのかさっぱり。眠くなってきちゃう」
ああ、言われてみれば、リコリスにはいつも俺から渡してるな。
こういう所がリコリスの好みを分からなくさせる原因の一つなんだろう。
まあ、ガルバンとミランダが本を読まないのはなんとなくわかる。
「あ! あたし、本で思い出したんですけど」
「碌でもないことを思い出したようだな」
ミランダが何か思い出したようだが、まだ何も言っていないのにガルバンも容赦ない。
同僚になってさらに砕けたか。
そういえば、二人共が休みを取ったってことは、今日のギルドは裏方が引っ張り出されているんだな。
「違います、ちゃんと聞いてください。昨日、あの人達が帰ってきたんですよ」
「あの人達って誰ですか?」
「ほら、ずーっとクエストから戻ってこなかったランクBを始めたばかりの」
「ああ、あの6人組か」
「その話か。おう、アールメール。お前それ思い出したんじゃなくて、切り出すきっかけを待ってただけだろう」
どうやら本は関係ないらしい。
同じく全然関係ないが、ガルバンがミランダをアールメールって呼ぶようになったのはいつからだっただろう。
これも、同僚になった時だったかな。
前は受付の嬢ちゃんとか呼んでいた気がする。
それにしても、あの行方不明の人達帰ってきたのか。
2ヶ月程だったか? 居なくなっていた期間は。
正直、クエスト失敗で逃げたか、全滅したかと思ってた。
「それで、なんとその人達がですね、ダンジョンを攻略したらしいんですよ」
「ダンジョン? 朗報じゃないか」
「そうなんですよ! いいですよね! あたしもあやかりたいなー」
これだけ羨ましがっているということは、それなりに大きいのを攻略したようだ。
期間も2ヶ月だし、そこそこの規模なんだろう。
「あのー」
話の腰を折るのを気にしてか、リコリスが申し訳なさそうに手を挙げる。
「ダンジョンってなんですか?」
「ん? リコリスは知らないのか?」
「一応は。クエストの一種で、お金を稼げる場所って言うのは知ってるんですけど」
冒険者になって1年以上経っているのに、ダンジョンを知らなかったのか。
むしろダンジョンこそ冒険者の夢、みたいな所があるのに。
俺がダンジョンにあまり興味がないし、話に出さないからかな。
「ダンジョンってのは宝があるかもしれない、人に捨てられた場所のことだ」
わからないというリコリスに説明してやるが、この説明じゃ伝わらない気がする。
「人に捨てられた場所、ですか?」
「簡単に言うと、遺跡や廃墟のことだ」
「ああっ」
俺の不出来な説明にガルバンが補足を入れた。
リコリスはその言葉で納得がいったようで、パンっと大きく手を叩いた。
「聞いた話ですと、なんでも金貨50枚近くの稼ぎになったそうですよ」
「そんなにか。まさに一攫百金に届きかねない話だな」
「夢のあるお話ですよね。固定給なあたしには、縁遠い話なので羨ましい限りです」
儲かるのは知っていたが想像以上だな。
ダンジョン一回で家が二つは立つじゃないか。
「私、金貨なんて見たことないです」
「おう、俺はよく見るぜ。商会に入ったからな。羨ましいだろう」
なんか、ガルバンがリコリスに自慢している。
リコリスもなんとなく羨ましそうな視線を送っている。
金貨なんて普段使うものでもないし、見たことないなら羨ましいのも当然か。
「リコリスには俺が後で見せてやる」
「えっ? ジェイルさん持ってるんですか?」
「ああ」
隠し金庫に入ってるから、後で出して見せてやろう。
「マジかよ。『貸し商』に預けてないのか?」
「いや、預けてるぞ。全部じゃないってだけだ」
「ロックガードさんってお金持ちだったんですね。養子にしてください」
「馬鹿言うな」
変な事を言うミランダを一蹴すると、ガルバンとリコリスが声に出して笑った。
「そもそもダンジョンって何処のダンジョンだ? 新しくできたダンジョンか?」
「ああ、東の村なんだが、何年か前に魔物に襲われて巣になっていたそうだ」
なるほど廃村のダンジョンか。
それなら住民が持って逃げる量にもよるが、金貨数十枚程度行くだろう。
村の規模にもよるが。
「あ、私それ知ってますよ」
「え? なんでリコちゃんが? 知ってるの?」
「はい。その村の逃げ延びた人達が、私の村に沢山来ちゃいまして」
そういえばリコリスの住んでいた村もそっちだって言っていたな。
「避難民って奴か」
「そうです」
「結構な規模の村だったのかしら」
「それで、私の村も人が増えちゃって、お姉ちゃんも嫁いで行っちゃったので、嫌だなーって思ってこの町に来ちゃいました」
軽い話ぶりだがやってることはすごい。
「顔に似合わずとんでもない嬢ちゃんだな。俺だって村を出たのは18の時だったぞ」
ガルバンも俺と同じような感想を持ったらしい。
「あたしは村の出じゃないけど、15歳の時にこの町に来たわ」
「俺は16で騎士になった時だな。俺も村じゃなくて町だったが」
そう考えると、リコリスの13歳ってのはやっぱ早いと思う。
よくそんな歳で親元を離れようと思ったもんだ。
「あ、ちょっと待って」
「?」
ミランダがまだ何かあるようだ。
「それじゃあ、リコちゃんの村に来た人達が帰っちゃったらどうするの?」
どうするの、とは?
「リコちゃんも村に帰っちゃうの?」
そういう事か。
魔物の巣になっていたのを一掃したなら、村もまた使えるようになるってことか。
確かに全滅まではいかなくても、村の中を歩ける程には退治したんだろうし、復興だってありえる話だ。
一秒だけ、こちらを見たリコリスと目が合う。
……別に心配はしてないぞ。
「大丈夫です、帰りませんよ。私のお家はここですから」
そう答えたリコリスがこちらを向き、もう一度視線が重なった。
小さく笑ったリコリスに、ゆっくりと瞬き一つの返事をした。
「あれ? なんか、ロックガードさんが全然うろたえてませんね」
「カマかけたのかよ。性格悪いな」
「あ、いえ。そういうつもりじゃなかったんですけど。でも良かった。リコちゃん帰らなくて」
ごまかすようにブンブンと手を振るミランダにため息を吐く。
特に何も起こらなかったからいいが、余計なことばかりしやがって。
心の中で悪態を付くと、既に冷めてしまった紅茶の、最後の一口を飲み干した。
§
ふぅ、ようやく帰ってくれたか。
視察といっても、家に来て雑談しただけだったな。
いや、本当にただの視察だったら対応に困るが。
「あの、ジェイルさん……」
リコリスが何かを聞きたそうな顔でこちらを見上げる。
「なんだ?」
「ジェイルさんは、もし私が村に帰っちゃったら寂しいですか?」
さっきの続きか。
「まるで寂しいって言ってもらう為の質問だな」
「ダメ、ですか?」
「聞き方が悪い」
「残念です」
わかりやすく肩を落とすリコリスに一歩近づき、その頭を叩く。
軽く、ポンポンと。
叩かれた拍子にリコリスは俯いて、その表情は見えなくなった。
リコリスが居なくなったら寂しいに決まってるだろ。
それに、寂しいだけじゃなくて哀しい。
そうなるだけの付き合いをしてきた。
と、思ってはいるけれど、口に出すのは何か恥ずかしい。
もっと柔らかく、遠まわしに伝える方法は何か無いだろうか。
少し考えてみたがどうにも思いつかず、頭を捻るがやっぱり思いつかない。
叩くのをやめ、再びこちらを向いたリコリスの機嫌が良くなっていた。
笑顔だった。
しかも、その耳は赤くなっていた。
あれ?
まだ、何も言っていないのに。




