後日談:雨季の合間の洗濯日和
「ようやく晴れたな」
「ようやくですねー」
久しぶりに雲の無い空。
まるでいつか見た藍色の宝石のような色の空なのに、二人して庭先で黄昏れている。
「洗濯物も溜まり放題だ」
「私もそろそろ着る服がなくなっちゃいます」
山が出来ていた。
雨季の雨続きで洗濯するタイミングがなかった為に、部屋の片隅には洗濯物で小さな山が出来ていた。
「お店にも断られちゃいましたし、どうしましょう」
どうしようもなにも。
店に断られたのなら自分で洗濯するしかないわけで。
店もこの時期に無理なのはしょうがないんだが、こういう時に使いたいのに。
山になったアレを洗濯するのは、ある意味クエスト並に骨が折れるのが目に見える。
「とりあえず始めるか」
「そうですね」
腕に力を入れて気合を入れるリコリス。俺も心の中で気合を入れる。
「俺はタライやロープの準備をしておくから」
「私は洗濯物の用意しておきますね」
店に頼むこともあるが、初めてでもないので手際よく役割分担をする。
「手が足りなそうだったら呼びに来な。手伝うから」
「ありがとうございます。それでは行ってきます」
「……そうだ、ついでに――」
「ついでに」の先に言葉は続かなかった。
伝えようと思った本人は既に遠く、家の中へ入る背中が見える。
最近は減ってきたと思ったのに再発か。仕方ない、準備を進めよう。
と、いっても俺も用意するものがあるんだから、家に戻らないといけないんだが。
……それにしても、俺って喋るの遅いのかな?
§
「リコリス!」
「はーい?」
家へと戻り、大声で呼ぶとリコリスが部屋から出てくる。
まだ洗濯物の用意は終わってないようだ。
「杖も頼む」
「あ、はーい」
これでよし。
水の交換も多くなりそうだし、杖の使用も無理に控える必要はないはずだ。
これは、しょうがない。だって何度も水汲むの面倒だし、しょうがない。
収納からロープ、タライ、洗濯板を引っ張り出す。全て二つずつ。
それと敷物も必要だな。洗濯物を置いとく為に。
用意が出来たら庭の木にロープを張る。長めのを二本。弛まないようにキツめに。
周囲を見ると窓の外側に洗濯物を干している家や、庭先に干している家が何軒もあった。
出遅れたかな?
なんてことを思いつつタライと洗濯板を、人からあまり見えない陰になった場所に置く。
こんなもんか。
「すみません、ジェイルさんの分は持ってこれませんでした」
戻ってきたリコリスは山のような洗濯物を両手で抱え、杖は背中に括りつけていた。
「もうちょっとだけ待ってて下さい。今取ってきます」
「こっちは準備終わったから大丈夫だ。自分の分は自分でやる」
「すみません」
「気にするな」
そもそも、よく考えたら俺の下着とかもあるからな。
俺の下着を前に右往左往するリコリスはちょっと見てみたい気もするが。
……馬鹿なこと考えてないでさっさと俺の分の洗濯物を取りに行くか。
ただでさえ多いんだから。
§
洗濯物を取って戻ると既にタライに水も張ってあり、いつでも出来ますといった状態でリコリスが待っていた。
「あっ、ジェイルさん。今日はサイカチにしたんですが大丈夫でしたか?」
サイカチ?
洗剤の話か。
「ムクロジじゃなくて良かったのか?」
「はい、今日のお洗濯物は日が経っちゃったのでサイカチで」
「俺としてはどちらでもいいよ」
こだわりがあるわけでもないしな。
こだわりのない俺と違って、リコリスは普段の洗濯ではムクロジの方を使う。
汚れはサイカチの方が落ちるのだが、匂いはムクロジの方が良いらしい。
正直、その辺はよくわからないんだが、どちらでもいいのでリコリスに任せる。
タライに水、洗濯板に洗剤。
準備も出来たので二人してしゃがみこみ、洗濯物を擦る。熱心に擦る。
すると、さらさらだった水も、サイカチが泡を作り感触もヌメヌメとしてくる。
そのまま触ってもなんともないのに、水につけるとヌメヌメとしてくる植物というのも不思議な感じだ。
何かが溶けでもしてるのだろうか。
芋ならば、皮を剥くとヌメヌメするものもあるんだが。
「なんだかヌメロン・トードのクエストを思い出しますね」
ヌメり気を帯びる水で思い出したのか、突然にそんなこと言う。
懐かしそうな声色だが、ヌメロン・トードか――。
「今年はクエストをしなかったが、本当はしたかったりするのか?」
「いえいえ、そんな。もうこりごりですよ」
手をぶんぶんと振るリコリス。
手の動きに合わせるように泡が飛び、地面へと消えた。
そうだよな。
帰るときにはお互いぐったりしていたし。
ああでも、当時もカエルを拾う時はキャーキャー騒いでいたような気がする。
あれ? あの声は楽しさを含んでいたか?
それとも気持ち悪さから声をあげていただけだったか?
去年のことなのにもう思い出せない。
「何にしても来年だな」
「えっ? なんでする方向で話が進むんですか? しませんよ?」
リコリスの慌てたような反応がちょっと可笑しかった。
いつの間にか二人の手は泡だらけになっていた。
§
「あっ」
何枚か洗っていると、リコリスが小さく声を上げた。
「どうした?」
「洗っていたら服が破れちゃいました」
そう言って破れたらしき服を見せてくるが、どこが破れているのかわからない。
「急ごうとして、力を入れすぎたんじゃないか? 手は赤くなってないか?」
「平気です」
「そうか。ならいい」
「良くはないですよ。破れちゃいましたし」
そりゃそうだ。
「それでどうするんだ? バラしてハギレにでもするのか?」
「いえ、さいわい目立たない場所ですし直して使います」
「使えそうなら、そうするのがいい」
「はい、勿体無いですしね」
そのまま、また洗いに戻るリコリス。
直すにしてもとりあえずは洗ってしまうらしい。
今度は破れないようにと丁寧に洗っていた。
「ジェイルさんの方は大丈夫ですか?」
「俺のはそもそも生地が丈夫なのを買ってるからな」
「そういえばジェイルさんはクエストとかで良く動きますからね」
「そういうことだ」
納得がいただけたようで、俺も洗い物に戻る。
ん? 食器を洗うのは洗い物だけど、洗濯物を洗うのも洗い物って言っていいのか?
……どうでもいいか。
話をしたり考え事をしながら洗い続けていると、水が汚れていることに気づいた。
「水を交換しよう。リコリス、頼む」
「はい」
リコリスに水を変えてもらい、洗い終わった洗濯物をすすぐ。
サイカチは石鹸と違って水に落ちやすいので一回だけすすぐ。
それから次の洗濯物は後回しにして、先に洗ったものを干し始める。
生地が傷まない程度に絞り、バシっとはたきロープに吊るす。
数多いと大変だ。乾きにくいものから先に洗ったり、工夫も必要になる。
§
「や、やっと終わりましたー」
リコリスが疲弊を隠さない、歓喜の声を上げた。
洗っても洗っても減らなかった洗濯物の山も、無心になって続けてることでようやく最後の一枚が終わった。
干した洗濯物たちが風に煽られてはためいている。
「時間も随分掛かってしまったな」
大分前に十の鐘が聞こえたから2時間以上掛かったことになるな。
ロープも二本では足りずに、途中で増やしたし。
これ、大家族の場合ってどうしてるんだろう。
「でも、後は取り込むだけですね」
「数が多いから取り込むのも大変だけどな」
それまでは自由だ。休めるし、本だって読める。
いや、その前に買い物があるか。この雨で大分備蓄も使ってしまった。
「晴れてよかったですね」
なんてことを今更ながらに言われて空を見る。
見上げた空にはやっぱり雲はなくて。
今日は一日、少なくとも干してる間に雨が降ることはなさそうだ。
サイカチもムクロジも実際にはそんなに泡は出ないと思います。




