後日談:嵐の夜に
雨の音がする。風も強い。
真っ暗な夜の雨戸を叩きつけるような、強い雨の音が今も続いている。
ようやく一年で一番暑い時期が終わったかと思えば、もう雨季で。
溜まり始めた洗濯物に、自然とため息も増える。
大体、普段の雲は雷と無縁なのに、なんで雷雲はこんな短い間隔で鳴るんだろう。
摩擦による静電気だなんて言われても、納得できない。
「ジェイルさん、ジェイルさん、お話しませんか?」
それから、これがもう一つのため息の原因。
雷が怖いと俺の部屋に来たリコリス。
あの時買った少し薄手の寝巻きで来たかと思うと、そのまま俺のベッドを陣取った。
追いやられた俺は、本を読むでもないのに椅子に避難した。
「話ってなんのだ?」
「なんでも良いんです。気を紛らわせるお話をしましょう」
そう言われてもな。
話題なんて、すぐには思いつかないぞ。
「ならリコリスが話してくれ。俺は聞く」
「え? 私ですか? ちょっと待ってください。えーっと、えっと……」
リコリスが話題を出す為に頭を捻っている間、窓の方を見た。
時折光る雷は、数秒遅れで破裂音のような轟音を撒き散らしている。
雨戸の隙間から漏れる程度の光だけど、リコリスを驚かすには十分なようで。
光るたび、鳴るたび、小さく悲鳴を上げていた。
「ジェイルさーん……」
布団に潜り避難したリコリスが、布団の中でもぞもぞとしながら俺の名前を呼んだ。
俺の布団……。
「そんな調子でよく去年平気だったな」
「平気じゃありませんよ」
去年は一人で宿生活をしていたのだから、一人きりの雷も経験してるはずなのだが。
でも、大丈夫ではなかったらしい。
「ジェイルさんかお姉ちゃんが一緒だったらな、って思いながらお布団被って我慢していたんです」
つまり、今と同じような事をしていたようだ。
違うのは俺が居るかどうかということ。
遠慮は要らないって普段から思っているし、頼られること自体に悪い気はしないが、眠いから明日にしてくれないだろうか。
「俺、そろそろ寝たいんだが」
「ジェイルさんのベッドって少し大きいですね。二人位ならすっぽり入れちゃいます」
だからなんだよ。一緒に寝ろってか? 冗談だろ?
「ベッドが小さいと寝返り打った時に落ちるから」
「落ちるんですか?」
「宿にいた頃は2回程落ちた」
「だから宿に居た時は、ベッドを壁にくっつけてたんですね」
そういうことだ。
宿のベッドを大きくする事はできなかったが、こっちでは自由だからな。
移り住んでよかった。……じゃなくて。
「お前さ、部屋戻れよ」
「ですが、雷が」
「それを言ったら俺はどこで寝ればいいんだよ。お前の部屋か?」
「私の部屋だと朝眩しいですよ?」
「どうせ明日も曇りだろ」
そこだけは雨季に感謝だな。
違う、そうじゃない。
リコリスの布団を借りて寝るなんて出来るか。
――ゴロゴロゴロ。
なんて事を話している所に、またも雷鳴が轟く。
腹に響くような轟音。
「ジェイルさん……ダメですか?」
さっきとは打って変わって心細そうな声。
一人になると思うと本当にダメなのかもしれない。
今も外は雨に風に、雷も健在だ。
……。
すこし悩んだ末、腰を上げる。
「部屋、戻るぞ」
「……わかりました」
言葉が足りなかった。
明らかに落ち込んだ声。
「寝るまではそばに居てやるから」
「いいんですか?」
いいも何も、お前は雷が怖くて一人では居たくない。
俺はリコリスの部屋で寝る気もなければ、一緒に寝るつもりもない。
だとすれば、寝かしつけてから部屋の戻るしかない、はず。
まあ、眠いのはこの際我慢しよう。
§
「ライト」
廊下ではリコリスが先に立ち、【ライト】の魔法で周囲を照らす。
こうして見ると【ライト】の白い光は、ランタンの夕焼け色の光とはえらい違いだ。
明るさは魔法の方が明るいが色はランタンの方が好きかな。
でも、本を読むなら【ライト】の方がいいと思う。
「えっと……ど、どうぞ」
リコリスが照れた顔でドアを開けると、部屋の中からなぜか花の香りがした。
いつか嗅いだことのある匂い。けど、何の匂いかまでは思い出せない。
「この香り、ポプリって言うんです。最近始めたんですよ」
鼻を鳴らしていたのを見られたらしい。
そうか、これがポプリというやつか。
小説を読んでいる時に何度か出てきた言葉だ。
「月白草の花なんですよ。ジェイルさんと初めて会った時の香りです」
ああ、確かに。これは月白草の匂いだ。
それにしても月白草なんてよく用意したな。
この辺だと森の奥深くにしかないから、買うにしても安くないだろうに。
いや、月白草で薬草に使うのは根と葉の部分だけだから花は安いのかも。
しかし、初めて会った時って言うならワイルドモンキー、猿の匂いじゃないか?
――なんてことを言ったら泣いてしまうだろうな。間違いなく。
リコリスにとっては大事な思い出のようだし。
リコリスが魔法をやめれば、部屋を照らすのはランタンの小さな光だけになる。
急に暗くなったような気もするが、寝入るならこの位が丁度いいか。
部屋に入るのは別に初めてじゃ無いが、やはり俺の部屋とは違うな。
リコリスの部屋は柔らかい色のものが多く、小さな絵画などの飾り物も多い。
ただその所為か、ポプリというのがどれかはわからなかった。
「ジェイルさんは雷が怖くないんですか?」
布団に入ったリコリスが顔だけこちらに向けて訪ねる。
「別に平気だ」
「羨ましいです」
「そんだけ怯えてればそうだろうな」
「普通は怖いですよ」
「まるで俺が普通じゃないみたいだ」
室内に居るんだから、雷が怖くないのは普通だろう。
雷で怖かったのは、クエストで野宿をした時に襲われた夜の嵐くらいだ。
「ジェイルさん」
「なんだ?」
「前に『ジェイルさんと一緒なら怖くない』って言ったの覚えてますか?」
覚えている。
確か、なんかのクエストをしている時だった気がする。
「覚えてるぞ」
「本当はちょっと怖かったんです。でも、ジェイルさんと一緒なら大丈夫かなって」
「そうか」
「そうなんです」
実のところ、雷が静かになったらリコリスが起きていても部屋に戻ろうかと思っていたんだが、寝るまでは一緒に居たほうがいいか。
約束もしてしまったし。
「わかったから寝ろ。お前が寝ないと俺も寝れないんだ。話はまた明日だ」
「はい、頑張ります」
頑張る必要があるのか。
「ああ、そうだ。一つ言い忘れていた」
「なんですか?」
「明日、俺が寝坊しても起こさなくていいから」
水瓶の水もまだ残っているし、俺がやらないといけないこともないはずだ。
それに、どうせ雨季はクエストもあまりやらないし。
「わかりました。それじゃあ寝ますね」
「ああ、お休み」
「おやすみなさい」
おやすみと言ったのに、雷が鳴る度に布団が小さく跳ねる。
これは、リコリスが寝るまで時間がかかりそうだ。
§
……なんだか身体が痛い。
それにいい匂いがする。花の匂いだ。
目を開くと、自分の部屋ではなかった。
「ジェイルさん、おはようございます」
「ああ、おはよう」
やっぱりリコリスの部屋だったか。
「あの、大丈夫でしたか?」
「何がだ?」
「寝相とか」
「そういうことか」
身体が痛いのはベッドに寄りかかったまま寝たからか。
結局、リコリスの部屋で寝た上に、ある意味一緒にも寝たのか。
失態だな。
「せめてベッドまで運べたらと思ったんですが、起こさないように運ぶのはダメでした。なので、お布団だけでもと掛けておいたんですが」
「平気だ」
嘘だけど、正直に言うことでもないだろう。大したことでもないし。
「ごめんなさい」
なのに謝るリコリス。
まあ、こんなんじゃ騙されないか。
「気にしなくていい。けど、まだ少し眠いから二度寝しようと思う。朝食はいいや」
「わかりました。お昼頃なら起こしにいってもいいですか?」
「頼んだ。あと、それから」
「はい?」
「気にしなくていいからな」
「……。はいっ」
これでよし。
リコリスと別れ、部屋に戻るなりベッドに倒れこむ。
当然といえば当然かもしれないが、既に嵐は去っていた。
ベッドにも、リコリスの匂いは残っていなかった。
リコリスの部屋に飾っている絵画は主に風景画と花の絵です。




