後日談:剣の訓練
身体がなまっている気がする。
リコリスと同居をするようになってから、ランクBのクエストは一度もしていない。
リコリスを一人で家に残す訳にもいかないし、連れて行くわけにもいかないからだ。
元々無謀に近かったランクBだ。このまましないのも有りかもしれない。
かといって、怠けたままでいるのも違うだろう。
「ジェイルさん、剣のお稽古ですか?」
「ああ、今日は少し本格的にな」
「ジェイルさんの本格的なお稽古って初めて見るかもしれません」
そんな事をのたまいながら、リコリスがついてきた。
それはもう、生まれたばかりの雛鳥のように、ひょこひょこと。
「……別に見ててもいいけど、面白いもんでもないと思うぞ」
「そんなことないです。きっと面白いですよ」
まあいい。とりあえず、リコリスは居ないものとして始めよう。
庭に出て、剣を振る前に身体をほぐす。
なんでも、この運動が関節を柔くするんだとかなんとか。
イマイチ効果を実感したことはないが、手を抜いて怪我をするのも馬鹿らしいからな。
身体もほぐし終わったら剣を抜いて、とりあえず横に一閃。
しかし、狙ったラインから大きくズレた。
どうやら思った以上になまってるようだ。少しずつ調整していこう。
居もしない敵を思い浮かべ、それに向かい剣を振る。
上から下に、右から左に、左から右に、斜め上から斜め下に、斜め下から斜め上に。
高い位置に、低い位置に、足を動かしながら。
突きも入れ、時折想像上の攻撃を躱す。
力任せではなく、速さや技術で小さく斬る。
例え空振っても、逆に当たったとしても体勢を崩さないことが重要。
剣は刃物で、当たれば切れるを目指す。
それを意識しながら剣を振る。
斬れば鈍る、鈍れば斬れる。獣の堅い皮を少しだけ越えれればいい。
騎士の頃とは違った魔物を相手にする振りに没頭する。
一つ、二つと振る毎に段々と無心に近くなり、視野も狭くなっていく。
§
最後にひと振りしてから、大きく息を吐く。
本気で疲れた。でも、多少は納得のいく出来になったと思う。
やっぱり自分は高い位置での横薙ぎが苦手だな。
手首が上手く動いてくれない上に、体勢も崩れやすい。
首を狙うときには必要になる動きなのだが。
「終わりですか?」
「……居たのか」
突然、後ろから声を掛けられて驚いた。
振り返ると、リコリスが居た。
「居ましたよ。ジェイルさん、すごく集中してましたね」
そういえば見てたらしいが、すっかり忘れていた。
ずっと見てたのか。
「ああ、気づいたらこんな時間だ」
鐘の音も耳に入っていなかったから細かい時間はわからないが、始めた頃からだいぶ陽も進んでいる。
「すごい汗です。身体の中のお水が全部出ちゃったんじゃないですか?」
「んな馬鹿な」
流石に全部は言い過ぎだが、服は水に漬け込んだかのように汗でぐしょぐしょだ。
肌に張り付いて気持ちが悪い。
「あ、お水とタオルをどうぞ」
「ありがとう」
疲れきった身体に染み込む水が最高に美味い。
この時だけはコーヒーよりも美味いと思う。
「もう一杯くれるか?」
「あ、はいっ。どうぞ」
アクアマリンの水を受け取り、もう一杯。
今度は少しゆっくりめに。
水を飲み終わると、汗を吸って気持ち悪い服を脱いで絞る。
振っている時は気にならなかったのに、一度気にしてしまうとダメだな。
「あっ!」
「ん?」
「い、いえ。なんでもないです」
どう見てもなんでもなく無い反応をしておいて、それはないだろう。
……ああ、服か。
何も考えずにリコリスの前で脱いでしまったけど、失敗したかもしれない。
リコリスが意識するからこちらまで恥ずかしくなってきた。
さっさと拭いてしまおう。
……。
「ダメだな。やっぱり一浴びしよう」
拭いたし絞ったけどまとわりついた不快さがぬぐいきれない。
汗をかきすぎた。風呂で汗を流してこよう。
それにしても家に風呂があるって本当に便利だな。
いつか、新居を建てる時は絶対に作ろう。
§
「ジェイルさんって、実は筋肉ありますよね」
風呂から上がるなり、リコリスのこの言葉。
「なんだ急に」
「いえ、ギルドの方々って大きい人が多いですよね」
「冒険者だからな。魔物なんかと戦おうと思ったら普通はそうなる」
「それで、ジェイルさんってご自分のことを細身だって言ってますけど、お腹とかなんかでこぼこしてるなって思いまして」
でこぼこって……。
さっき脱いだ時に気になったのか。
確かに割れてるけど、この位は普通じゃないか?
毎日井戸から水を組んでるだけでも、割れる位はすると思う。
彫りは浅いだろうが。
「あの……ちょっと触ってみてもいいですか?」
リコリスには無いものだし、興味があるのかもしれない。
魔法使いは性質上、身体をあまり使わないからな。
それに女性は筋肉がつきにくいとか聞いたことがある気がする。
でもダメ。恥ずかしいから。
「ダメですか?」
「ダメだ」
リコリスの追求をなんとか凌ぎ切った俺は、部屋に逃げ込む。
するとリコリスも付いてくる。
今日のリコリスはまるで雛鳥だ。
「ジェイルさんの本格的な剣って初めて見ましたけど、凄かったですね」
「そうか?」
本気の剣を見せるのは初めてだったか。
ランクC程度じゃ余裕を持たせて動いてるし、本気の訓練も今日が初めてだし、そういえばそうだな。
唯一危ないと思ったのはミーアパンサーの時だが、あの時も駆け寄ること以外は余裕を持たせて動いたし。
「騎士さまをやめちゃったのが勿体ないと思いました」
「まあ、こう言うと自慢みたいになってしまうが、腕に不安があって辞めたわけじゃないからな」
偉い人にペコペコしたり、同僚と切磋琢磨ってのが合わなかったから辞めたんだ。
あと、見知らぬ誰かを守るってのも合ってなかったと思う。
元々親に薦められてやったことだし、後悔も無い。
「ジェイルさんの騎士姿って一度見てみたいです」
「騎士姿って言ってもな、それっぽい鎧着てるだけじゃないか」
「だって普段、皮の胸当てとかだけなので見てみたいです」
それは、フルプレートなんて冒険者が使っても荷物になるし、いいことなんて殆どないから。
俺も騎士になるまではフルプレートに憧れとかあったが、実際付けてみると最悪だった。
暑いし、重いし、動きにくいし、メンテナンスも大変だ。
ただまあ、あの白を基調とした鎧がカッコイイのはわかる。
「今度、機会があったらな」
「いいんですかっ?」
喜んでいるところ悪いが、そんな機会はないんだよ。
フルプレート自体用意するのも大変だし、一般人が着る機会なんてないのさ。
残念だったな。
「今度ガルバンさんにお願いしてみます」
「ちょっと待った」
「?」
あいつの商会で取り扱っていたら、試着位はあるかもしれない。
盲点だった。
「今の話は待ってくれ。代わりになんか頼みごとを一つ聞いてやるから」
「えっ? お願いごとしていいですか?」
「……あまり大変なのはダメだぞ」
「えっと、あの、それなら、お腹触ってもいいですか?」
ああ、うん、そうか。結局はこうなるんだな……。




