後日談:朝食にはサニーサイド
サニーサイドは目玉焼き。
パンは買うもの。
「水、汲んできたぞ」
「私の方もパンとか買ってきました」
席に座って頬杖をつく。ついでにため息。
朝も早よから水を汲むのは重労働だ。
井戸へ行きポンプを使い水を汲み、それから水桶で運ぶ。
水瓶と外にあるトイレ用のタンクがいっぱいになるまで。
風呂場の補充がまだ残っているがまた後でいいや、面倒臭い。
今日だって一時間は早く起きてるし、こんなことなら宿生活を続ければよかったとかちょっと思ってる。
ちょっとだけ。
「ジェイルさん。お風呂の補充、私がやりましょうか?」
「魔法を使わないならな」
「ダメですか?」
「ダメです」
リコリスは新しい杖が嬉しいらしく、何かと使いたがる。
使いたいのはわかるが、いくらアクアマリンの杖でも普段から使っていたら宝石が終わるのなんてあっという間だろう。
それに、杖を使う機会なんてこれから先いくらでもある。
だというのに、それでも使いたいのか短杖を握り締め、うずうずとするリコリス。
しょうがない。
後にしようかと思ったけど、今のうちにやっておくか。
時間を置くともっと嫌になるだろうし、放って置くと冗談を間に受けて本当にリコリスがやってしまいそうだ。
リコリスには朝食を作ってもらわないと。
§
「ジェイルさん、今朝はミルクでいいですか?」
水の補充が終わって戻ってくると、さっきまで無かった朝食が並び始めていた。
「いや、コーヒーがいいな」
「ですよね」
「余りそうで困ってるとかならそっちでもいいぞ」
「いえ、大丈夫ですよ」
楽しそうに笑うリコリスを尻目に再び椅子に座る。
テーブルにはパンに豆のサラダ。
まだ並んでないが、あとはおそらくウィンナーにサニーサイドあたりかな。
と、すると買ってきたのはパンと卵とミルクか。
そういえば豆のサラダを見る機会が多いな。ブリートの時に豆を抜いたからか?
それとも単に身体に良いからか? リコリスの性格から考えたら多分こっちか。
「それにしてもこっちって便利ですよね」
「こっちってどっちだ?」
リコリスがあっちを向いてるのをいい事に、サラダをつまみ食いする。うん、旨い。
「えっと、町、ですか? 村にいた頃はものを冷やすのに枯れ井戸に入れていたので」
「ああ、そういう事か」
「はい。こっちは氷とか売っていて、冷やすのも保存するのも楽ちんです」
確かに井戸で冷やすのは氷の入れ替えとかが無いぶん安定して冷やせるけど、いちいち引っ張り出すのが大変そうだ。
「リコリスは氷造機を見たことはあるのか?」
「いえ、ないです。あれって何処にあるものなんでしょう。氷屋さんですか?」
「勿論氷屋にもあるが、大きな飲食店とかなら置いてあると思うぞ」
貴族とかお屋敷持ってる所にもあるかもしれない。
もしかしたらガルバンが婿入りした商会にもあるかも。
ちょっと羨ましいな。
「家にもいつか欲しいですね」
「欲しいのか? 金貨2枚もあれば買えるぞ」
「えっ、金貨ですか? ……って、ああっ」
値段に驚いて振り返ったリコリスの視線がサラダに止まる。
いつの間にか半分にまで減っていたサラダ。ちょっとのつもりが流石に食べ過ぎた。
「お腹空いてたんですか?」
「いや、気がついたら減ってた」
「もう、どんな言い訳ですか」
子供のような俺の言い訳と、まるで母親のようなリコリスの反応。
一緒に暮らし始めてまだ数日だが、すごく打ち解けている感じがする。
宿にいた頃もよく入り浸っていたし、クエストなどでも一緒に居たからそうもんか。
最初は女と二人での生活なんてどうなるかと思っていたが、意外と平気なもんだ。
扉を開ける時だけ気をつければいい。
なんて逃避的な思考をしているうちに、リコリスは調理中のフライパンへと向き直る。
その後ろ姿は怒るどころか機嫌すらよさそうで。
そんな、結わった髪が小さく跳ねる後ろ姿を眺めていて、ふと気になった。
「リコリス、ちょっとまっすぐ立ってみてくれるか?」
「はーい。……はい?」
不思議そうなリコリスの後ろに立つ。
やっぱりそうだ。
「どうしました?」
「ん? ああ、背が伸びたなって」
前は俺の胸より少し高い程度だったのに、今は首の付け根位まで伸びている。
「伸びますよ。もう一年も経ってるんですから」
「リコリスはいま14歳だったか」
「ですです。あと半年と少しもすれば15歳です」
そうか、14歳か。
俺が14歳の頃は毎日剣を振って、毎日本を読んでいた。
今もそれは変わらないけれど、嫌々やらされていたか自分から好きでやっているかの違いはあって。
……リコリスはどうなんだろう。
「リコリス」
「はい?」
「リコリスは今の生活を楽しいと思うか?」
「楽しいですよ。毎日が楽しいです」
「そうか」
いつものように頭をポンポンと叩き席に戻る。
リコリスは質問の意図が分からず少し不思議そうながらも、優しい笑みを見せると調理に戻っていった。
俺も、
俺も楽しい思う。
こんな緩くて何気ない毎日を、楽しいと思っている自分が居る。
リコリスはもうこちらを向いていなかったが、俺も少しだけ笑みをこぼした。
§
「出来ました」
「ああ、ありがとう。それじゃあ食べよう」
リコリスが出来上がった朝食を並べる。
ミルクとコーヒーの違いはあるが、二人共同じものだ。
朝の買い出しと調理関係はリコリスの担当。俺は毎日では無いが水汲み担当。
夜は適当。俺が作ることもあれば二人で作ることもある。
昼はクエストだったりで外で食べることが多い。
掃除とか諸々は成り行きに任せる。俺がやったりリコリスがやったり。
「ジェイルさん、サラダ足ります? 私の分いります?」
「いや、大丈夫だから」
少々過剰とも思える善意を遠慮し、朝食を食べ始める。
宿にいた頃は食べたり食べなかったりだったが、二人で暮らすようになってからは今のところ毎日食べているな。
ここに住み始めて良かったことのひとつだ。
「ん?」
「あ、気づきました?」
チーズだ。
パンの中にチーズが入っている。
「今日はそのパンがお安かったんですよ。どうですか?」
「いいな。他の料理にも合うし旨いぞ」
ウィンナーにもサラダにも合うし、サニーサイドにも合う。
コーヒーにも不思議と合っている。
「卵もいい感じだ」
「本当ですか? よかったです」
リコリスの卵料理は丁寧だ。
直接フライパンには入れず、別の容器に割ってから白身だけを入れてその後、黄身を乗せるように焼く。
焼き具合も半熟よりもほんの少し固焼き。
これは俺の好みなのだが、リコリスの分もそれに合わせて作る。
聞けば、柔らかすぎず硬すぎなければなんでもいいらしい。
「そういやリコリスの好みってイマイチよくわからないな」
「え? そうですか?」
「何が好きで何が嫌いなのか全然だ」
コーヒーが苦手のはわかっているが。
「うーん、あまり嫌いなものってありませんね。しいて言うなら極端なものが嫌いかもしれません」
極端なものってなんだ?
「例えばすごく辛いものとかか」
「そうですそうです。辛い食べ物ってなんであるんでしょうね」
「そりゃ好きな人もいるからだろう」
俺だって辛い食べ物は嫌いじゃない。
火炎草の実だって食べる。好きって程でも無いが。
「好きなものは、いい匂いがするものとかが好きです」
「それは誰でも同じじゃないか? 臭いものが好きってのは中々いないだろう」
「それはそうかもしれませんが、でも、きっとジェイルさんより私の方が好きですよ」
何の対抗心だかわからんが、言われてみればそうだろうな。
犬みたいにくんくん匂いを嗅いでるのをよく見かけるし。
「あと、甘いものも好きですよ」
「それは知っている」
ホットコーヒーなんて悪魔の飲み物を好む位だからな、好きなのだろう。
「ああ、そういえばココアはまだ見つかってないな」
「そういえばそんな話もありましたね。でもジェイルさん、そのココアというものがもしも美味しかった場合って、またいつか飲めるんでしょうか?」
どうだろう。
あまり真剣になって探してないから見つかっていないだけで、普通にこの町にもあるものならいいんだが。
そもそもこの辺では手に入らないものだったら、おいそれとはいかないだろうし。
とりあえず探すだけはちゃんと探してみるか。
考えるのはそれからだな。
「ま、それはおいおいとして。今は先に朝食を食べてしまおう」
「はーい」
かじったウィンナーがパキッっと小気味の良い音を立てた。
§
「それじゃあ片付けちゃいますね」
朝食の後、リコリスが食器等の洗い物をしている間にこちらも身支度を整える。
この家に唯一ある貴重な鏡と洗面台。
ワイルドボアの毛の歯ブラシと、ニームの若葉を練ったもので歯を磨き、木製の大きめなコップでうがいをする。
ここにも水瓶が欲しいけど邪魔になるし、水汲みも大変だからいいか。
歯を磨いたら装備を用意し、リコリスと洗い物を交代する。
洗い物も終われば、朝の支度もおしまいだ。




