後日談:買い出しに行こう
「おわり、ましたー」
「お疲れ」
「おつかれさまでしたー」
「思ったより時間掛かったな」
「5日も掛かっちゃいましたね」
リコリスが身体をほぐすように伸びをする。
宿から借家への引越しがまさかこんなに掛かるとは思ってなかったな。
数の多い本も大変だったが、特に本棚とかベッドが特に大変だった。
部屋の中で組み立てたのが悪かったか。でも、そうしないと入らないし。
「ジェイルさん、ジェイルさん」
「なんだ?」
「ここ、私の部屋です」
「ああ」
「そっちがジェイルさんの部屋です」
「そうだな」
「こっちはジェイルさんの本と、クエストに使う物があるお部屋ですよ」
「知ってる」
リコリスがにこにこと部屋の説明をしてくれる。
浮かれているのはわかるが何を言いたいのかわからん。
それを俺に説明してどうするんだ。
というか俺より浮かれてないか? なんかずるくないか?
「トイレに、収納、お風呂に、台所です」
トントントンとドアを指さしながら、俺の横をすり抜けて軽快に台所へ歩いていくリコリス。なんとなく付いていく俺。
それにしてもこの廊下は広いな、両手を広げても両端に届かない。
「そういやリコリスは料理出来るのか?」
炊事場で家事の真似事をするリコリスを見て気になった。
「簡単なお料理なら出来ますよ。ジェイルさんは出来るんですか?」
「俺も煮たり焼いたり位だな。大体は本を読めばなんとかなると思う」
何にしても道具がないと意味がないんだがな。
一応引越しの際に水瓶だけは用意したけど、鍋とかその辺は一切手をつけていない。
「……買い物、行くか」
「はい、お出かけですね」
そういうことだ。
§
――ゴーンゴーン、ゴーンゴーン。
リコリスと二人、商店街へ向かい歩いていると十三の鐘が鳴った。
「もうそんな時間か。商店街に行く前に市場に行ってなんか食うか」
「いいですね。私も、もうお腹ペコペコです」
お腹を軽く押さえて空腹を表現する。
知り合ってから時間も随分経つのにまだ遠慮されていると思うと少し哀しい。
「そんなに腹が空いてるなら、もっと早く言ってくれればいいのに」
「あ、いえ、言葉のあやなので実はそんなに」
「嘘かよ」
おでこを小突く。
俺の哀しみを返せ。
「あたっ」
小突かれたおでこを押さえ、舌を出すリコリス。
愛嬌を振りまいてもダメだ、許してやんない。
……結局もう一度聞いてみれば、リコリスもそこまでの空腹では無いようなので、でも多少は空いているようで市場で何かつまむことにした。
「ブリートでも食べるか」
「ってなんですか?」
「地域によってはブリトーと呼ぶらしいが知らないか?」
「はい、食べ物ですよね?」
「ここで食べられないものを勧めるほど怒ってはいない」
「あはは」
ブリートは薄く焼いたパン――トルティーヤ――に肉や野菜を巻いて食べる料理だ。
手に持って食べられるし、具も色々入っているので腹もそこそこ満たされる有難い料理だ。しかも旨い。
色々説明をしているとリコリスも興味が湧いたようなので、昼はブリートで決まりだな。
§
「ブリートをくれ。肉はチキン、豆は抜き、ソースは辛め」
「私は普通のを下さい」
市場に着くなり屋台へ行きブリートを頼む。
少し時間もズレていたせいか並ぶこともなく買えた。
「お豆、美味しいですよ?」
「別に豆が嫌いな訳じゃない。ただブリートは豆抜きの方が好きなだけだ」
本当だぞ。
ブリートを食べながら市場を抜け商店街、金物屋を目指し歩く。
市場と商店街はそれほど離れてはいないが、やはり市場の活気に比べると商店街は静かだな。人は居るのに不思議なもんだ。
俺はこっちの方が好きだが。
ふと、リコリスの方を見るとブリートのソースで口元を汚していた。
野暮ったいローブが汚れてないだけマシだが少々気になる。
「リコリス」
「?」
「口」
「??」
首を傾げるリコリスの口元に手を伸ばしソースを拭う。
代わりとばかりにこっちの手が汚れたが、拭くもんがないな。
というか、何の抵抗も無く素直に拭われるって女としてどうなんだ? ちょっと俺のことを信用しすぎじゃないか?
悪い気はしないが、心配になる。
「あ、ソース。汚れてましたか」
「そういうことだ」
結局服で拭くわけにもいかないので手でのばしてしまった。
ちょっと油の感触が気持ち悪いが、しょうがない。
拭くものが無いことに気づいたリコリスがペン杖を取り出す。が、それの宝石はカルサイトだ。
水に弱い宝石らしいので水の魔法は使えないし、普段使う杖は持ってきていない。
「金物屋に行こうと思ったが先に魔法具店に行くか」
「どうしてですか? ちょっと位ならお水出せますよ?」
そう言いながら水を出したので、軽く手を洗わせてもらった。そうじゃなくて。
「ふと思ったんだが家で使う杖が必要だろうと思ってな。あの杖じゃデカイだろ」
それに水を使う頻度が多いだろうから、普通の宝石じゃすぐに終わってしまう。
と、いうことでアクアマリンの短杖が必要だと思ったんだ。ペン杖じゃ小さいし。
納得頂けたようで金物屋は後回しに、いつか行った怪しい魔法具店に寄ることにした。
§
怪しい魔法具店の前で佇む。
これから入るのだが、どうしてもその一歩が踏み出せないというか、なんというか。
前に一度寄っているし、もう店構えには抵抗はないんだがあの老婆には抵抗がある。
「こんにちはー」
なんて燻っているとリコリスが戸を開けてさっさと中に入る。
俺も引かれるように中に入る。
「おや、いらっしゃい」
「おばあさん、こんにちは」
「はい、こんにちは」
「杖を見させてもらいに来ました」
「ああそうかい、杖はそっちにあるから勝手に見ていきな」
俺が口を挟む間もなく話が進んでいく。
前にも来たことがあるせいか対応が適当だ。
しかし俺としてはそちらの方がやりやすい。
あまり知らない人とは雑談したくない。
勝手に見て良いとのことなので言葉通りに見させてもらおう。
室内は不気味に薄暗かったが、商品を見るには十分な程度の明かりはあった。
一応外から差し込む光などは考慮してあるようだ。気の配り方を間違っている気がしてならないが。
「ジェイルさん。これ、かわいくないですか?」
そう言って見せられたのは杖。どこから見ても杖。
何か装飾がしてあるわけでも無く、ただ太めの枝に取れないよう宝石が括りつけられてある杖。
一箇所だけ枝分かれしていて、そこが他とは違う部分だ。
で? どこがかわいいって?
たまにある女の謎の感性「かわいい」。
俺にはまったく理解できないが、リコリスにはその普通の杖が「かわいい」らしい。
どう見てもかわいくは無いその杖に、俺はなんて言えばいいのだろうか。
答えのわからなかった俺は曖昧に頷き、その場をやり過ごす。
俺の頷きにリコリスは満足したようで、また杖探しに戻っていった。
別にその杖が欲しいわけじゃないのか。本当に謎だ。
よさげなアクアマリンに、出来れば邪魔にならない程度に太い杖を探すが結局見つからなかった。
数もそこまで多くなかったので残念だ。
よさげなアクアマリンは有ったし、よさげな枝もあったが両方良いのは無かった。
「気に入らなかったのなら付け替えようかい?」
またしても何も言っていないのに、察したような事を言う老婆。
流石にこの精度で言い当てられると怖気を震う。妖怪かこの老婆。
だが、断る理由もなかったので付け替えてもらった。しめて銀貨2枚なり。
ペン杖で銅貨15枚だったのに随分違うもんだと思ったが、アクアマリンは人気が高いのでしょうがないらしい。
まあ、水の魔法はどこでも必要になるしそりゃ売れるだろうからな。ペン杖は宝石も小さいし。
「またおいで」
「おばあさん、さようなら」
買い終わった後は足早に立ち去る。
ここに居ると何か呪われそうな気がしてくるんだ。
「リコリス。これを」
アクアマリンの付いた杖をリコリスにプレゼントする。
別に他意はなかったがリコリスも女だし、宝石はプレゼントで貰った方が喜ぶかな? と思ったからだ。
「……ぐす」
泣いた? なぜ。
ちょっと喜んでくれるかな程度の事に、予想外な反応でこちらも慌てる。
けれど、泣いてる女なんてどう扱っていいのかも分からず、ただ右往左往することしか出来ない。
あんまり予想外な反応しないでくれ。
「ジェイルさん。これ、大事にしますね」
嬉しそうな顔で杖を抱えるが、泣き跡が少し残っている。
それが心苦しくて、頬に手を伸ばし軽く拭う。
「別に、リコリスの魔法に頼ろうとそういうのじゃないからな。自分で出来ることは自分でするつもりだから」
ガルバンにも言った手前、リコリスの魔法に頼り切るのはやめておこうと思った。
水はどのみち汲む必要があるし、火は干した火炎草に火打石があればすぐだ。
「大丈夫ですよ。私に出来ることならなんでも言ってください」
なんとなくそう言うのはわかっていたのでポンポンと頭を叩くと、また笑った。
そうか、さっきこうすればよかったんだ。
§
杖を買えたのでそろそろ金物屋に行こうと思ったら、欲しい物があるとリコリスに連れられて服屋に来た。
前に見たときに欲しい物があったそうだ。
「どうですか?」
見せられたのは、コルダ染めの服。
前開きで、ボタンがいくつも付いていて、生地は気持ち薄め。下衣もセットのようだ。
「寝巻きか」
「はい。かわいくないですか?」
これならわかる。
いや、これ単体でかわいいかはわからないが、これを着たリコリスは……まあ悪くないと思う。
ただ、
「これ、寝るときにボタンが刺さらないか?」
寝るのにボタンが付いていたら、寝返りを打った時に刺さったりしないのだろうか。
うつ伏せになった時に刺さったら目が覚めると思うんだが。
「大丈夫ですよ」
「大丈夫ならいいんだ」
「ですです。ジェイルさんもどうですか?」
男性用の同じものをお揃いで、と勧められたが断った。
理由はボタンをいちいち留めるのが面倒そうだったので。
代わりに普通の――上から被るタイプの寝巻きをプレゼントされた。先ほどのお返しらしい。
そこそこ生地の良い寝巻きで、ちょっと申し訳ない気分になったがありがたく受け取る。
§
結局、金物屋に付いた時にはいい時間になっていた。
暗くはないが、陽も傾いて一日も終わりだなといった時間。
金物を買うと荷物になるからと先に料理の本を買ったのが悪かったな。
「ただいまです」
「おかえり、それから俺もただいま」
「お帰りなさいジェイルさん」
お互いに「ただいま」と「おかえり」の挨拶の言葉を交わして居間へと向かう。
そして元々あった椅子に腰を下ろす。
流石に疲れたので休みたいがこれから夕食だ。
リコリスに任せるのも可哀想だし、もうひと踏ん張りだな。
「ところでジェイルさん」
「ん?」
「食材がないんですけど、どうしましょう?」
「…………」
「…………」
「……外、食いに行くか……」
「ですね」
なんとも締まらない新居一日目の夜だった。




