後日談:二人の借家
「ジェイル、お前にちょっといい話があるんだが」
朝、ギルドに顔を出すなりガルバンが言った。
当然だが朝なので、他の冒険者達がクエストを受けようとせわしなく動き回っている。
結婚を機に冒険者を辞め、ギルドの職員になったガルバン。
そんなガルバンもギルドの仕事があるのだが、昼には帰ってしまうので俺達に用があるなら朝のクエストに出る前までの時間しかない。
結果、クエストを受けたい冒険者達がミランダに寄り集まるのでひいひいと悲鳴をあげている。
別にラッシュが終わるまで待ってもいいのだが。
「それでなんだっけ?」
「いい話だ」
いい話か……。
こういうのは大抵ガルバンに取っていい話であって、こっちには良くない話なんだよな。
何の話だか。
「借家?」
「そうだ、うちの商会が貸し出してる家が空いてな。お前、前に家が欲しいとか言っていただろう?」
ガルバンが結婚したのは商会の娘だったと記憶しているが、どうやらうまくやっていけてるようだ。
商魂逞しくなったような気さえする。
「俺は別に戸建てが欲しい訳じゃなくて、自分の家が欲しいんだが」
「まあそう言うなって。戸建てを買う前に住んで見るのもいいんじゃないか? 必要な物とか要らない物とか、見えてくるものもあるだろう」
言われてみればそうだな。
宿だと色々世話をしてもらっている部分もあるし。
「それに本を置く場所が手狭になってきたんだろう? 3部屋ある家だから一つを書斎に出来るぞ?」
「なぜガルバンがそれを知っている」
なんて、聞くまでもなくリコリスからの情報だろう。
俺の本事情を知っているのなんて他に居ない。
俺の部屋に来るのなんてリコリス位だからな。
ねめつけるような視線を向けると、決まりが悪そうに顔を背けるリコリス。
まったくおしゃべりな少女だ。
それにしても書斎か、いい所をついてきたもんだ。
少し心が傾いたぞ。
「その借家はいくらなんだ?」
まずはそこを聞くべきだった。
「月に銀貨2枚と銅貨35枚だ」
「今の宿より少し安い位か」
「安いならいいんじゃないんですか?」
リコリスはどうやらこの話に賛成らしい。
しかし、安いといっても自分で生活するとなると別に出費も出るだろうし、買える本の量が減ったら本末転倒じゃないのか?
「少し迷うな」
すごく微妙な所だ。
もう少し心惹かれる条件があるなら移ってもいいんだが。
「あの……その部屋って3部屋なんですよね?」
今まで他の冒険者達のクエスト処理をしていたミランダがおずおずと話に混じる。
見ると既に列は消えていて、ギルド内にはまばらに人が残っているだけだった。
今残っているのは情報交換とかギルドで待ち合わせをしている面々のはず。
「ああ、もちろん居間や炊事場は別にあるぞ」
「だったら、あの、……ロックガードさん」
「俺?」
今日のミランダは本当に恐縮そうに話すのな。
なんか悪いことでもしたのか?
「差し出がましいんですが。その、リコちゃんも、ご一緒とはいきませんでしょうか?」
「は?」
「えっ、私ですか?」
ミランダの言葉にリコリスも驚きの声を上げる。俺も驚いた。
それはつまるところ同居だろう?
リコリスとはパートナーをしてるが男と女だってわかってんのかね。
それとこれとは話が違うだろうに。
「リコちゃんもお年頃ですし女の子一人で生活するのは、あの……」
「ああ、そういう話か」
この町も治安が良いとはいえ、女が一人で住むのはたしかに安全とは言い難い。ましてや子供。
しかし、だからと言って……なあ。
「わ、私は……」
リコリスも突然の話に困惑している。
俺だってそうだ。降って湧いた話に困惑している。
ただガルバンに借家が空いたから住まないか? って言われただけの話だったのに。
どうしたもんだか。
……ダメだ、考えても出そうにない。少し考え方を変えてみよう。
今の生活に不満はあるか?
ある。
本棚が手狭になったし部屋も少し大きくしたい。
じゃあ、リコリスと一緒の生活をした時に不満は出るか?
出る、と思う。
今まで一人でやってきたんだ。いまさら誰かと一緒というのは何かと窮屈さを感じるだろう。
それなら、リコリスと一緒に暮らすのは嫌か?
わからない、……いや、別に嫌、ではないな。
同居と言っても、同じ部屋に住むわけでもない。
騎士見習いの頃の四人部屋と比べたら……って比べる対象がおかしい。
まあリコリスはがさつでも無いし、何か問題が起こることもないだろう。
「俺と、一緒に暮らすか?」
「あ、え?」
「どうだ?」
「あ……は、はいっ! よろしくお願いしますっ」
不安げな表情から一気に明るくなるリコリス。
花が咲くような笑顔というのはきっとこういうのを言うのだろう。
ミランダもガルバンも安堵したように表情を綻ばせる。
そんな三人の綻ぶ顔を見て、
間違えなくてよかったと思う心と、何かを盛大に間違えてしまったような、そんな不安を感じた。
「いい方向に話が進んで何よりだが、まずはその家に案内するから仕事が終わるまで待っててくれ」
ガルバンに付いて家を見て、手続きをして、引越しの準備をして。
家の状態にもよるが、直せる部分は直さないといけないだろうし。
「リコリス。今日のクエストは中止でいいか?」
「今日、というよりしばらくお休みになるんじゃないですか? お引越しもありますし」
「それもそうか」
決める前はあれこれ思ったけどいざ決めてしまうと楽しみだな。
家、どんな家だろうな。
§
「ここだ」
「ジェイルさん、見てください。いいお家ですよ」
ギルドでの仕事が終わったガルバンは一旦家に戻り、その後また集合した。
そうして連れられてきたのは町の南西の住宅区。
前に住んでいた宿よりもギルド等からは離れるが微々たるもので、住み心地の良さそうな場所だ。
土地もそこそこに広い。
「どうだ? 悪くないだろう」
「いいな」
「はい、素敵ですっ」
「気に入って貰えてなによりだ。よし、中も案内するぞ」
ガルバンについて中に入る。
中も十分に綺麗に保たれているし、これなら大した掃除も要らないかもしれない。
つい最近まで人が住んでいたって言うし、大事に扱っていたのだろう。有難い。
「ここが炊事場だ」
「普通の炊事場だな」
「そうですか? 結構広いと思いますけど」
「そうか?」
言われてみればそうか。
かまどが二つに流し台と作業台。収納もそこそこだし、水瓶……は無いか。
住み始める前に用意しないと。
「ここは居間だ」
「見ればわかる」
「広いですね」
居間と言っても、客が来ない場合居間って何に使うんだ? 自室で事足りると思うんだが。
違いがあるとすれば暖炉くらいか。
宿生活が結構長かったからか、いまいちわからないな。
「トイレ、の説明は要らんな」
「中、綺麗ですね」
本当だ。
他人の使ったトイレの掃除が一番気がかりだったがこれは出て行く前に掃除したのだろう。
いい客だったんだな前の客は。見習わないと。
それにしてもリコリスの感想は率直だな。
回りくどくないというか。
「三つの部屋はそれぞれ見ておいてくれ。日当たりが良いのは突き当たりの部屋だ」
「日当たりが良いのはリコリスが使っていいぞ」
「ジェイルさん、暗いが好きですものね」
「朝に眩しくなければなんでもいい」
カーテンを使っても隙間から光が漏れるし、朝に日差しが入らない部屋がいいな。
位置的にはリコリスが使う奥の部屋、書斎、俺の部屋という形になるのかな?
「ん? ここは?」
トイレの隣に案内されてないドアを見つけた。
開けて見ると小さな部屋があり、また奥にドアがある。水に強そうなドアだ。
さらにそのドアを開けて見るとこれまた水に強そうな壁、床には変な箱まで置いてある。
広さはトイレより少し広い程度か。
「そこは簡易的な風呂場だ」
「お風呂なんてあるんですか? このお家」
「シャワーというやつだな。そこの箱に水を入れてペダルを何度か踏むと上から水が出る」
「すごい仕組みだな。初めて見る」
排水もしっかりしているし、外に出なくてもここで洗濯もできそうだ。
それに風呂屋に行かなくても身体を拭く以上のことが出来るのはいいな。
本当に良い家だ。
「私ならお湯もできますよ」
「だとよ。よかったなジェイル」
「別に。俺はリコリスを便利に使う為に一緒に暮らそうと思った訳じゃない」
「ジェイルさん……」
「…………おまえらってそんなにイチャつく奴らだったか?」
ガルバンが何か言っている。
今の言葉は聞こえなかったことにしよう。何を言っても墓穴を掘りそうだから。
§
「これで全部案内したぞ。どうだ? 聞かなくてもわかるが契約するか?」
「ああ。早速契約したい」
「と言っても今日は下見で、契約書を持ってきてないからな。明日の朝ギルドに顔を出してくれ」
「わかった」
朝、ギルドに行く前は全然予想もしてなかったのに、すごい急展開だ。
まあこれを予想できていたら大手を振って占い師になっていたところだ。
「私も何か書くんですか?」
「いや、どちらか片方だけでいい。この場合はジェイルになるだろうから嬢ちゃんは気にしなくていいぞ」
「わかりました」
案内が終わるとガルバンはそのまま帰っていった。
鍵は閉めてしまったので中は見れないが俺はもう少し見ていたかったので残ることにした。
リコリスも俺に付き添う。
「良いお家ですね」
「ああ」
借家なんて。
と思っていたんだが、いざこうして見ると胸にこみ上げてくるものがある。
なんだか夢が半分叶ったようだ。叶ってしまったような。
まだ日暮れには遠く、青い空もいつもより深い色をしている気がする。
しばらく佇んでいるとリコリスが俺の手を取った。
「ジェイルさん、帰りましょう」
「ああ、そうだな」
明日からは宿の片付けに引越しの作業。
綺麗とはいっても掃除もしないとだし、足りないものを買い出しに行ったりとやることは多い。
感慨に浸るのはまた今度にしよう。




