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第17話:使える魔法と予備の杖

「今回の反省会をしよう」


 陽も沈み、空から赤みも消えた頃。

 依頼主へとモア・エミューの引渡しも無事終わり、ギルドへの報告も終わって一息入れたいところなんだが、帰る前に少し省みたいことがあった。


「一羽しか捕まえられなかったことですか?」

「いや、元々一羽しか捕まえない予定だったからそれはいいんだ」


 この町は益になる獣の乱獲は禁止しているから元々沢山取るつもりはない。 


 そもそもモア・エミューは数が減ると、縄張りを変えてしまうらしいから。

 頭が悪くて戻ってきてしまう場合もあるらしいけどな。



「ですよね。クエスト指示書にはそう書いてありましたし……あ、もしかして私何か間違った事しちゃいましたか?」

「いや、今回反省したいのは俺のほうだ」

「?」


 小首をかしげるリコリス。

 まあ、聞け。


「今回、大したものではなかったが戦闘があっただろう?」

「はい、ジェイルさんが盾で防いで、私が魔法をぶつけました」

「そう。そこなんだが。実は俺、まだリコリスが何の魔法を使えるのか聞いてなかったんだよ」


 パーティを組んでの戦闘なのに、相方が何を出来るのか全然分かってなかったなんて大問題だ。


 何から何までを知る必要はないが、最低限戦闘に使うであろう魔法位は聞いておくべきだった。

 リコリスが魔法を教えてもらいに教会へ通ってるのも知っていたのに。



「それでリコリスは何の魔法が使えるんだ?」


 過ぎた事を悔やんでも仕方ない。

 問題は起きなかったんだから今のうちに聞いておけばいい。


「えっと、最下級は殆ど使えます。あと、下級が少しで、中級以上は使えません」


 そう答えるリコリスは少し照れくさそうだ。


 使える魔法が少ないとでも思っているのだろうか。

 魔法の使えない自分には分からないが、その年で大したもんだと思うんだが。



「下級は何が?」


 たしか、最下級はロウソクの火のような小さいものばかりで、光などの複雑な属性の魔法は小さくても最下級に分類されないんだったな。

 俺も魔法は色々見たことあるし、本を読んで知ってもいるがそれらが結びついていない。


 今まで見た魔法からして、下級の中でも火と水の魔法は使えるのだろう。


「下級でしたら火の属性は大体使えます。水も使えて、後は風と光が少し使えます」

「『ポール』は使えないか?」


 土の魔法で地面から柱が出てくる魔法なんだが。

 前に何回か見かけたんだが、妨害に使えばあれは便利だと思うんだ。

 多分下級だと思う。


「『ポール』は……いいえ、使えないです」

「そうか」


 ちょっと残念だが、使えたら便利というだけで使えなくても問題はないしな。

 やり方をそれに合わせるだけだ。



 魔法について聞きたいことはこんなところかな。

 他にはなかった……と思う。


「そうだ。それと明日は空いているか?」

「? 反省会は終わりですか?」

「ああ。それでどうだ?」

「予定は入ってないです」


 なら丁度いい。



「明日はリコリスの予備の杖を買いに行こう」

「予備の杖、ですか?」


 そう、予備の杖。

 まだ用意してなかったんだよな。



§



 モア・エミューのクエストから翌日。


 雨知らずの天気が続いて、今日も晴れた空が眩しい。

 こんな天気が続くからヌメロン・トードも池から顔を出さないんだ。

 前に降ったのはトライコーンのクエストをしている時だったか。



「ジェイルさん、早いですね。私も鐘が鳴ってから急いで来たのにもう着いてました」


 待ち合わせ場所で待っているとリコリスが遅れてやってきた。


「ああ、鐘を鳴らす人が歩いてるのが見えたからな。鳴らす前に宿を出たんだ」

「そんなのずるいです」


 ずるいってなんだ。

 これはこの町に住んでる人だったらすぐ覚えることだから、リコリスもそのうち慣れるだろうさ。


「バカなこと言ってないで店行くか」

「バカなことじゃないですよ」


 そうか? そうか。




 リコリスとの合流後、寄り道はせず店に着た。

 市場ではなく、路地を入った所の店だ。


 どことなく暗く古めかしい店構えに読めない文字の立板。


 初めて来てみたが、これはこれは胡散臭い空気が漂っている。


「ここでいいんですよね? では、行きましょう」


 そんな空気にも臆することなく入って行くリコリス。

 その後に続く自分が情けないような気さえしてくる。



「いらっしゃい……」


 中に入るとより一層胡散臭そうな老婆が出迎えた。

 リコリスのローブよりも暗い色をしており、室内だというのにフードまで被っていて、その胡散臭さがより強調されていた。


「おばあさんこんにちは。暑くないんですか?」


 そんな老婆にも臆さず聞くリコリス。

 それは俺も聞きたい。

 そして、それをリコリスにも聞きたい。ローブ暑くないのか?



「ひっひっひ。暑いけどね、こうするとお客さんが喜ぶんだよ」

「そうなんですか?」

「ああ、そうさい。雰囲気出ているだろう?」


 この店の雰囲気と老婆の雰囲気はどうやら老婆による演出だった。


 なんだろう……すごく、なんだろう……。

 聞きたかったのに、聞きたくもない言葉を聞かされて、俺の感じていた気味悪さとかそういうのが全て消し飛んだ。


 ここは長居する場所じゃない。

 用事を済ませて早く出よう。



「ペン杖が欲しいんだが安いのを見せてくれ」

「ペン杖かい? ならそっちにあるよ。箱の中のは全部同じ値段だから左の箱から選びな、銅貨15枚だ」


 銅15か。思っていたより高いな。

 ヌメロン・トードとモア・エミューのクエスト報酬のパーティ資金だとギリギリか。

 いや、少し余らせたいから足りないか。


「ジェイルさん、これなんかどうですか?」


 しかし、リコリスは嬉々として選ぼうとしている。

 俺の手持ちから出してもいいんだが、それをしてもリコリスは喜ばないだろう。

 残念ながら今回は見送りだな。

 もう一回位クエストをこなしてからまた来よう。



「お兄さんまちな」

「?」


 まだ何もしていないのに、俺の帰ろうとした気配を素早く感じ取った老婆が止める。

 格好からして只者じゃないのに中身も只者じゃなかった。


 リコリスも不思議そうな顔をしている。


「気に入ったのがなかったなら、自分で作るといいよ」



 話を聞くと、魔法の杖に使える宝石を"売る"から、それを使って自分で作る事を勧められた。

 俺の知ってる限り木の枝に、魔法の発動体になる宝石を取り付けるだけだしな。

 それなら確かに自分で作った方が良さそうだ。



 結局カルサイトという宝石を銅貨6枚で売ってもらった。

 この宝石は衝撃にもろい上、水にも弱いから本来魔法の杖には使わないものなのだが、初心者が予備に持つならいいだろうと渡された。


 ――これ、仕入れミスを押し付けようとしてないか?

 なんだか騙された気がしないでもないが、綺麗な宝石だしこれを使って杖を作ろう。



§



「ジェイルさん。丁度いい枝を拾ってきました」

「俺の方もお湯を沸かしておいたから、あく抜きをはじめるか」


 宿の許可をもらったので庭で湯を沸かす。


 知っているつもりだったが、一応作り方も老婆に聞いておいた。

 その内容は俺が知っていたものよりも意外と複雑で面倒なものだった。



 まず、あく抜き。

 拾った枝のあくを抜く作業から始まる。

 方法は三つほどあり、


 ひとつは、水に40日程沈める方法。

 枝を水に沈め、水が茶色くなったら水を入れ替える。

 それを40日程続け、水が茶色くならなければ良し。


 ひとつは、同じように水に沈めるが一緒に炭を入れる方法。

 炭も一緒に沈めると炭が茶色いあくを吸い取ってくれるらしく水の入れ替えの手間が省けるという方法。

 こちらも数十日必要だとか。


 最後に、俺たちが選んだお湯に沈める方法。

 お湯に沈め、熱が逃げないように布を被せて2日置くというもの。

 それを二回程行えばあくが抜けるらしい。


 しかも、このあく抜きという作業。枝が腐ることもあるらしい。

 思っていたよりもずっと大変だ。


 それだけでは飽き足らず、あく抜きが終わった後は薬草を数種すり潰して水に溶かした薬液に漬け込むのだとか。

 売値で銅貨6枚の宝石が銅貨15枚の杖になるというのも納得が行く。


「なんだか大変ですね」


 そんな言葉とは裏腹に、新しい杖にリコリスはウキウキとした気分を隠せないようだった。

実物は見たことありませんが、カルサイトは実在する宝石です。

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